7.本名
「単刀直入に聞くけど、誰に言われてここに物取りに入ったの? こう見えて結構怒ってるからね? 嘘を言ったら即牢屋にぶち込んであげるから」
目の前に跪かせた三人が、首を垂れながらチラチラこちらを見上げるが、許すつもりは一切ない。
漸く片付けた仕事の山を潜り抜けてここまで来たと言うのに、窓から見えた三人組が客じゃないことは明らかだった。数年前にも他の街で悪さしたところを私が捉えて説教したのだから。二度としないと約束し解放したのに、もうこの有様か……。
「お、俺たちは言われただけなんだよ。こ、この紙に書かれた女たちに、大人しくするように伝えて来いって」
「だから、誰に言われたの?」
「…………」
「ふ〜ん、じゃ今日から大人しく牢屋で過ごすんだね。僕の護衛が捕まえ――」
「分かった分かった……マントで格好を隠してたけど、靡いた隙間からメイド服みたいなのが見えて、紋章も見えたんだ! あれはダグラスの紋章だ、間違いない。これで良いだろ!?」
「ダグラスか……」
ダグラス公爵――
王家に次いで力を持つ貴族であり、その発言力から度々王権に進言している。しかも二人の娘どちらかを王家に嫁がせたいと何年も前から押しかけて来ているが、兄上の状態も思わしくないからと相手にしてこなかった。
それが今になって動き始めたと言うことは、間違いなく幸運の女神を探しているか。出された紙には、10名前後の令嬢達の名が書かれているが一番下に書き足されたようにオリーブの名前が書かれている……? これは何の目的があってなのだろう。
そう言えば、神殿が女神の気配を感じたと公表した辺りから「我が娘こそ幸運の女神に違いない」と申し出る貴族がやたら増えたと聞いたが、何か関係があるんだろうか? いや、それにしたってオリーブの名前が書かれるはずがないのに。まさか、私に付き纏っているのか?
「お待たせしましたっ。頭を冷やして欲しいからアイスコーヒーにしてみました」
聞き慣れない単語に思考が停止した三人の顔は、今なら笑ってやれる。
「……?」
「ア、アイスコー……なんて?」
「アイスコーヒーですよ。まぁ苦いですけど、これも経験ですから飲んでみてくださいっ」
氷がカランと涼しい音を立て、三人の前に並べられた。恐る恐る口を付け、一度は口から離すも、身体に味が馴染み始めればあっという間に空になった。「変な色なのに……」「苦味が美味い……」「俺、おかわりしたい……」と。
店を狙われたと言うのに……この優しさはどこから来るのだろう。
「お口に合って良かった。さっき手に取ってたこれ、コーヒーミルっていうのが無いと作れないんです。だから持っていかれる前に味わって貰えて良かったです。もし、反省してまたこのお店に来てくれる時は、他のメニューも楽しんでくださいね」
「……すいませんでした……。必ずまた飲みに来ます。悪さももうしません……ユニヴァ殿下、俺らをしょっ引いて下さい」
「あっ……あぁ……」
しまった、そう思った時にはもう遅かった。
「……ユニヴァ……殿下……?」
「……カインとステイル、先にコイツらを連れてって、ダグラス公爵との繋がりを記録してほしい」
「承知しました」
私の護衛である、カインとステイルに連れて行かれる三人を横目に、オリーブの顔色が悪くなるのが伺えた。……悪いのは私だ。
「オリーブ、黙っててごめん」
「殿下って……もしかして――」
「僕の名前は、ユニヴァ・ルーン・スイヴェル……この国の王子なんだ。初めて会った時、顔を見ても知らなさそうだったから、普通に接して欲しいと思って何も告げなかったんだ。僕には普通がないからとても新鮮で、とても楽しくて。でもそのせいで今オリーブを傷付けちゃったんじゃないかって、反省してる」
「私……全然知らなくって、あの……」
「オリーブ、もし君さえ良ければ今のままでいてくれないかな? 王子と知らなかった時のまま接して欲しい。話し方も仕草も、どうか変わらないで」
「呼び方も?」
「呼び方も、叶うならユニヴァと呼んで欲しい」
悩む様に私を見たオリーブが、少し諦めたように「……それじゃ、これからもユニヴァって呼びますね。今までと変わらず店員とお客様ですからっ」と言った。
ん〜……そう言われると何か違う気がするのは何故だろう。
店員と客か。変わらないでと望んだのは確かに私だけど、他の客と一緒というのも考えものだな。
それにしても、思案するオリーブの顔って、なんかこう……胸をギュッと掴まれるんだよね。前から思ってたけど、こんな感情と表情が豊かな女性は、僕の周りには少ない。いつもどこか仮面を被って、揚げ足を取られないように感情を殺して微笑む女性ばかりだからかな。オリーブを見てると純粋に心から人生を楽しんでいるように見える。
「何か悩み? 僕でも力になれる?」
「……いや、そんな大したことじゃないんですけど……」
「今日はもうお店お終いでしょ? 夕食を一緒に食べながら聞けたら嬉しいんだけど」
「あっ、もうこんな時間だった! ここで食べていけますか? 良かったら作るので少し待っててもらえたら」
「――外食でも良いのに、律儀だなぁ」
オリーブの悩みか……何だろ、可愛い悩みだといいな。クスッと笑ってしまうような可愛いものが――
「えっ……オリーブ、今なんて……」
「く、くだらないって思われるかも…なんて、話すか悩んだんですけど……最近お客様にとても好意を伝えてくださる方がいて、どうして良いか分からなくて咄嗟に『お付き合いしてる人がいるんです』って言っちゃったんです。そしたら会わせないと納得できないって……」
不届きな客もいたもんだ……!
そりゃ花のように綻ぶオリーブを見たらそうなるのも時間の問題だろうけど。
「ネイブルさんかケイトさんにお願いしようかなって――」
「ダメだ!」
「……そ、そうですよね、迷惑ですよね……」
「違うよ、そういう話しなら、僕が協力させてもらう。いつも来る時間とか決まってるの?」
「ユ、ユニヴァが!? ダメですよっ、だってこんなお願いを王子様になんて恐れ多くて……」
「さっき約束しただろ? 今までと同じように接してほしいって、忘れちゃった?」
「忘れて……ないですけど、フリとは言え恋人だなんて」
「僕に頼めば、これ以上の身分の男はいないよ? 絶対叶わないって相手も思うだろうし、諦めさせたいならもってこいだと思うんだけどなぁ」
オリーブにとって頼れる男でありたいし、何より隣に並ぶ他の男なんて見たくもない。それが例えネイブルやケントでもだ。それに、もっとオリーブに頼ってほしいと心の底から願うのは、もうすでにオリーブが私の中で特別な存在であるから。
確かにこの立場で恋人のフリなど、城の者が聞いたら卒倒するかもしれないが、幸いにもここには私とオリーブしかいない。私にだって譲れないものがあるのだ。
「立場は一旦忘れて、まずはオリーブの困り事を解決しよう。別に僕は迷惑だなんて微塵にも思わないし、他の誰かに頼むのも気が乗らないから。ねっ、早めに対処した方が良いと思ったから相談したんでしょ?」
「……そこまで言ってもらえるなら。あの……ありがとうございます」
話しの最中は、何とも申し訳なさそうに目の前の食事を掬っては戻すを繰り返していたが、安堵したのか食事が進むようになって安心した。
どうやら例の男は、二日に一度、しかもオープンと同時に来るらしい。今朝は来なかったらしいから……明日の朝、早速不届者の顔が見れるかもしれない。
小さなため息を吐くオリーブとは裏腹に、付き合うフリと聞いて、こう見えて内心、結構……テンションが上がってる僕としては、そろそろ来るであろうシャープに何て言おうか思案中だ。
仮とはいえ、立場を利用して、頬を染めたオリーブを見てみたい欲も多少あったり……する。
「泊まっていこうかな」




