20-10
祝いの品の贈呈式が終わると、そこから場面は音楽と踊りを楽しむひとときに切り替わる。
「真柴さん」
「クズネツォフ子爵とセナトロフ男爵、騎士爵もですか」
見覚えのある男性に声をかけられ日本から王家へのお祝いの品についての質問に答えていると、何となく喉が渇いてきた。
「何か飲み物をもらいに行っても?」
「その必要はありませんよ。そこの君、こちらにワインを」
「畏まりました」
クズネツェオフ子爵が近くにいた桜色の髪の少年従者に声をかけると、我々に赤ワインを用意してくれる。
「あら、いいワインですわね。それも教会からの祝詞証明までついてますもの」
黒いワイン瓶につけられた荷札を見て隣にいた子爵夫人がそんな言葉を口にしたので、へぇと内心で感心しつつもワインを眺めているが俺には普通のものにしか見えない。
「では、我々のこれからの良き関係に」
「「「「乾杯」」」」
軽くカチンとグラスを交わしてワインを煽る。
(あ、少しワインが垂れた)
口の端に垂れたワインをハンカチで拭い取ってポケットにしまいこむ。
その後もしばらく話をしていたものの、なんとなく飲むばかりで食べる方が恋しくなってきた俺は退散させていただくことにした。
「食事どうですか?」
会場の隅で黙々と軽食をつまんでいた半井さんにそう聞くと「まあまあやないですか?」と厳しい答えが来る。
一花さんは見様見真似ながらタップダンスのような足の動きを再現してみせ、笠置さんは若い娘さんたちに着物を披露して見せている。
ワインを貰いに行った木栖の方に視線を向けると、ほろ酔いのご婦人たちに踊りに誘われているのが目についた。
食事を小脇に置くと木栖の後ろにぴたりと付いてにこりと笑ってみせる。
「申し訳ありませんが、私の伴侶は女性が不得手なもので」
「あら、そうなの?」
木栖は同性から見ても男前であるので女性にモテるのは否定しない、だがこいつが俺の前で異性にモテてるのは少々癪に障る。
「よろしければ代わりに俺がお相手しますが」
「そう言う事なら仕方ありませんわね」
あっさり引き下がっていった女性たちに思わず日本語で「あいつら男を顔と身長でしか見てねえのか」とぼやいてしまう。
「お前ももっとスパッと断れ、俺の前で無意味にモテやがって」
「女性陣の圧が強くてな……」
「身長と顔面偏差値こっちに寄越せ」
「それが出来ればいいんだがなあ」
そういえばこうしたパーティの場で踊らない夫婦というのは不倫okの夫婦である、というのがこの世界の暗黙の了解であるらしいと聞いた。木栖が俺と踊る気配を見せないの誘っていいと思われたのだろう。
「いっそ、俺たちも踊るか?」
別にこいつと踊ること自体は良いのだが、俺達で不慣れなこっちの世界の踊りをやるのは不安がある。
何よりこの木栖善泰という男は極度の音痴である。リズム感がまず怪しいので安心してリードなど出来るはずがない。
「こっちのやり方に一発で合わせるのは無理だから両手繋いでリズムに合わせてスキップしがら右回転、8回転したら右手をつないだ状態で左回転して手を繋いでもう一回同じ動き。いいな?」
脳みそからチェコのポルカの動きを引っ張り出して軽く伝えると「お前に合わせるよ」と木栖が答える。
新しい曲の始まりに合わせてダンスフロアに立って俺たちが踊り始めると、見たこともない踊りに視線が飛んでくる。
木栖も持ち前の身体能力で一発で俺に合わせてくれるし、俺に合わせてるから動きとリズムがちゃんとあってる。
一曲につき3分ほどなので少しこの動きを続けるのは大変だが久しぶりにやるダンスはなかなか楽しく、またこういう場に呼ばれたときのために練習してもいいかもしれないなどと思考を巡らせたりなどしていた。
そんな時、ガラスが割れる音がした。
「あ、がっ、かっ」
立ち上がる事も出来ず、胸をおさえながら必死で息を吸おうと荒い呼吸をしているのが見える。
近くにいた城付きの従者が医者を連れて看病し、そばにいた人達が「あなた!」「兄さん!」と声を上げ、何も知らない貴族たちがその様子を覗き込んでいる隙間から苔色の薄い髪の毛をした男性が目に入った。あの色には見覚えがある。
(……セナトロフ男爵!)
「残念ですが」
医者がぽつりとそう言葉を告げた瞬間、パーティ会場は不穏な沈黙に包まれた。




