13-13
母の暮らす施設に久しぶりに顔を出すと担当の介護士から詳細な近況を聞くことが出来た。
認知症は小康状態を保っているが肉体が少々弱ってきた事や、最近入所してきた年上の男性からアプローチされているが父がいるからとすげなく断っていることなどを聞かされた。
母の暮らす部屋の扉を開けたのはイトだった。
「伯母さんげんきー?」
「あら、佐代子どうしたの」
「違うよ絃子だよ」
イトが陽気に母の勘違いを笑い飛ばす。
その反応があまりにもフラットなのでたぶんいつもこんな感じなのだろうなと思わされる。
「政広さんもお帰りなさい、ずっと待ってたわ」
死に別れて40年以上経つというのに、そのことも全部忘れてしまった母は俺を父の名で甘く呼ぶ。
その声色の甘さには父への慕情や性愛がたっぷりと浸っている。
(……きもちわるい)
咄嗟に口を突きそうになった言葉を飲み込む。
「イト、これ母さんへのお土産だから適当に食っといてくれ。ちょっとトイレ」
お土産の紙袋を手渡すと早歩きで母の部屋を出て近くのトイレの個室に駆け込み、便座にへたりと座り込む。
(いま俺は、母さんに気持ち悪いって言おうとしなかったか?)
自分にそう問いかけると、もう1人の自分が答えた。
(あの声色は子を思う母じゃなくて男に惚れてる女の声だった)
認知症による誤認とはいえ実の息子に向けるべきではない欲情が滲み出ているのがあまりにも気色悪い、そうもう1人の自分が答えた。
(けれどあの人は俺の母で、反抗期のガキでもないのに母に気持ち悪いなんて言っていいはずがない)
もう1人の自分は答える。
(でも死んだ人間への慕情と性愛をまぜこぜにぶつけられて気色悪くないと思えるほど俺は人間が出来ちゃいない、それにあの人にとって俺はずっと父の代用品だった)
父の代用品という言葉で思い出した。
認知症になる前から母はずっと俺をそばに置きたがった。
思春期以降は節約と称して残してあった亡き父の服のいくつかを俺に与え、亡き父の服を着ているときは俺に恋人のように寄り添うていたのはそういう事だったのだ。
「……俺はずっと、父さんの代用だったのか?」
その疑念を母に問うことはできない。
認知症により父と結婚した後の記憶がない母からすれば俺の疑念は意味の分からない問いでしかない。
(父さん、あなたを恨みます。どうして先に死んだのかと)
その疑念をあらぬ方向にぶつけながら俺は息を整え、イトに『調子が悪いので早く帰りたい』とラインを送る。
するとイトは『わかった、すぐ切り上げるから先に車のほう行ってて』と返事が来る。
ふらふらと施設を出てイトの車に体重を預けると、冬の空がびゅうっと吹き付ける。
きすみ、と小声でここにはいない名を呼んだ。




