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4度目の交渉が行われたのは5月も終わりの日の事だった。
日本側への追加の問い合わせ事項の返事を待つため、当初の予定よりも5日ほど伸ばしたらこのタイミングになったのである。
今回も木栖は抜きで俺1人の交渉となる。
「本日も宜しくお願いいたしますわ」
「よろしくお願いします、へルペンシュルツ宮廷伯夫人」
今日も3人での交渉だ。まあ、宮廷伯本人はいても義父と妻に挟まれて何も言えない状態にあるので居なくても変わらないのだが……。
「先日の交渉につきましてですが、へルペンシュルツ宮廷伯家は15歳までの監護費のみ負担で良いという事になりました」
「ようやく分かってくれたようで何よりです」
へルペンシュルツ宮廷伯夫人はやれやれと言う風にため息を吐いた。
その態度で向こうからは国家ぐるみで養育費を吹っ掛けて来てるように見えていたのだろうと思い知った。
「という事ですので、今日はお金の送付についての細かい打ち合わせにしましょう」
*****
打ち合わせを終えて誰もいなくなったところで、へルペンシュルツ宮廷伯本人に声を掛けられた。
「……ヤヨイは15歳までの教育費や15歳以降の養育費は諦めたんですか?」
「いえ、彼女は教育費と引き換えに北の国への入国規制を受けることになります」
それが彼女の選んだ結論だった。
子どもにとっては父の故郷に入れない事になるが、少なくともお金によって人生の選択が狭まることはない。
「入国制限ですか」
「はい。入国する事で2国間のトラブルになると判断されましたので、我々の方で出国に必要な手続きをお断りする事になります。ですがこれはあくまで福永やよいの子がこの国に向かう場合のみの出国拒否ですので、宮廷伯ご自身が訪日して頂く分には支障はありませんよ」
「会いにきてくれることはないが、会いに行く事はできるという事ですね」
「そうなりますね。福永やよい本人にはこの辺りの制限は無いですが、そもそも彼女がこの国まで来られるか……」
福永やよいという女性は日本国籍と職を持った1人の女性だ。
まだ日本と大っぴらに国交を持ったわけではないこの国へ辿り着くには、最悪これまで積み上げたキャリアを投げ捨てるくらいの覚悟は必要だろう。
大抵の日本人にとって異世界は未だ気楽な旅行で訪れるには遠すぎ、移住するには未知の場所過ぎる。
「私に財があれば、もしくは私がもっと身軽だったなら、彼女を妻として迎えられたのでしょうか」
最後にへルペンシュルツ宮廷伯は紺碧の瞳を曇らせながら俺にそう問いかけてきた。
「それはわかりません」
2人ともたった7日ぽっちの恋のためにぜんぶ捨てる覚悟なんて最初から持ち合わせていなかったに違いない。
それでも出来てしまった命を、7日間の恋の残り火を、捨てられなかった。どういう理由かは分からないが少なくとも彼女はそうすることを選んだ。
そして目の前にいるこの男性はその選択に答えるだけの選択権を持ち合わせていなかった。すべての原因はそういう事だったのだと思う。
「あなたに出来ることは創ってしまった命の幸福のために働き祈ること、ただそれだけだと思いますよ」
「ヤヨイの子と会えるでしょうか」
「連絡は取り合えるようルートを確保する予定ですから手紙ぐらいなら何とかなりますよ」
これは監護費の送金ルートも兼ねてるし、この件には王家も噛んでいる。
よほどのことが無ければ潰えることはないだろう。
「実際に会うことは?」
「逢いたいと思うのならあなたが日本に来ればいいんです」
「私にとって日本は遠すぎる」
「天国よりは近いじゃないですか」
死ななければ、会いたいと思うのならば、いつだって会える。
もう会えない人がいる人間から言わせてみればそれはとても幸福な事なのだ。
「会いに行けますか」
「あなたが己の意思で会いに行こうと思ったのならば、きっと会えるんじゃないですか?」
誰かに会いに行くという事は意思であり、その意思があれば距離は大した問題にならない。
その時福永やよいの子が実父と会う事を受け入れるかどうかまでは俺の知った事ではないが、少なくともどちらかが死んでいない限りは会いに行くことはできる。
その環境を可能な限り国は担保してくれるはずだ。
「……どれだけ時間がかかっても、己の力と意思でヤヨイとヤヨイの子に会いに行きます」
「ええ」
「その時もし助けが必要になったら、手伝ってくれますか?」
「俺の余力次第ですかね」
冗談交じりにそう答えると、お互い愉快な気分になってハハッと笑いあった。
さて、俺も会うべき人の元へ帰ろう。




