14-9
「木栖、散歩に行かないか」
「さんぽ」
夕食後に思いついたようにそう誘ったのは、ただ俺の中で答えを出したかったんだと思う。
俺はこの男とどうなりたいのか。どうなるべきなのか。
その答えを考える時間にただ付き合って欲しかった。
「嫌ならいいんだ」
「いや、行く。少し待ってくれるか?」
「じゃあ寮の出口で10分後に」
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厚手のロングコートと反射材付きのスニーカーに身を包みネックライトをぶら下げた俺に対して、木栖は白いウィンドブレーカーを羽織りクリップライトをつけていた。
「寒くないのか?」
「平気だ」
「お前が平気ならいいんだが」
じゃあ行くかと冬の屋外へと歩き出す。
金羊国は正月明けのいちばん寒い時期なのでキンと冷たい冬の夜だ。
夜道ではあるが月明かりと持ってきたライトのおかげで人がいることがわかるくらいの視界は確保されている。
木栖の白いウィンドブレーカーは夜のなかでぽっかりと浮かんでおり、歩幅が大きいせいで俺の半歩先を歩いているが速度は俺に合わせてくれているのが分かる。
「なあ、」
足を止めて木栖が俺のほうを見た。
「お前は俺につき従うだけで良いのか」
「していいならしたいことはいくらでもある」
つまり俺のためにしないだけなのだと言外に伝えてくる。
「お前みたいな普通の男がしない事をお前にして嫌われるぐらいなら、今のこの関係のほうが気楽だ」
「健気だな」
「そうだよ。俺はお前に対して結構健気だと思うぞ?」
木栖が冗談混じりにそう答えたので俺はさらに問いかける。
「その健気さに俺は何かを返せてるか?」
問いかけに対して木栖は黙り込む。どんな顔をしてるのかは夜の薄暗さのせいでよく分からない。
踵を返して歩き出した木栖の半歩後ろをついて歩きながら木栖は考える。
「正直にいってしまえば、俺の好意に基づく健気さに返すならお前も俺に恋をしてほしい。でもお前はノンケ、いやシスヘテ……だよな?」
「しすへて?」
「シスジェンダー・ヘテロセクシュアルの略だな、性別違和がない異性愛者だな」
「なるほど。なら俺はシスヘテだと思う」
男性に性的な魅力を感じた記憶は無いし、自分の性別に対して違和感を感じたことも特に無い。
もしかしたらそれ以外のセクシュアリティの可能性もあるかもしれないが特に心当たりがない。
「だよな。そんな人間に対して俺の事を恋愛対象として好きになってくれというのは、人間に翼や尻尾を生やせというようなものだと思わないか」
「まあ、そうだな」
「ヘテロを自認する人が同性を好きになる例は時折聞くがそれは誰かに強制されてのことじゃない。俺は自ら選んでゲイになった訳ではないし、お前も俺を好きになるなら己の気持ちの変化によって好きになってほしい」
「つまり俺がお前に好意を返すのは俺の選択次第ってことか」
俺の要約に対して木栖は「まあ、そうなるな」と呟くように答える。
少なくとも俺が木栖を好きになる事を選ぶことでしか今向けられてる好意に基づく優しさを返せないかもしれないが、少なくとも今の木栖は俺から好意を取り立てる気は無いわけだ。
夏沢が言うところの好意の搾取に対して木栖は黙認すると明言した、ということだろう。
「お前優しいな」
「俺は好きな相手には際限なく優しいタイプだぞ、だから失敗するんだとも言われたが。まあとにかく今はお前には俺を好きになるかどうかの選択権がある」
「じゃあ俺がお前を選ばなかったら?」
「アル中で倒れるまで酒を飲む」
「自傷行為かよ……」
まあ俺に暴力を振るうとかそう言う事をしない辺りやはりこの男は優しいと言えるだろう。
今の俺にできるのはただこの男を選ぼうと思う事しかない気がする、しかし恋愛対象として愛せるかと言われると少々自信がない。
なんせ俺はずっと自分を異性愛者だと思っていたし、男性を恋愛対象として見たことがない。だから男性である木栖善泰と恋愛関係や婚姻関係にある自分が全く想像できないのだ。
(どうしたらいいんだろうな俺は)
答えのないまま散歩をする俺たちを月は無言のまま照らしている。




