22-2
「こちらも随分暑くなったね」
6月半ばのとある昼下がり、俺の執務部屋に何の前触れもなくふらりと現れたのはヤマンラール女公爵だった。
薄青色のリネンのワンピースをまとったまとめ髪はどう見ても女性なのだが、相変わらず宝塚の男役役者めいた印象を与える。
「また随分急に現れましたね」
「予定より早く仕事が片付いてね、一本早い船に乗れたんだ」
そう言いながらソファに腰を下ろす。
せめて先触れでも出して欲しかったのだが、もう来てしまったものはどうしようもない。
(まあ近々来るとは連絡貰ってたしな……)
叔父から貰った古いクーラーボックスを開けると、ちょうどいい具合になった水差しが目についた。
近くにあったグラスに注ぎ、ガムシロップと粉ミルクを持って目前に出す。
「エルダールの島で取れたコーヒー豆を使った水出しコーヒーです」
今年の春先から国内外のコーヒーメーカー3社、金羊国や紅忠に協力を仰いでコーヒーの加工に挑み始めた。
現在はまだ試作段階の品だが飲めるレベルのものがついに出来たのでと言ってお裾分けを貰ったのだ。
「これが噂のこおひいって奴か」
「まずはそのままで飲んで、甘さが欲しければシロップ・まろやかさが欲しければ粉ミルクを入れてください」
さっそく水出しコーヒーを飲むと苦みや酸味が強く駆け抜けていくが、決して後に残らない。
あじはしっかりしているがサラッと飲みやすい印象がある。
「風味は良いけどちょっと苦いかな、シロップってどれ?」
「これですね」
シロップを指さすと躊躇なくシロップを2つ取り、袋のイラストを見ながら開封してコーヒーに流し込む。
木製マドラーでさっとかき混ぜてから味見すると「まあこんな感じかな」とつぶやいた。
こんなにすっきりしたコーヒーにガムシロ2個も入れたらすっきり感を損なう気がするが、その辺は個人の自由の領域である。
「で、今回は何かご用件がおありで?」
「……まあ、あるといえばある」
妙にすっきりしない言い回しでそう答えてくるので、なんとなく面倒な気配がした。
一瞬の沈黙の後、真剣なまなざしでヤマンラール女公爵が切り出した。
「深大寺若菜をわたしの伴侶として貰い受けることは出来る?」
その質問の意味を一瞬飲み込みかねて「はい?」と間抜けな声が出た。
「もっと正確に言うなら、わたしが深大寺若菜を伴侶として貰い受けたいと考えるなら誰に話を通せばいい?」
「……まず、深大寺本人にその話しました?」
「日本だと先に本人に承諾を取るのか」
「そうですね、日本では上司や家族ではなく本人に話をするものですよ」
こちらの世界ではともかく現代日本では本人同士で決める事であり、俺が巻き添えられるいわれはない。
まずは当人同士で話し合って頂いていいですか?と言おうとして気付く。
(深大寺がヤマンラール公爵家に婿入りするってことは、仕事辞めて双海公国に住んで貰いたいって事だよな?)
春先に起きた北の国の宮廷伯と日本人女性の間に子どもが出来た時のゴタゴタを思い出すと同時に、異世界人との法律婚を巡るトラブルの可能性が脳内を爆速で駆け巡っていく。
(間違いない、これは絶対俺が関与せざるを得ない案件だ)
深大寺が了承した場合に想定される問題は1人が背負うには少々重すぎるものばかりであるし、場合によっては国と掛け合う必要性も出てくる気がする。
「じゃあ、ちょっとその辺の相談乗って貰っていいかな?」
「ワカリマシタ」
棒読みでそう返した俺はたぶん、悪くない。




