16-15
「島が見えたぞ!」
伝声管越しのアナウンスに心地よい昼寝から叩き起こされ、俺は船室の窓から海の方を確認した。
遠くにぽつぽつと大小さまざまな島が見える。あれがこの旅の目的地である南東諸島なのだろう。
「船長、事前に渡しておいた旗を吊るしてくれ。船首に人を置くが極力船員は近づくな」
伝声管越しにフィフィタ氏がそう告げる。
何かあるのだろうかと気になった俺は船首のほうへと足を運んだ。
船の帆の先に赤白緑の三角旗が掲げられ、船首にはフィフィタ氏が立っている。
確か彼はこの船に乗っている間ずっとチェスラフ氏の姿でいたが、いつのまにかフィフィタ氏の姿に戻っている。
あれはどういう意味なのだろうかと考えていると、突然指笛の音が聞こえてくる。
誰が指笛を鳴らしたかは分からないが、近くの誰かが鳴らしたかのような明瞭さで響いて来た。
するとフィフィタ氏も指笛に応えるように鳴らすとさらに指笛が帰ってくる。
それはまるでジャズのセッションのような指笛で構成された掛け合いであり、それがどのような意味を持つかは俺には分からなかった。
しばらくその掛け合いが続き、ひと段落つくとフィフィタ氏は不意に後ろを向いて俺の存在に気づいた。
「……何でいるんです?」
「失礼致しました、見てはいけないものでしたか」
「いえ、どうせ意味なんか分からないでしょうし」
あの指笛の掛け合いにはなんらかの意味があったのだろうということは察せられたが、それ以上聞くことは出来なかった。
「これからこの船は玄関島に向かうので、あと2時間もあれば着岸できるはずなので準備をお願いします」
「承知しました」
ようやく長い船旅が終わる。
しかしまだ本題はこれからなのだと思うと少しばかりため息が漏れた。
ー2時間後ー
船が着岸したのは小さな島の桟橋で、乗っていた木造船から降りるためにはわざわざ喫水線ギリギリに設けられた特別な出入口からハシゴをかけなければ降りられないような高さがあった。
この桟橋はおそらく小型船用のものなのだろうが、それ用の出入口がついていなかったら一生降りられなくなるところだった。
大量の荷物を下ろすため全員で下ろすと、フィフィタ氏の案内で建物へと連れて行かれた。
石積みの大きな塀の中に大小さまざまな平屋の家があり、中心となる場所には薪を焚べた跡もある。しかし建物ひとつひとつや石塀は綺麗で立派だが人の気配がない奇妙な場所だった。
「これは?」
「部族会議で使われる建物を借りました、人間は帰るまでここで寝泊まりするように言われてます」
「フィフィタさんの弟さんはどちらに?」
「普通玄関に人は住んでないでしょう?」
玄関島という呼び方は南東諸島を家に見立てた時ここは玄関、という意味で玄関島と言うことか。ということはフィフィタ氏の弟はこことは別の島に住んでいるのだろう。
俺たちをここに留め置くのは襲撃されないようにという意味か、いざという時自分たちの島を汚さないようにか。
「夜に部族会議をやるので、それまでに全員湯浴みを済ませてください」
****
湯浴み場所として連れて来られたのは、波打ち際に石を積んでできたワイルドな野湯だった。
石積みの内側は湯気が立っていて熱い湯が地下から湧いてるのだろうと想像出来る。
まだ片付けが終わってないという国境なき医師団や研究者一同にかわり、一番に湯に浸からせて貰う権利を得た俺と木栖と柊木医師は周囲に有毒ガス噴出の形跡などがないことを確認すると早速温泉へ入る事になった。
足元からぶくぶくと湧いてくる熱めの温泉と冷たい海水が混ざっていい具合の熱さになっており、日本人感覚では『潮の匂いがするちょっと熱めの温泉』になっている。
ぬるめの温泉好きな欧米人には少々熱すぎるだろうが、その時は海水を引き込めば良い。
双海公国を出てから風呂に入れていないのでこういう温泉がつくづく身に染みて心地よい。
「いい湯過ぎる……」
慣れない船旅の疲れがお湯に溶けていくようで心地良過ぎる。
隣にいた木栖も「本当にな」と言いながら俺に身体を寄せて来たので「近い」とおふざけテンションで顔面にお湯を浴びせてやる。
「まだこの後頑張らないとならない俺への癒しは無いのか」
「温泉があれば十分だろ、と言うかお前より俺の方が頑張らないとならないんだが?」
「そうか?」
悪ふざけタイムに突入した俺たちに「イチャイチャしないで貰えます?」という柊木医師からの冷たい声とフィフィタ氏の温かい目でおふざけタイムは終了した。




