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オリーブと月  作者: HARUHANA


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4.初めての至福

 幼い頃から好奇心が強く、知りたいと思ったことは片っ端から調べ、やりたいと思ったことは誰の言うことも聞かず突っ走ってきた。そんな僕の側にはいつも兄さんがいてくれて、笑って付き合ってくれる優しい兄さんだった。


 突然倒れ、共に過ごす時間が減った僕の兄さんは、スイヴェル王国の第一王子……周りが焦るのは必然だった。


「ユニヴァ、ごめんね……」


 最後に聞いた兄さんの言葉。

 誰に聞いても何も教えてくれない。風邪なのか、病気になったのかすら。

 どうしても会いたくて、ある日の夜こっそりベランダから様子を覗こうと窓を開けバルコニーに出た。そこには、月に照らされた兄さんが涙を流しながら空を見上げていた。


「兄さん……?」


 僕に気付いて部屋に戻ろうとするのを、必死にバルコニーを飛び越えて腕を掴んだ。


「どうして僕から逃げるの? どうして僕に会ってくれないの――」

「ごめん……」


 僕を抱きしめながら涙を流して、消え入りそうな小さな声でこう言った。


「僕は、呪われた王子だから近づいちゃダメなんだ……いつか……きっと僕は死んでしまう」

 

 優しくて賢く、国を想う勤勉家で、いつも明るい太陽のような兄さんが……呪われた王子? そんなの僕には信じられなかった。きっと何かの間違いで、誰かが兄さんを貶めるために嘘を、そう思いたかったのかもしれない。でも現実はあまりにも残酷で、襟ぐりから覗く大きな痣を、月が照らした。これが呪われた王子の証だと、諦めたようにボタンを留めた。


「そんな……」

「度々こうして呪いが現れて、幸運の女神っていう特別な人じゃないと治せない、僕みたいな子供が生まれるんだって。だから僕は……」

「僕が兄さんを絶対に救うから! だから諦めないでよ! 一緒にこの国を良くするって約束したじゃないか」

「ユニヴァ……」

「僕がその幸運の女神を探してくる。それで兄さんを助けてもらって、それで……それで……だから僕を置いていかないで兄さん、うわぁぁーん」


 大粒の涙を流して叫ぶ僕を、同じく大粒の涙を流す兄さんが優しく抱きしめて背中を叩いてくれた。


 

 後から知ったんだけど、第一王子である兄さんが誕生した時、一人の預言者がこう言ったそうだ。


『ラルク・ルーン・スイヴェル王子が成人を迎える時、幸運の女神が現れるだろう』


 生まれた時には痣なんてなくて、誰も呪われた王子なんて思ってなかったけど……今思えばあの予言は、痣や呪いの出現を意味していたのかもしれない、と。

 幸運の女神はすごく稀な存在だ。歴代の呪われた王子達も皆、幸運の女神と出会い呪いが解かれ、その度に国がまた一つ繁栄の途を辿って今に繋がるという。

 呪いの痣は徐々に広がり、痣に飲み込まれるのが早いか女神が見つかる方が早いか……一刻の猶予もない状況には変わらない。

 

 今年成人を迎える兄さんに変わり、約束通り父や母を説得して各地を飛び回る生活をしている。成人の年に現れるなんて大雑把な予言だけど、必ず見つけるヒントが隠れているはずだと信じて、赤子や特殊な力を持つとされる異性に会ってきた。


 結局、有力な手がかりが掴めずにいたある日。

 ふと森の中から不思議な香りがすることに気付いた。遠目に見える青い屋根と、何かを覗き込みながら後ろ向きに歩いてくる女性に思い切って声を掛けようと近づいた。真剣な横顔に声を掛けるタイミングも逃した結果、肩を支える形での挨拶となってしまったというわけだ。


 *


 彼女の手に持つ黒い機械と、「コーヒー」と言う単語に興味を唆られ、無理強いしてる自覚もあったが、足を踏み入れた小さなカフェに衝撃を受けた。植物が多く澄んだ空気、天井から吊るされた小さな球体は大きさに似合わず部屋を明るくする光を放ち、置いてある小物も初めて見るものばかりで眠っていた好奇心に火がついた。

 小物を見ながら、彼女に目が入ってしまう……。襟付きシャツを袖捲りし、腰にエプロンを巻いたその姿はどこか儚く、最も簡単に消えてしまいそうな儚ささえある。


「可愛い……」

「え?」

「な、なんでもない」

 

 慌てて視線を湯気が立つ方へ向けた。

 この国には存在しない「コーヒー」というものが、まず飲み物だということに驚き、初見ではなかなかに恐ろしい色をしている。しかも、苦味があると言うから少々顔が引き攣ってしまった。薬も野菜も苦いのは苦手だ……。


 だけど、そんな僕に気付いた彼女は、甘いコーヒーもあると『カフェラテ』と名の付くブラウンとホワイトの優しいコントラストに変化したカップを差し出した。恐る恐る近付ける程に香りまで優しくなったその心地と、口に広がる独特な風合いがなんとも至福の味わい。


「……美味しい」


 がむしゃらに各地を巡る日々も、執務に追われる忙しなさも忘れ……見上げた天井も何もかもが心に染みる様だった。何よりこの空間が居心地良いのか、彼女の存在がそうさせているのか?

 だから思わず口から零れてしまったのかもしれない。


「ねぇ、君って幸運の女神なの?」


 何を聞かれたのか分かっていない様子の彼女に、失礼なことをしてしまった。でも、もし幸運の女神だとしてもだって隠してる可能性だってある……だから、ここは一旦引いて探ってみようとも思った。だってこんな不思議な物に溢れ、居心地の良い空間を作り出せるなんて、タダ者じゃないって思うから。


 幸運の女神じゃなかったとしても、またここに来たい。

 

 それに……出来れば、憧れの「常連さん」というものになってみたい。なんて思ったりしてる。

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