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その日の夜、船着場に現れた一団を俺と木栖と柊木先生は最上級の礼儀を持って迎える事にした。
持って来ていた礼装と深々としたお辞儀で迎え入れた相手は、金髪碧眼の見目麗しくも気難しい表情の少年であった。
「我がフナフチ島の氏族の長にしてフィフィタの大叔父、イシレリなり。異郷よりの使い実使いの者の深きあるじに心より礼申し上げむ」
うん?という顔になった俺たちを見て、フィフィタ氏が簡単に補足をする。
「島の者たちは大陸の言葉も使えるので私がいなくても良いのですが、どうしても言い回しが古くなってしまうのです」
要するに彼らは古い大陸標準語(恐らく500年前に大陸を離れる前のもの)で話すから普通の人にはわかりにくいのだろう。
一瞬ピンと来なかったが言いたいことの雰囲気ぐらいは掴めるのは幸いであった、細かい部分はフィフィタ氏に聞けば良いと割り切ってしまおう。
「我が大甥なるフィフィタの物語によると、その方らには近年ときめける血の呪ひをかりそめに解く術ありと聞けどまことなるやゆかし」
「我々の世界の医者を連れて来ました、彼らであれば治すことができるかと」
「さて我々に何を求むといふなり?我々は誰にも従はず、大陸の銭など持ち合はせたらず。血の呪ひを解く代はりに従へと言ふならぬ皆殺しも辞せぬぞ」
皆殺しも辞さないって血の気多いな……と一瞬思ったが、よく考えれば彼らはこの世界で人間に徹底抗戦して滅びかけた人達である。元から血の気多めなのか、未知の存在である俺たちへの威嚇か。しかしここはしっかり言っておくべきだろう。
「強いて言うならば交流でしょうか。私たちの国は協力関係にある国を増やし、交易を通じてこの世界にあるものを自国に持ち込んで技術を発展させたいと考えています。その第一歩として皆さまの言うところの血の呪いを解く手助けが出来ればと考えています」
「かつて我が一族を滅ぼさむと企てし教会との関はりはわびしきかな?」
「むしろ彼らとは対立していると言って良いでしょう、我々は種族を問わず奴隷制度や階級制を否定していますので思想的にどうしても相容れないのですよ」
「ふむ……」
イシレリ少年(俺にはどう見ても少年にしか見えないので以降こう呼ぶ)はしばし周りの同胞達と話し始める。
それは俺の知らない言語であり、恐らく彼ら特有の言語なのだろう。納村辺りがいれば嬉々として記録を取ったろうが今はそれどころではない。
「さらばこの島なることを許さむ、されど島よりいでばならぬ。後日我々の医師や呪ひ師をやれば血の呪ひの解き方を伝授せなむ」
「恐らく無理かと」
「ほう、何故なり?この題目をえ呑まざらば我々を狙ふ者とみなすぞ」
柊木医師が咄嗟に「イシレリさん、」とその名前を呼ぶ。
「私は医者なので治療方法を伝える事はできますが、薬の作り方には詳しくありませんし今回は薬を作れる者もおりません。何よりこの病気の治療に用いる薬は人間の血を加工したものです。他人の血を体内に流し込むので目に見えない雑菌ひとつない高度に管理された部屋や清潔な血液の定期的な提供などが必要なのです」
「ならばそのよしを我々の医師に伝ふべからむ、うるやいなやはこなたにことわる」
後半の意味が分からずにいると、フィフィタ氏が「出来るかどうかは我々で判断する、という意向です」と補足してくれる。
「分かりました。
ですが、せめて1人で良いので直接診療させていただけませんか?見て、触れて、しっかり検査しなければ正確な診断は出来ません。
あなた方の言うところの血の呪いに苦しむ人を1人でも多く救うには直接診療しなければ、私の見立てが正しいのか間違っているかも分からない。下手をすれば私の考えていた物と違っていたせいでより患者を苦しめてしまう可能性すらあるんです」
柊木医師が正座になって己の首を差し出すポーズをする。
これは大陸内で最上級の非礼を詫びる時のポーズであり、この場では医師として懇願の意味を込めて直接診療の許可を取りに来ているのだ。
イシレリ少年は気難しい顔を悩ませながら「わかれり」とつぶやく。
「我々に数人血の呪ひにかかれる者があれば医師と共にやれど、金品や命差しいださする事は許さず。もしさる行ひが見定められば命はあらずと思へ」
診療と治療の許可が降りた事に気づくと、俺はホッとして「ありがとうございます」と告げる。
あの1億円もこの船旅も無駄にならずに済んだらしい。




