17-19
なんやかんやで迎えた最終日の朝は、曇りがちでほんのり肌寒い日だった。
午前中は首相官邸で日本・金羊国・北の国の3カ国による会談が行われ、日本と北の国での国交樹立についての話し合いが行われた。
「日本側はわが国と明確な国交樹立を目指す気はあるだろうか」
北の国の国王が放ったその言葉は新しい歴史の始まりを感じさせるものだった。
それに対して首相は静かに口を開いた。
「国交樹立の希望自体は受け入れたく思います」
「我々に何か受け入れられないものがあるとでも?」
「この世界では奴隷制は悪とされます。それがたとえそちらの価値観では人間とされることのない獣人であったとしても、我々の価値観では許されない行為です。
ですので将来的な奴隷制廃絶を目指すことが日本のみならず地球諸外国との国交樹立の条件となります」
これは北の国御一行が日本を回ってる間に来日していた地球の主要国家首脳陣で話し合って決めた事だ。
『異世界との国交樹立そのものは受け入れるが、奴隷制を存続したまま外交を樹立する事は倫理的に受け入れるべきではない』という結論が出たのである。
「……我々にとって獣人奴隷は宗教上正義であったとしてもか」
「ええ。ですが急に全面廃止は難しいでしょうから、まずは奴隷制に関する法律の改訂による獣人の人権擁護などをお願いした上で最終的に獣人奴隷廃絶を目指す意思の一致を求める事になります」
この辺は地球側の妥協だ。宗教と絡んだ奴隷制の廃絶は難しいだろうから、まずは法律の改定で人権が守られるようにすることを国交の前提としたわけだ。
「法律の改訂というのは?」
「具体的には生存権や自己決定権の確保・労働時間の制限の2つになります。
日本側から挙げられたものに対して北の国ご一行がざわついた。
あの世界には労働基準法や生存権などというものは存在していないが、求められているもののニュアンスを読み取ってあり得ないという空気になってるのだ。
「我々人間ですら労働時間の上限など決まっていないのだがな」
皮肉めいた口ぶりでそう告げると首相は困ったように笑いながら付け足した。
「労働時間の上限については獣人であっても最低限寝食をゆっくり摂ることが出来るようにする、と決めるくらいにすれば良いのですよ。決めたとしても我々は運用にまでは口を出せませんしね」
仮に日本側のこの要請を全面的に通したとしても、本当に守るかは北の国側に委ねられるので有名無実化しても日本側がどうこう言うのは内政干渉と呼ばれかねないので文句を言うことはできない事を遠回しに伝えてくる。
「……検討はしておこう」
北の国の国王は日本も妥協はしてるのだと察すると悩ましげな声色でそう答えた。
この数日間で日本側の強みは散々見せられているので日本と組むことに対してそれなりのメリットは感じているのだろうが、いかんせんあの世界の宗教に基づいた倫理が染み付きすぎて外交樹立の条件が受け入れ難いのだろう。
「原油の買取についてですが、日本側としては北の国からの原油はすべて買取の意向となりました」
「そうなのか?!」
「はい。今回お越しいたいた3家の原油に関しましてはこの先湧出量が増えても日本側で全て買取することをお約束します」
3家の当主たちがその話に目を輝かせた。
自分たちを悩ませたものが一滴残らず金となるのだ、しかも湧出量が増えても面倒見てくれるなら悩みが全てなくなったと言っていい。
条件も両方が納得できる範囲内なものとなってるから文句などない。
通訳として同席していた矢先、急に俺の携帯電話が震えだしたので中座させてもらう。
電話の相手は飯島だ。
「もしもし?」
『急に悪い、前に話した右派系市民グループに動きが出た。JR秋葉原駅で緊急デモやるらしい、時間は11時半ごろだ』
パレードのルート地図を確認してみると嫌な予感が湧いてくる。
予定では11時半ごろに秋葉原駅近くを通る予定になっている、その気になれば乱入できる距離だ。
「嫌な予感しかしねえな。警察は?」
『急だからルート変更は無理だとよ。秋葉原周辺の警備は強化してくれるみたいだけど』
「最悪外交より人死にの回避だよな」
『だな。警察ももっと早くに気づいてくれりゃいいのにな』
「文句言ってもしょうがない。俺らは最悪に備えるだけだ」
電話を切って木栖に耳打ちをすると、俺の危惧をすべて察したうえで「わかった」と答えてくれた。




