16-1
初夏の収穫祭が終わり、秋まで落ち着いて仕事が出来ると思っていた。
しかし世の中そう思った通りに行くことはない、という事を俺は唐突に思い出した。
「地球への私費留学希望者?」
「はい、実は収穫祭の時に『地球への私費留学は可能か』という問い合わせがありまして。僕の方で文科省への問い合わせをしてたんです」
「それで文科省がどういう訳か問い合わせした嘉神でなく俺のところに返事を寄越したと」
俺宛ての書類に混ざっていた身に覚えのない資料はそういう事だったか。
「にしても、この国に私費留学なんて出来るほど金銭的余裕のある人がいるとは思えないんだがな」
「僕もそこは気になってるところで今週末にでもまた返事を聞きにくると言うのでその時にも詳しく聞いてみようと。同席なさいますか?」
「ああ、会ってみようか」
取る物も取り敢えず逃れてきた元逃亡奴隷人口のほとんどを占めるこの国で私費留学を検討できる金銭的余裕のある人が何者なのか、そこに裏は無いのか。どうしても疑ってしまう。
また新しい厄介ごとがやって来た予感を抱いていた。
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週末、その客人はひとりで現れた。
年ごろは二十歳くらいだろうか。ぼろぼろの地味な古着とマントに身を包んでいる。
ぼさぼさの茶髪を紐でまとめ、大きな茶色の瞳でこちらを覗き込む地味ながらも目鼻立ちの整った青年だった。
チェスラフと名乗る青年は日本へ渡って医学を学ぶことを望んでいると言う。
「私費留学以前に確認したいことがあります」
嘉神が出して来たのは金羊国人への留学ビザ発行条件の一覧を大陸標準語に翻訳したものである。
「地球への留学を希望する場合の条件として、金羊国の国籍を取得済み・または取得見込みがあることと金羊国から留学生として長期渡航認可が降りていることが条件となります。
チェスラフさんは金羊国に来てどのくらいになりますか?」
「金羊国の国籍が無いと入れないのか?」
「そうなりますね。移民申請をした上で金羊国に3年以上定住という国籍取得条件を満たしていることを確認出来れば認可は下りるんですが」
「3年待ってから申請しないとならないのか……出稼ぎの場合も国籍取得が必須だったか」
「そうですね。国籍が金羊国以外の場合、入国許可はおりません」
チェスラフ氏はやれやれと言うようにため息を漏らしながら「今日から申請しても3年待ち、しかも金羊国籍となると大陸内のほかの国へ渡る時に目をつけられそうだな……」とつぶやく。
大陸で支配的な教会と真っ向から対立する金羊国は大陸内部であまり良いイメージを持たれていない、恐らく危険分子として見られることを考えれば大陸内で金羊国人であることのメリットはあまり多くないと言えるだろう。
「それに異世界人留学生の受け入れ先はまだ多くありませんから、3年待って金羊国国籍を得てから留学して医学の勉強に入っても遅くは無いはずですよ」
俺がそんなことを付け足してみると、相手はまじまじと俺を見て問いかける。
「……そちらの世界で一人前の医師として認められるにはどのくらいかかる?」
「医学部で6年かな、そのあと研修医になって何年か勉強するはずですね」
ちょうどお茶を持ってきてくれたオーロフに柊木医師を呼んで来てもらうと、柊木医師は思ったよりも直ぐにやって来た。
「柊木医師、研修医って何年くらいやります?」
「初期研修医が最低2年、後期研修医が最低3年ってとこですね」
「医者になるだけで10年か、思ったより長いな」
深く悩み込んだチェスラフ氏に「そもそも何故異世界で医学を学ぼうと思ったんですか?」と柊木医師が問いかける。
「故郷にいる弟の病を治したいと思ったんだ」
「ほう?」
柊木医師の目が知的好奇心に輝く音がした。
長編エピソードのため二日に分けて更新します。




