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「疲れたな……」
国王との会談を終えて、どっと疲れ切った俺のもとに木栖が「お疲れ」と言いながらやって来た。
俺がへルペンシュルツ宮廷伯家との交渉に追われている間、木栖は宮内庁組と一緒に国王側近や貴族との交流を深めてもらっていた。
「さっき日本側から手紙が来たぞ、ついでにインスタントコーヒー粉末の差し入れもついてた」
「ホントか?!」
お湯で溶かすタイプの粉末コーヒーとカフェオレの詰め合わせを嬉々として受け取ると、さっそくお湯とカップを貰って飲み始めることにした。
迎賓館の従者さんからは変なもん飲んでるなあと言う顔をされたが気にしない。
久しぶりのカフェオレの甘さが疲れた体に染みわたってきて「うま」とつい声が漏れた。
疲れた時に飲むミルクたっぷりのカフェオレは癒し効果がすごいよな、ほんと。
「そんなに交渉の進みが悪いのか?」
「王家が釘刺し来たけど、最悪って程ではない」
少なくとも子どもを殺せとまで言わなかったので最悪とまではいかないだろう。
問題は教育に対する価値観の相違に伴う爵位相続権放棄条件の不一致だ。
「よっぽど条件が噛み合わないんだな」
「その通り、愛人の子に高等教育は要らないとさ」
「日本なら非嫡出子差別案件じゃないか?」
「ここの人間にとってはそういうもんなんだろ」
価値観の違いによる悩ましさと、亡き母と同じようにひとりで子供を育てる女性への同情、大使館に戻れない事への疲労感、その他色んな感情がカフェオレの熱に溶けていくみたいだ。
「次の会談には俺もついて行こうか?」
「ひとりでいいって言っただろ」
「好みの顔が目の前にあれば譲歩してもらいやすいと思ってな」
木栖の見た目を使うという提案に若干表情が曇る。
確かに人は見た目が9割と言うけれど、イケメンを出せばすんなり話がまとまる質の話ではない気がする。
「……案件の内容的に顔が良ければすべてよしで済まないと思うが?」
「お前が使える手札として俺の事も思い出せって意味だよ」
「自分の顔がジョーカーになるイケメンは得だな」
皮肉交じりにそう漏らすと「そういうことじゃない」と木栖は言う。
「俺はお前の男だ、俺がどこの誰にいくらモテてようとそこは変わらない」
木栖が俺の左手を取ると指へ口づけを落としてから、俺の方をちらりと見た。
(ドラマ以外でこんな事する奴初めて見たが、普通に似合うな)
イケメンは得だ。こんなことされても気持ち悪さとかよりも驚きと感心が先に立つのだから。
ここまでされてしまうとどうしようもない。
「わかった、本当にどうにもならなくなったらお前の顔も使うよ。ただ言い寄られてもちゃんと断れよ」
「ああ、ちゃんと断るさ」
木栖がはっきりとそう言い切ったので俺はいったん満足して手を離した。
「ちなみになんだが、他の手立てもあるのか?」
「生まれてくる子どもへの出国規制する事で北の国の爵位相続手続きを物理的に不可能にする、と言う提案もした」
「パスポートの発給制限は難しくないか?移動の自由に違反しそうなんだが」
憲法の移動の自由に国外や金羊国などの異世界が含まれるのかは解釈が分かれるところだか、そこに引っかかる可能性を指摘されてしまうと発給制限は厳しいかもしれない。
それにパスポート作れないとその子が海外に行けなくなってしまう。
「無理なら北の国が入国拒否してもいい、という事にするか?」
「少し横暴かもしれないが、こっちの世界は王権が強いから国王が認めれば日本側は文句は言えんな」
一応の理論立ては出来た。
便箋を鞄から取り出すと、俺はこの話を手紙と言う形でまとめ始める。
外務省の担当者と子どもの母となる福永やよい、この2人への報告の手紙である。
書き終えてからはたと気づく。
(でも、生まれてきた子は父親の故郷に立ち入れなくなるのか)
もしこの提案が呑まれることになれば、生まれてくる子は高度な教育と引き換えに父の故郷へ立ち入れなくなる。
そう気づいた俺は、最後の便箋に『養育費を15歳までとすれば子どもを入国拒否しないように交渉する』と追記した。
高度教育と、我が子の父の故郷。どちらを選ぶかは彼女次第である。




