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葬式の日の朝、喪服のジャケットの脇のところが破けている事に気づいた。
いつから破けていたのか分からないが、昨日の時点で破けていたとしたら気づいた人がいない事を祈るしかない。
母が元気だったらちょっとしたほつれに気づいて直してくれていただろうにという気持ちはありつつも、いないものはいないので仕方ない。
応急処置的に縫い直そうと裁縫箱を開けると黒い糸がない。
(……叔母さんに頼むか)
自分1人のためにあまり得意でない繕いものをするのも面倒だし、お針子である叔母の方が上手だ。
母の遺体安置と俺の寝床としてしばらく借りている離れから本宅へと向かうと、叔父とイトが朝食を準備していた。
「おはようございます。叔父さん、叔母さんと叶は……」
「2人ともまだ寝てるよ、朝食出来たら起こすつもりだったから少し待ってると良い」
叔父さんは昨晩の通夜の手伝い疲れをあまり感じさせない穏やかな声でそう告げてくれる。
「朝ごはん食べる?」
「貰えるなら」
イトはバターを塗った食パンの上に目玉焼きを乗せ、塩胡椒を軽く振ったものを俺に出してきた。
シンプルな目玉焼きトーストだが正直今はこれくらいで十分だ。
昨晩もおにぎりとお茶だけで寝てしまったし、なんとなくお腹が空きにくくなった気がしている。
イトは自分用に焼いていたらしい厚切りのフレンチトーストを片手に俺の目の前の席に腰を下ろした。
「お前だけフレンチトーストか」
「昨日クレイマークレイマーの話してたら妙に食べたくなってさ、夜中準備してたんだよ」
イトは通夜の直前まで仕事していた事を思い出し、たぶん仕事中にそう言う話をしていたのだろうと気づいた。
「みんなの分は用意してなかったんだな?」
「予算の都合がつかなくて」
おどけたようにイトが笑って誤魔化した。
「はるひこくん?」
「おはようございます、叔母さん」
叔父に連れられて叔母が寝巻きのままリビングにやってきた。2階からの足音から察するに、叶もいま起こされてるタイミングなのだろう。
「朝ごはんの後でいいので、ちょっとお願いしたいことがあるんですが」
「うん、あとでね」
まだ眠気が治りきらない叔母がコーヒーを飲みながらそう答えた。
****
叔母に喪服の修理をお願いしている間、俺は葬式の最後の準備に取り掛かっていた。
いちおう喪主なので確認しておくことが多かったのだ。
「お葬式の間に流しておく音楽として亡き旦那さんの歌を流して欲しいとのことでしたが、音源は本当にテープだけですか?」
「父が亡くなったのが40年以上前ですからね、本当にこれしかないんです」
母の葬式に関する要望は決して多くなかったが、その要望の中で最も譲れないものとして父の歌で送られることを挙げていた。
しかし父の歌声の音源がテープしかないので葬儀会社には迷惑をかける形となってしまった。
使い込んで少々音質も悪くなってるし、そのうちなにか考えた方がいいかもしれない。
「そうでしたか。ただ葬儀場の機械がデジタル音源にしか対応してないので、弊社の方で音源をデジタル化しても構いませんか?」
「お願いします」
母の最後の願いだ、多少手間でもただ1人の息子として叶えてあげたかった。
「葬儀所には5時ごろ入ればいいんでしたっけ」
「はい、そのくらいのお時間でお願いします」




