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ティーパーティーは数回にわたって行われ、北の国各地の貴族と面識を得るところまで成功した。
手土産の紅茶とお菓子は空っぽになったがその甲斐あって北の国国内の態度が少し変わったように感じられる出来事があった。
「お久しぶりでございます、真柴外公騎士」
「訪日の時以来ですね。セナトロフ男爵」
ティーパーティのあとに尋ねてきたオニーシム・ディ・セナトロフ男爵閣下にホットレモネードもどき(半井さんがこの土地で手に入る砂糖とカボスに似た柑橘を使って作った)を提供すると、男爵はある話を切り出した。
「この数日でいくつかの家から日本の黒油買い取り事業についての問い合わせをいただいておりまして」
「具体的にどの家から問い合わせが来たか、お伺いしても?」
「南西部にある3つの男爵・騎士爵家と南部から子爵以下の7家、それと我が家と親交のある伯爵家ですね」
これまでは異世界との取引に前向きであったのは昨年秋に訪日した3家と小さい村をひとつ持つシェーベイル宰相補佐官しかいなかったことを思えば前進と言える。
この数日ということはティーパーティを通して日本との交易に理があると判断した家がこれだけあると思ってくれたということでもある。
「それほど増えましたか」
「黒油の湧出による収入減少は小さい家ほど打撃が大きいですからね、そうした家の者たちにとって信頼できるか分からない異世界との取引は賭けなのですよ?」
「その賭けが確実に利益になると思っていただけなければいけませんからね」
北の国の人々が日本と取引をする場合、金羊国や獣人奴隷の問題が大きなネックになる。
しかしその問題があっても取引するメリットがあると思って貰わなければ異世界産原油の安定確保は得られない。
「それと、このたび領内において10年以内に獣人奴隷の生活保障についての触書きを出しました。確保されていない場合は原油の買い取りが止まる恐れがあることも明記の上で、です。
……これで我が領内で湧出する黒油は全て日本側で買い取って頂けるのですよね?」
セナトロフ男爵家の領地では現在農地の8割がこの世界で黒油と呼ばれる原油の異常湧出により使用不可能となっており、日本からの原油の買取によって領民の生活が成り立っている状態にある。
訪日の際に男爵家領内の原油を全て買い取るという話をしていたが、その契約を果たすための条件として獣人奴隷の人道的生活の保障(衣食住の確保・自己決定権の保障など)を進めてもらう事になった。
流石にいきなり奴隷制廃止は難しいからまずはそこからである。
「念の為お触れ書きの写しをいただく事になりますが、その方針で進めさせていただきます」
「はい。……少し、相談に乗っていただいても?」
男爵はホットレモネードもどきで軽く喉を潤してから、ポツリとある話を始めた。
「我が領地には民が100人ほどしかおらず、弟の開拓村に住む者たちや親兄弟を含めて私の肩には150人ほどが乗っかっていると自負しております」
「ええ」
「村の者は皆顔見知りですから私は彼等を養うためには悪魔とでも取り引きする覚悟でこの黒油取引に乗っかりましたが、日本と取引することは金羊国という神敵に近しい存在とも取引する事になるわけです。
それがいつか領内や家族への禍としてなって降りかからないか、と思うことがあるのです」
己の信仰心と生き延びる為の策略で板挟みとなった弱小貴族の悲哀がその言葉には滲んでいる。
それは信仰が現代日本よりも重要視されてるこの世界特有の悩みなのかもしれないが、その悲哀はいずれ俺たちが向き合わなければならないものでもある。
「獣人というものは働けば働くほど来世の幸福が約束されてるわけですから労働時間の規制は彼らの幸福な来世を遠ざけるのではないか?と思うのです」
「その辺りのことは我々には分かりません。ただ我々日本国は寝食を奪われ自己決定権を一切持たずに生まれて死ぬ存在が在る世界との取引は認められないので、可能な限り獣人奴隷にも寝食や自己決定権を与えて欲しいというだけです」
そもそも来世だなんだという話をされてもあまり信仰心のない典型的現代日本人の俺は何も言えない。
せいぜい出来ることは男爵領と日本との取引が領民に大きな不利益を与えないよう細心の注意を払うことだけだ。
「……そうですね」
「良い取引となるよう最善を尽くします」




