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子どもの養育費支援の交渉は難航を極めた。
15歳までは支払うという態度を崩さない宮廷伯夫人と前宮廷伯父娘、彼女の希望通り大学卒業まで支えてあげて欲しい俺、そして居場所のないへルペンシュルツ宮廷伯の話し合いはなかなか決着がつかなかった。
そして膠着する交渉はある人物の登場を呼び起こしてしまった。
「へルペンシュルツ宰相補佐が日本人の愛人との間に子を成したと聞いたが、本当か?」
3度目の交渉が不調に終わり4度目に向けて日本へ報告の手紙を出した直後、特に何の前触れもなくやって来たこの国の王はやはり何の前置きも無くそう聞いた。
「……はい」
「日本側は宮廷伯家相続権放棄の条件として多額の資金援助を求めてるとも聞いた」
その話が出てきたという事は王家が嗅ぎつけたというよりも、早急に終わらせるためにへルペンシュルツ宮廷伯家からひそかに情報を流したのだろう。
向こうからすれば秘密保持のために異世界人を自宅に招く形をとったが、短期間に何度も招くのはあんな事件後だから縁起が悪いし訝しがられると思ったのだろう。だから王家と言うカードを切った。
「無理な条件を出して宮廷伯家の爵位を継がせるつもりか?」
「子どもの母親は爵位相続に興味がなく放棄してもいいと考えています、ですので我々としても彼女の意思を優先する方針です」
疑念を晴らしきれないような声で「ふうん?」と答える。
「この国の基準では高額な養育費も、日本の物価や進学率を踏まえて導き出した金額となります。こちらが辺境伯家にお渡しした資料の写しです」
予備として送って貰っていた資料をファイルから出すと、グスタフ4世国王はパラパラと目を通していく。
物価と進学率についての資料にも目を通すと「なるほど」とつぶやく。
「平民でも高等教育を受けるのが当然であることを踏まえてはじき出した数値なのは理解できた。
しかしへルペンシュルツ宮廷伯夫人からすれば、私たちがそちらの価値観に合わせる義理などないということを忘れてるんじゃないか?」
ザクっと吐き捨てられた言葉に思わず視線が地面に向かう。
確かにへルペンシュルツ宮廷伯家夫人からすれば、夫がやらかした不倫の果てに出来た子の養育費の支払いを求められるている被害者である。そう考えれば日本側の要求は理不尽なものとして捉えられるのも止む無しだ。
(……そんな事にも気づけないぐらい、俺は福永やよいに同情しすぎていたのか)
物心つく前に父を喪って以降30年間にわたり母一人子一人で生きてきた。
暮らしは金銭的に厳しく自助努力では補えない部分も多かった、それを社会福祉や親族の支援によって賄う事で大学まで進学出来た。
その境遇が俺の視点を福永やよいの子に寄せてしまっていたのかもしれない。
子どもは幸せであるべきだ。けれどもへルペンシュルツ宮廷伯夫人への同情の余地もある。
「たしかにそうかもしれませんね」
「自国の代弁者として立つ以上自分たちの主張を曲げられないことは分かるが、相手の立場も読めないようならば外交官失格だな」
随分と手厳しい事を言ってくる国王である。否、むしろこれが素なのかもしれない。
それはそうと思いつくことがあった。
「国王殿下は、異世界人の子が宮廷伯になることをどうお考えですか?」
「それを聞いてどうしたい?」
「先日この国にお越し成された新しい大司祭は現教皇の腹心ともいえる人物だと聞きました、日本を過去に交戦した金羊国の裏に立つ存在と捉える教会が異世界人の血を引く宮廷伯を歓迎するとは思えません」
北の国は既に教会から目をつけられている。
王位はく奪を恐れる王家にとって金でリスクを回避できるなら、回避したいはずだ。
「どうでしょう、子どもの15歳以降の養育費を国王殿下にお出し頂くのは」




