18-6
木栖家の父は4人部屋の病室のいちばん奥、冬の青空がよく見える場所に陣取って家族の見舞いを出迎えた。
その相貌は老化による衰えはあれど若い頃はさぞかし男前だっただろうと想像させる整った目鼻立ちであり、なんだかんだで木栖善泰という男は4人の息子の中でいちばん父親似だとわかる。
「お父さん、みんなで来ましたよ」
「ああ……あ?」
一瞬子供たちの顔を見た後、昔に縁を切った長男が知らない男を連れている事に気づいて顔色が変わった。
「お前どのツラ下げてここに来た!」
「どのツラってこのツラだよ」
特に何事もないふりで善泰は父に応えた。
それは『10数年ぶりの再会が怖い』なんて言っていたことを感じさせない落ち着きすら感じさせてくる。
「俺は呼んでないぞ!」
「おふくろに呼ばれてきたんだ、親父が呼んでないのはみんな知ってる」
「帰れ!全部お前のせいだ!」
叫んだ瞬間に木栖の父がぐらっと体勢を崩し、母に抱き留められた。
それでも木栖の父は善泰を息子というよりも己の仇を睨むような眼差しで睨んでいる。
「……何が善泰のせいだと?」
俺が木栖の父にそう問いかけると木栖の父は「何もかもだ」と言い放つ。
「お前が大っぴらに男とまぐわう男であることを明かして生きるせいで、私たち家族はお前のような病人が息子であるという事実と共存して生きる事が私の試練となり、お前の母はお前が治る事を祈ることが試練となった。
お前が自らの試練から逃れて人殺しの組織で享楽的に生きることを選ばなければ、私達にまで新しい試練が下ることはなかった!」
俺は木栖善泰という男が決して享楽的に生きているとは思えず、その言い分にはいささかの責任の押し付けすら感じられた。
それに≪ゲイで自衛官の息子がいる≫という事実と共存して生きなければならなくなったのはおそらく金羊国赴任で顔と名前が知られるようになった後の事だろうが、その事実をどう受け入れて折り合いをつけるかは本人の問題である。そこまで押し付けられてもねえ?という気がする。
「俺は享楽的に生きてなんかないしまだ人殺しもしてない。それに親父の試練は親父のもので、俺のものじゃない」
「うるさい!入隊拒否どころか同性愛治療すらしなかったお前が言っても説得力がない!」
「転向療法に効果が無いことは話したろう」
再び口論を始めたのを見てディエゴ少年が直元さんの背中へと隠れてしまうのを見て、俺は少しここに来させたことを後悔した。
たぶん、木栖家の父子関係は修正不可能な気がする。
(10年以上会ってないなら変わってるかもしれないっていうのは俺の希望的観測過ぎたらしい)
もしかすれば善泰自身もそうだったらいいという一欠けらの希望があったのかもしれないが、こうして希望が潰えていくのを見ると俺たちはここに来るべきではなかった気がしてくる。
「他の人に迷惑だからそろそろやめませんか?」
俺がそう声をかけると木栖の父は「ふざけるな!」と叫ぶ。
「男をたぶらかす悪魔は喋るな!」
「真柴春彦は悪魔じゃない!」
たぶんこれ以上はどうにもならないなとすべてを悟ると小さくため息を吐いた。
「善泰。見舞いの品だけ渡して今日はもう帰ろう」
俺がそう告げると少しだけムッとしながらも、これ以上病室で口論しても無意味と感じたのだろう
「おふくろ、とりあえずこれ入院見舞いな。入院費の件は後で話そう」
善泰が入院見舞いの品の入った紙袋を母親に渡す間、俺はディエゴ少年に『初めて会うのにうるさくしてごめんな』と詫びた。
お互い少し頭を冷やす時間がいるだろう。
「善泰のおかあさん、俺たちは2時前まで外の公園に居ます」
父子関係は改善できずとも、母子関係にはまだ希望はあると思いたい。
お互い冷えた頭でこの家族の事を考えてみようじゃないか。




