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思い返すに木栖善泰という男は大使館運営のために再会してからずっと折に触れて『俺はお前が大事だ』と言葉と行動で示し続けて来た男だった。
そんな男は俺を実に繊細に気遣うのだな、と思う。
「真っ当で真面目と評されるのは、嫌か?」
普通ならば褒め言葉とされるその言葉への俺のわずかな嫌悪を読み取った木栖の問いかけに俺は「少しだけ」と答えた。
「真っ当で真面目な奴ほど真っ先に死んでいくからか」
その木栖の言い分には分かるものがある。
正直者が馬鹿を見て、生真面目な奴ほど心を病み、清濁を併せ呑んで吐き気を催す。
俺は霞ヶ関という場所でそんな奴らを何度も見て来たせいか、母の介護のため昇進という道を投げ捨て最後にはその母も施設に置いて行って生き延びてる時点で俺は自分を真っ当とは言い難いと思っている。でも周りはそういう風には見てくれない。
俺が絵に描いた親孝行息子なら、介護しながら結婚も昇進もして孫の顔も見せられて母への恨みも持たずにいられたろうという拗ねた考えが頭を離れないのだ。
「それもあるが、真っ当で真面目と言われれば言われるほど自分から悪いことや義理を欠くようなことをしてはいけない気がしないか?」
「ああ……無意識に周りのイメージに合わせて動くことってあるような気がする」
人は他人から良く見られたいという欲望を抱く。
その欲望は基本的に己を良くすることに活かされるが、時折自分を縛り付けるものとしても作用していた。そうして今の俺は『真っ当で真面目なエリート官僚』としての己に縛られている。
「でもここにはお前をお前としか見ない奴しか居ない」
「そうか?」
「お前という上司に無茶振りされてる嘉神や、お前に好きな昆虫食を制限されてる飯山さんや、お前にやたらと甘い俺とかな。みんなお前をお前という存在としてしか見てないからお前が多少悪い事をしたところでフーンとしか思わないだろ」
まあ流石に犯罪行為は止めるけどな?と冗談混じりで木栖が付け足す。
「ただ1人の実母にひどい悪態ついても?」
「俺はただ1人の実父からホモが治るまで家の敷居を跨ぐなって言われたことに対する恨み言なんて何度もして来たが、未だにバレては無さそうだけどな」
「もう死んでる人間に言っても過去が何も変わりはしないのに?」
「そんなこと生きてる人間相手でも同じだろ?それに死んでる人間は生きてる人に何言われてるかなんて知りようがないし、ましてここは異世界だ。死人が異世界に来る時はトラックに跳ねられるが相場らしいから、普通に死んだ人間ならこちらに来る方法はないだろうよ」
木栖のバッサリとした答えは聞いていて爽快だった。
俺の母への恨みも、その恨み言を言えない俺自身の弱さも、木栖はさらりと肯定してみせた。
「どうしても人に言いたくないなら、地面に穴掘って叫べばいい。流石に異世界の植物でもお前の叫び声を日本まで拡散する能力は無かろう」
木栖の言葉が気持ちを軽くしてくれる。
この世界にいる人は良い子で真面目な一人息子としての俺を誰も求めていないから何を言っても気にはしない。
そう言ってくれるだけで心が少し軽くなる感じがした。




