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母親のことが自分の中で多少落ち着いても、普通の仕事はやってくる。
「……北の国王殿下の秋の日本行きに同行、ですか」
以前からハルトル宰相には北の国の王宮と日本政府の間で友好親善を目的とした使節団の話はある程度していた。
しかし北の国から国王が日本へ行く条件としてハルトル宰相の同行を求められたのである。
仮にも他国の宰相であるハルトル宰相を同行させることを条件にしてきた理由はわからんが、あの国王のことなので純粋に会いたいだけと言う気がするが……まあ、その辺の勘ぐりは置いておこう。
時期は10月下旬(地球では11月終わりごろ)で確定しているが、ハルトル宰相の同行は間違いなく金羊国内で揉めるだろうなと言う気がしていた。
「まあ僕としても4年ぶりかな?久しぶりの訪日ですし、金羊国は日本や地球諸国を重要視してる事を示す事ができるので特に反対する理由はないんですけどたぶんグウズルンが嫌がる気がするんですよねえ」
「あんなことがあったくらいですからね……」
ここに来て最初の夏に起きた宰相誘拐事件のことはやはり根が深く、今でも政経宮の中で北の国への嫌悪感が多少尾を引いているようだった。
日本側も北の国による宰相誘拐事件のことは把握しているので、同行が決定したらちょっかいかけられないよう第三者として注意はしておくように頼んでおくぐらいは出来る。万が一また連れ去りなんかあったら間違いなく揉めるしな。
「僕としても北の国を正式にこちらの陣営に巻き込むいいチャンスだと思ってますから、前向きに検討はしてみます」
「よろしくお願いします。日本側としても原油……黒油輸入の活性化による供給の安定化は悲願ですから。必要なら大使館でも説得に協力しますので」
「その時はお願いしますね。
……ところで、アントリから聞いたのですが大使のご母堂が亡くなられたと聞きましたが大丈夫でしたか?」
不意に切り替わったその話に驚きつつ、少し大きめに息を吸い込んで自分の意識を切り替える。
「ええ、もうひと月ほど前ですから流石にもう落ち着きましたよ」
「そうでしたか。いつも大変お世話になってる身でありながらお悔やみの言葉ひとつ出せなくて申し訳ありません」
深々と頭を下げたハルトル宰相に「お気になさらないでください」と答える。
「むしろ大使館の方でやるべきことが少し滞ってしまって申し訳ないくらいですから」
これは割と本音だ。
昔の俺の上司なら『公僕として親の死に目に会えないくらい覚悟しておけ』と怒鳴られてもおかしくない。
何より俺も母の死というものはある程度覚悟していたし、皮肉なことに俺が抱えていた母の介護を巡る諸問題がひとつ終わったと言う側面もあった。
「……僕は真柴春彦という人を1人の対等な人として大事にしたいんです」
ハルトル宰相の言葉が俺の耳に優しくも鮮やかに響き、眼差しには俺を優しく想う生来の心根の良さが滲んでいる。
(この人も俺を純粋に大事にしたいと思ってるのか)
たった一言だというのにまるで抱きしめられたような温かさが胸に広がって来て、俺はただ頭を下げて「ありがとうございます」としか答えることができなかった。




