21-9
「ただいま、」「お疲れ」
木栖に先導されるようにソファに腰を下ろすと、木栖が迎賓館の従者さんにお湯とカップを持って来て貰うように頼んでくる。
何も言わずに甘いカフェラテを出してきた木栖からカップを受け取って一口飲めばほうっとため息が漏れた。
「……これでひと段落したな」
「生まれてくる子どもは異世界人の血を継ぐ日本国籍の日本人になった訳か」
「爵位相続放棄に伴って北の国の国籍は取得不可、養育費の支給も確約できた。現時点で俺が子どものために出来る事は出来たはずだ」
これによって多少人生の選択が狭まった可能性はあるが、少なくとも今すぐ思いつくような問題はないはずだ。
後は子どもが無事に生まれ、適切な支援を得て良好な環境で育つことを祈るのみだろう。
「お前は子どもに優しいよな」
「世間一般において大人が子どもに優しくするのは普通の事じゃないか?」
「今は大人も余裕がないからな、それが出来るって案外貴重な事だぞ」
そこは木栖の言う通りかもしれない。
けれども俺は子どもを思う大人の優しさに助けられる場面が多々あって、そうするのが当然だと思いながら生きてきた。
「普通の事を普通に出来るような、誰もがそういう状態を保てるようにして欲しいがな」
俺がそんなことを呟くと木栖はハハッと笑いながら「本当にな」とつぶやいた。
「諸々の報告書書いたら、明日から帰国準備だな」
脳内で予定を立てた感じだとたぶん3~4日後には金羊国への帰国の途につけるはずだ。
しばらく会えなかった大使館のメンバーの事を思い出すと、ようやく帰れることへの穏やかな歓びが胸の奥に広がっていた。
*****
帰り道は春から夏への季節の変わり目の中にあった。
王都を出ると北の国は麦刈りの季節を迎えており、薄ら汗ばむほどの日差しの中を走るのは喜びであった。
「異世界での日々も決して悪いものでは無かったですけど、ようやく帰れるって思うとそれはそれで嬉しいんだから人間は不思議ですよねー」
「滞在中は帰りたくて仕方なかったのに、実際帰り道になるとやっぱり帰りたくなくなるのも不思議ですよね」
笠置さんと一花さんの話には不思議に納得するものがあった。
こうして長い帰り道を走っていると自分の中に北の国への奇妙な愛着が芽生えていたことに不思議と気づかされるのだ。
(……あの国に行くと面倒ごとには巻き込まれてばかりだが、悪い土地ではないんだよな)
年間を通して冷涼な気候やそこから生まれる文物は俺としても好ましく思えるものであった。
けれど大森林を抜けて金羊国に入ると、ああようやく戻って来れたという安心感を覚えるのも事実だ。
この世界で日本に生きる無辜の民のために働くことは俺に与えられた職務ではあるけれど、俺が本来居るべきは金羊国にある日本大使館のあの仕事部屋なのだ。そこに戻れるという安堵はなかなか強いものがあった。
見慣れた金羊国第一都市の景色が見えてきた。
日本へ戻るトンネルの入り口はもうすぐそこにある。
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