18-7
善泰がATMで現金をおろしている間に、俺は病院の売店で暖かいお茶とお菓子を買った。
「おやつ買ったのか」
「こういう寒い日には暖かいの欲しいだろ」
ふたりぶんのお茶とお菓子を手に近くの公園のあずまやの椅子に腰を下ろすと、冬の冷たい風がびゅうと熱くなった頭を冷ましてくれる。
「少しヒートアップしすぎてたな」
「まさかあそこまで変わってないとは思わなくてな」
「俺も実の息子を仇のように睨む親がいるとは思わなかったよ」
「本来はあんな風に声を荒げる人じゃなかったんだ」
冬の透き通った風のなかに善泰の家族への情が声となって溶けだしていく。
「子どもたちには万全の教育と体験を与えて、自分たちは古い衣服を接いで夜更けまで働いてる事を子供に隠しながら生きてる人たちだった。
あんな風に声を荒げたのは俺がゲイだとバレた時以外記憶にないぐらいには穏やかだったんだ」
その声には親への捨てきれない情があり、その種の情愛は俺にも覚えがあった。
「……いつか、分かり合えると期待してた?」
「していたのかもしれない。肯定まではしなくてもゲイであるという試練の中にいるだけの息子と家族の縁を切る必要はなかった、と考え直してしてくれればいいと思ってた」
最後の望みはこの場所に木栖家の母が来てくれるかどうかにかかっている。
蜘蛛の糸よりも細い希望は冬の風に吹き飛ばされそうなほどにか細かった。
*****
木栖家の母と次男・礼保と四男・茂勝、長女・珠妃がしばらくしてやってきた。
「直元は?」
「ディエゴくんとお父さんと3人でお話し中よ」
「そうか。おふくろ、さっきは少しヒートアップしすぎて迷惑かけた」
「お父さんもすっかり短気になっちゃったからしょうがないわよ」
ふいに数秒の沈黙が流れた後、木栖の母が覚悟を決めたように善泰に問うた。
「……ねえ、自衛隊かゲイのどちらか片方は辞められないの?」
「ゲイは辞められるものじゃないよ」
「じゃあせめて自衛隊を辞めてもっと穏やかな仕事に就きなさいな。万が一あなたが銃を持って前線に行くようなことがあれば、それこそ本当にあなたが見捨てられてしまうと思うの」
善泰が一瞬言葉に詰まって考え込んだのに対して、俺は率直な疑問を口に出した。
「誰に見捨てられる、と言うんですか?」
俺の問いかけに対して家族たちが不思議そうな顔をしたのに対して、口を開いたのはずっと黙っていた四男・茂勝さんだった。
「僕らの信じる神は常に側にいていつどんな時も見守ってくださる、という考えがあるんです。母さんが危惧しているのは長兄が同性愛のみならず殺人という罪によって神から見捨てられてしまう事だと思うんです。
……真柴さんはキリスト教の信仰をお持ちでないようなのであまりピンと来ないかもしれませんが、そうした母としての愛ゆえの危惧から転職を勧めている事だけはご理解いただけますか?」
懇切丁寧にそう言われてしまうと俺は「失礼いたしました」と返すほかない。
この辺りの神への信仰というものは俺には少々理解の難しい領域であるが、どんな時でも見守ってくれるのならばどこに居ようとも許してくれるのでは?という気もする。
(まあ門外漢の俺がどうこう言う話でも無いけどな)
「母さん、あなたは神様と俺のどっちが大事なんだ?」
「……どういう意味?」
「俺が自分の生き様のせいで神に見捨てられたとしてもその責任は俺のものだ。なのに母さんは俺が神様に見捨てられることを恐れてる。それで自分の人生まで破滅するとでも言うように。
仮にいま俺が自衛隊を辞めたところで俺にゲイを辞めて女性と結婚して孫の顔をって言わないでくれるのか?母さんは俺の幸せのために神様の提示した人間の幸せを捨ててなんてくれないだろ」
善泰の問いかけに母親がうつむき、妹がなだめるように肩を抱き、末の弟が口を開こうとした。その瞬間に次男・礼保さんが「はぁ?!」とブチ切れた。
「おふくろの気遣い全部無に帰しといて何言ってんだロクデナシ!おふくろはテメーを想ってそう言ってるんだぞ?なのにそれをまるで自分の罪を軽くするためみたいに言いやがって!」
「これが俺の人生だ。たとえそれが家族から見て間違っていたとしても俺は俺なりに正しい人生を選んだつもりでいる、それで神罰下ろうが地獄に行こうが悔いがないように生きてきたつもりだ。
俺が誰を愛しどこで働こうともその罪を背負うのは俺であって、他の誰でもない」
激高する弟を宥めるでも諭すでもなく淡々とそう言い放つ善泰に対する礼保さんの怒りは収まることを知らない。
「じゃあ今すぐ1人で地獄に落ちろこのクソったれ!」
「……分かった。ちなみに親父の入院費は要るのか?」
「置いてけよ親不孝」
銀行の封筒を取り出すとポンと何てことない顔で手渡す。
「ATMで上限の100万おろしてきた、こんだけあれば当座の入院費の足しになるだろ。
ただしもう2度と俺から入院費を貰えると思うな」




