3-8
納村と嘉神が大使館を離れたあと大使館は少し静かになり、新しい仕事が持ち込まれるまでは手持ち無沙汰となった。
昼前から降り出した雨もあり、今日は誰もが静かに過ごす日になった。
(いきなり静かになると逆に困るものだな)
トントンと膝を指で叩きながら思いついた歌を歌いだす。
俺の死んだ父親はミュージシャンの端くれとして音楽をしながら働いており、家には父親のギターがあった。
子守歌は父親の残した歌のテープで、今歌っているのも父親のテープに入っていた歌の一つでなんとなく覚えていた。
「相変わらずお前の歌は上手いな」
「木栖、ノックぐらいしろ」
「ドア越しに黙って聞いてるほうが怖いだろ」
「そうかもしれないがな、そういえばお前の歌って聞いた覚えがないな」
「……小さい時から音感がなさすぎて歌うなと言われてた。俺が歌うと讃美歌も調子っぱずれになるし、信号ラッパもわけわからんリズムになる始末でな」
恥ずかしそうに視線をそらして俺に己の恥を告げる。
逆にどれだけひどい音なのか聞いてみたい気もするが言わないでおくが「お前にも弱みが一つあるようで良かった」と俺が明るく笑い飛ばしてやった。
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そんな調子でおおむね平和に3日が過ぎると、納村とファンナル隊長が戻ってきた。
書類や買い出しした道具類をリヤカーに山ほど詰めて帰ってきたのを見て今後の仕事量の多さにげんなりした。
「お疲れさま」
「……ファンナル隊長がすごいソワソワしてて大変でした」
すっかり忘れていたがファンナル隊長は初来日だったのかと思い出し、鷹の獣人がワクワクを押し殺しながら霞が関を歩く姿を想像して苦笑いがこぼれた。
「とりあえずこれが真柴晴彦大使殿宛のやつです」
書類がどさっと俺の机に積まれたあと「あと、外務省内の事なんですけど」と告げられる。
「異世界の専門担当部署、並行世界局って名前になってました。まだ金羊国課しかないけど他国との外交関係が結べれば新しい課を新設するって」
回覧と書かれたクリアファイルに並行世界局の面々の名前や課の電話番号が記されている。
局長は俺と同期の飯島という男で、北米一課でそれなりに実績もあげてきている男だ。
課長はよく知らんが前任が国際協力局とあるので、そっちに話が通じるのはありがたい。畑違いに連れてこられて苦労はするだろうが頑張って欲しい。
「それと2つ目、国連協力で異世界の資源と技術研究の専門機関なんですけ今月末には稼働できるって」
金羊国との関係性を作っていくにつれてかの国を中心とした異世界研究の専門施設が必要であるという話が出てきて、俺たちが日本を出る時には既に動き出していた話だった。
「速すぎやしないか?」
「成田にちょうど廃校になった小学校があって、そこを改修して使うって聞きましたよ。とにかく早く作って早く実働させたいらしくてバタバタしてましたね。あと至急分析して欲しいもの以外は全部成田の新施設に試料として回すって言われたんで、温泉水を至急分析してって言ったら帰る間際に届きました。その青緑の封筒なんですけど」
有名大学の名前が刻まれた青緑の封筒を引っ張り出すが、むしろこれは柊木医師のほうが気にしているだろうと判断していったんわきに置く。
「あと報告したほうが良いのは~……宰相や担当者あての封書があったんで全部ファンナル隊長に預けました、個人あての私信や荷物が全部外務省に転送されてるんでそれも持って来ました、あともっと広範囲の地図や精度の高い地図はないのかって言われたんですけどないもんはないって言って諦めてもらったことぐらいですかね」
「多いな」
「3日分ですからね。あ、買い出し希望の品は全部揃えましたよ」
「分かった。お疲れさん」
納村を送り出してパラッと書類に目を通す。
通知や報告書などの山であることは大体わかったので、これは明日以降でいいだろう。
(地図はどうにもならんだろうな)
地図については空を飛ぶことが出来る鳥系の獣人たちが自ら上空を飛び、その様子を書き写したものがこの国の上層部では地図として使われている。航空写真のイラスト版と言えば分かりがいいだろうか。
それを国防上不利な部分以外を書き写してもらったものを金羊国内の地図として提出したが、いかんせん目視で作っているので精度には限界がある。
それに飛んでいる高度も担当者ごとに多少のずれがあるようで、嘉神が歩きで補正している。
(まあこれは要相談だな)
ただもう少ししたら落ち着くはずだと信じて働くしかない。
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