16-14
2日間にわたる待期期間という名の無限討論期間が終わり、カウサル女公爵の用意した船に乗り込む日が来た。
隙あらば討論を吹っ掛けられるのにげんなりしていた俺としてはようやくかという気持ちであったが、連れてこられたのは双海公国近郊の船の修理場であった。
「今回ご用意いたしましたのは、東の国で先日廃業した商店の商用船となっております」
公爵の代わりに案内を引き受けた執事長から船について簡単な説明を受ける。
今回は双海公国の関与を気づかれないようにするため他国籍の商業船を用意したと言い、万が一身元の確認を受けることがあれば以下の設定で通すようにという設定メモや裏工作済の相手へ助けを求める方法をまとめたテキストまで用意してきた。
(……ここまで面倒見て貰って1億円と考えたら意外と安かったのかもな)
大使館での米の長期契約や現代日本の物品・知識・技術にそれだけの価値を見出しているという事なんだろう。
身分不相応に大きな借りを作ってしまった気がするがやむなしだ。
「最後にですが、このテキストは水に投げ込むと溶ける紙でできております。ですので処分時は海に投げ捨てておきますようよろしくお願いいたします」
「ありがとうございました」
俺の方で関係者への挨拶や打ち合わせている間に船の出航準備は整った。
ここからもう少し船の旅は続く。
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船が走り出して3時間ほどすると、ぼんやりとした気持ち悪さが出て来た。
待機期間中の議論疲れと海船の揺れで船酔いしかけてるのだろうか?
軽い吐き気と頭痛から逃れるように甲板に出れば夏の日差しと潮風に迎えられ、ぼんやりとした気持ち悪さが楽になったように思う。
「なんかずっと甲板にいるよね」
そう呟いたのは雇われ用心棒のイーファで、その手にはスープ掛けのごはんがあった。
「別にいいだろ」
まだ本調子とはいいがたいせいか少々とげのある返しが口からこぼれ出ても、イーファはなお何も気にするそぶりもなく「まあね?」と受け流してきた。
「せっかくだしいくつか聞いても?」
「何をだ?」
「なんで異世界人がエルダールの島へ招かれたのか」
「彼らの間で流行った病気を治療しに、だな。ついでに金羊国を通じて我々の国と交流の第一歩を築ければ万々歳……ってところか」
もっとも完全に思い通りにいくとは思っていない。
エルダールの民はこの世界の人間に迫害されたことで閉鎖的なコミュニティを築き上げており、病気の治療ひとつで開明的になるとは思えない。
しかし将来的にエルダールの民が金羊国・日本と協力体制にある相手として組み込めればよいという企みもある。
「あくまで治療が目的?協力体制による利益でなくて?」
「当然だろ、そう求められたんだから」
「助けることが先で利益が二の次か、異世界人は変わってるね」
「俺たちの国においては困っている人は己の利益を無視してでも助けるのは普通なんだよ」
「まともなタイプの貴族や聖職者みたいな生き方だ、どんな貧乏人もそう考えるのか?」
「明日の飯にも事欠くような人以外は大体そう考えてると思う」
もちろんそう考えない人もたくさんいるだろうが国民の7割ぐらいはそう考える国だと思うし、地球全体でもそれぐらいいて欲しい……という俺の願望はさておいて。
この考えは異世界だとあまり主流ではないのだろうなという感覚はある。
「大して生活に余裕がある訳でもない庶民がそれでも身銭を切って他者に救いの手を差し伸べる、というのはそれによって得られる利益があるから?」
「そういう人もいるがそうじゃない人もいる、まあ半々ぐらいだろ」
ふるさと納税の返礼品だとか寄付による減税・免税制度だとか、場合によっては宗教的なものもあるだろう。
しかしそう言った事抜きで寄付や募金をする人も数多くいる。
「何の利益も求めず救いの手を差し出す庶民のいる世界か。異世界ってのは余裕がある世界だね」
「この世界より多少はな」
「せっかくのカザンラクだ、いつか見に行きたいね」
「カザンラク?」
「山の民は成人前の3年間で平野の事を学ぶために山を下り、傭兵や用心棒の仕事をしながら大陸を回るんだ」
地球で言えばアメリカのアーミッシュで行われるラムスプリンガのようなものだろう。
「条件さえ満たしてくれればいつでもどうぞ」
俺がそう答えると「ちなみに、スフェーンは連れていける?」と本気でそう聞いてくるのだった。




