17-13
人生で皇居宮殿の豊明殿に足を踏み入れる日が来るとは思わなかった。
皇居宮殿でもっと広い部屋である豊明殿は美しい綴れ織りや手織り緞帳に飾り立てられ、クリスタルガラスのシャンデリアがこの大広間を隅々まで照らし出している。
テーブルセットには四季折々の花が生けられており、食器とカトラリー類は純白の薄布に覆われている(このカトラリーに薄い布をかけるのは北の国のやり方だ)
薄い布の上には手書きのウェルカムカードと今回の宮中晩さん会のしおりが乗せられている。
……そう、俺は今夜宮中晩餐会に通訳兼折衝役として参加する。それも天皇陛下付きの。
(今すぐ帰らせてくれ!!!!!!!!)
そう叫びだしたい気持ちは山々なのだがもう帰ることはできない、何故ならあと1分もしないうちに今回の来賓御一行と天皇陛下はこの豊明殿へ足を踏み入れるのだから。
やがて宮内庁楽部がBGMを鳴らし始めると北の国の御一行と共に天皇陛下が現れる。
全員が着席したのを確認すると天皇陛下は俺に小さな合図を向けた後ゆっくりと立ち上がった。
「このたび、北の国からグスタフ4世殿下と金羊国のハルトル宰相閣下が遠路はるばる我が国を公式に御訪問になったことに対し、心から歓迎の意を表します」
ほぼ同時にBluetoothで全員がつけているイヤホンに訳文の朗読を流す。事前に宮内庁から歓迎スピーチの原文は貰っていたので外務省で翻訳して朗読を録音しておいたのである(ちなみに大陸標準語訳はしおりに乗せてある)
歓迎のスピーチが終わると、日本国と北の国の国歌(金羊国には国歌がない)が演奏されて一同が「おお……」と感嘆の声を漏らした。
俺がハルトル宰相に頼んで歌って貰ったものを録音して宮内庁楽部に送り、楽譜に書き起こしたというのでその苦労は想像するに余りある。
「では、乾杯」
食前酒の甘い梅酒を飲んだハルトル宰相は穏やかにほほ笑み、北の国王殿下はふむという顔で飲み干した。
出てきた前菜は五郎島金時のムース・秋野菜のピクルス・北海道産秋鮭のリエットの盛り合わせである。
「これだけなのか?」
「前に来た時はいろんな品が順番に出てきましたよ」
ハルトル宰相がフォローするようにそう答え、俺に「ね?」と確認するように聞いてきたので「はい」と手短に答える。
「晩餐会だからか」
異世界では人を招いて行う大規模な晩餐会では酒と肴・肉料理・パン・酒・デザートの順番で一品づつ料理が出るのでそれと同じだと考えることで納得してくれたようだ。
前菜の口をつけるとこの国はこういう感じかという表情でまずまずの反応を見せている。
天皇陛下もちらりと相手の様子をうかがっており、異世界の王へのもてなしという皇室史上初の行いへの緊張が僅かに滲んでいる。
次に出てきたのは著名な小説家の名前を冠した国産の甘い赤ワインだ。
本来宮中晩餐会では高級フランスワインを出すのが基本だが、このワインがことごとく辛口のものばかりで甘い酒に慣れている今回の賓客の口には合わない可能性が高かった。
そこで甘口で食材に合う物の中から選ばれたのがこのワインだった。
(アレ、すごく甘いんだよな)
先方の口に合うか確認してくれと事前に試飲したのだが、北の国で飲んだ高価な葡萄酒の上位互換的な味がしたので俺が推薦した。
「少し聞きたい」
北の国の国王が俺を呼んでくる。
「この酒を持ち帰りたい、出来るか?」
どうやら気に入ってくれたらしい。
たぶん飯島に言っておけばお土産に数本用意してくれるだろう。
「ええ。準備させておきましょう」
こうして晩餐会は恙なく終わってくれたのであった。




