18-10
その日の夜、久しぶりに実家の食卓の空席がひとつ埋まった。
食卓のど真ん中に据えられたホットプレートにはしょうゆベースのちゃんこ鍋が火にかけられており、手元にはキンキンに冷えたよなよなエールに合わせて出汁巻き卵と漬物が並ぶ。
「じゃ、頂きます」「おう」
乾杯もそこそこにグイッとあおれば、いつもとちょっと違うビールの風味とのど越しが心地よく喉を通っていく。
最初の冬の長期休暇のときはほとんどひとりでこの家にいたせいかもの悲しさがあったけれど、一緒に食事をする相手がいるだけで気分はずいぶんと変わるものだ。
「この出汁巻きいいな」
「ヤオコーの出汁巻き食ったこと無いのか、埼玉県民なのに」
「今まで生活圏内になかったからな」
お互いのビールが空になった頃には鍋もよく煮えてきた。
今度は薄口グラスをワンカップに持ち替え、今度はちゃんこ鍋をつまみに地酒をゆっくり呑むことにした。
「こいつも美味いな」
「そりゃよかった、スーパーの地酒コーナーに感謝だな」
醤油だしの良くしみ込んだ白菜を噛み締めるとじゅわりと醤油と出汁の旨味が広がってきて、その旨味が日本酒と混ざりあうと得も言われぬ幸福感を味わえる。
大使館で仕事してる時には味わえない日本の家ご飯の幸福が舌先に優しく広がるのがたまらない。
「……金羊国への派遣期間が終わってもこうしてお前と一緒に鍋を囲みたいな」
木栖がぽつりとそんな言葉を口にする。
そう言われて思い出したが、元々俺たちが偽装夫婦を契約をした最初のきっかけは金羊国に赴任してすぐに夫婦だと思われたからだ。
ならばあの国を離れた後にもこの関係を続けるか、いつか決めなければいけない。
(嫌だな)
こんなにも一緒にいて心地よい相手とまた巡り合えるかもわからないのに。
木栖が自らの意思で俺から離れていくのならばまだしも、俺から手放すには少々この男の横は居心地が良すぎる。
献身的に俺を想う男とサシで食う醤油ちゃんこ鍋は真冬のしんと寒い夜に染み込むように温かく、実に手放しがたい味がする。
「そうだな、飯はひとりより2人の方が良い」
一般論でそんな風にまとめた俺に木栖はほんの少し困ったような顔をしつつ「そうだけどな?」とつぶやいた。
****
翌朝、木栖は草津にいる知り合いの元へ出かけていく。
荷物を詰め込んだボストンバックをぶら下げ、ロングコートに身を包んだ木栖にとってはこれからが本格的な休暇になるのだろう。
「また湯の花買って来てくれるか、あれは本当によかった」
「分かった、あったら買っておく」
木栖が玄関を開けたあと、俺の目を見て声をかけた。
「冬休みが終わったら、また大使館で」
「ああ、よい休暇を」
そうして、俺たちの3度目の冬休みが始まる。
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