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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

ゴキブリと俺

作者: 福島和彦
掲載日:2025/11/25

 俺の名前は、四賀無(しがなし)太郎(たろう)


 この春から地元を離れ、都会のアパートで独り寂しく暮らしている一般男性だ。


 そんでもって、今日は待ちに待った休みの日。


 俺は朝7時に目を覚まし、その後10分掛けてゆっくりとベッドから出る。


 どれだけ名残惜しくても、決してそれ以上は時間を掛けない。


 多分、二度寝をしてしまうからな。


 これといった趣味を持っていない俺でも、朝の殆どをベッドで過ごすというのは、さすがに『勿体無い』という気持ちになる。


 さて、ベッドから出たら、早速朝食の準備だ。


 まずは、テーブルの上にある電気ケトルに水を入れ、レバーを下げる。


 次に食パン二枚をオーブントースターに並べ、レバーを三分まで捻り、トースト開始。


 続いて冷蔵庫から、昨日予め作っておいた朝食を取り出し、温め時間を1分に設定した電子レンジに入れ、スタートボタンを押す。


 後は機械に任せて、洗面所で洗顔だ。


 冷たい水が眠気を完全に打ち消して、とても気持ちが良い。


 顔を(ぬぐ)うのは、フワフワで手触りの良いタオル。


 これもとても気持ちが良い。


 さて、チーンという音が聞こえたので、キッチンに戻るとしよう。


 電子レンジから朝食を取り出し、テーブルに置いてラップを外す。


 今日の朝食は、スクランブルエッグとベーコン・・・おっと、サラダを忘れてた。


 卵とベーコンを箸でちょいと寄せて・・・空いた場所に千切りキャベツをドン。


 胡麻ドレッシングをたらりと掛けて、出来上がり。


 おっ、グツグツブクブク言っていた電気ケトルのレバーが上がったぞ。


 湯が沸いた合図だ。


 トースターも音をチーンと鳴らし、『こっちも焼けたぜ』と合図をしている。


 う~~~ん、こんがりときつね色に焼けた食パンが、俺の食欲を刺激するぜ。


 このままかぶりつきたい所だが、我慢我慢。


 皿に乗せて、一旦おかずの皿の横に置く。


 沸いた湯は、インスタントコーヒーの粉末が入ったマグカップへ。


 これで朝食の準備は完了。


 後は食べるだけだ。


 合掌。


 「いただきまー・・・」


 ん?


 何か今、茶色い物体が目の前に落ちて来たような・・・・・・気のせいか?


 「!?」


 いや、気のせいなんかじゃあない!!


 こっ・・・この見覚えのある茶色いフォルムはッ!!


 「ゴキブリッ!!」


 出・・・出やがった!!


 まだここに住み始めて間もないというのに、もう出て来やがった!!


 いや、それよりもこいつ・・・俺のスクランブルエッグをクッション代わりにッ!!


 ゲ・・・ゲェ―ッ!!それだけじゃあ飽き足らず、ベーコンを抱き枕みてぇーにッ!!


 「この野郎ォ・・・よくも朝食のメインディッシュをッ!!」


 俺は気が付くと、その辺に置いていた昨日の新聞紙を筒状に丸め、戦闘体勢に入っていた。


 せっかくの優雅な時間と朝飯を台無しにされたんだ・・・生かしておく訳にゃあいかん。


 喰らえッ!!


 「何ィッ!?」


 この野郎、俺の渾身の一撃を避けやがった!!


 「むっ!?」


 何だ・・・?


 俺の攻撃が届かない隙間に逃げる訳でもなく、別の部屋に逃げる訳でもない・・・テーブルの上をグルグル走り回っているぞ。


 煽ってんのか?俺を・・・


 「や・・・野郎ォ・・・」


 俺は奴にガンくれながら、そっとテーブルの上にある物全てを椅子の上に移動させる。


 叩き辛いからな。


 そして、両手で新聞紙を握り、深呼吸。


 「すぅ~~~・・・・・・はぁ~~~・・・・・・」


 (さいわ)い、奴の動きは規則的。


 タイミングさえ合えば、奴を殺せる。


 落ち着け・・・落ち着くんだ・・・・・・


 「・・・・・・今だァッ!!」


 喰らえッ!!俺のフルパワースイングをッ!!


 そのドブの水よりも(きたね)ぇ体液をブチ撒けながら、くたばりやがれぇぇぇーーーーーッ!!


 「なっ・・・何ィッ!?」


 また避けやがった!!


 タイミングはバッチリだったのに・・・今度こそ殺れたと思ったのにッ!!


 寸前のとこでスピードを上げやがった!!


 ちっっっくしょう!!


 「・・・ハッ!!」


 おっと、悔しがっている場合じゃあない。


 奴を追わねば・・・!!


 「あっ!!」


 俺が再び奴の姿を見つけた時、奴は冷蔵庫の隙間に入っていく所だった。


 こうなってしまっては、もうどうする事も出来ない。


 『敗北』・・・!!


 『負け犬』・・・!!


 『You lose』・・・!!


 それ等の言葉が、俺の脳裏を(よぎ)った。


 「くそォ・・・・・・」


 力が抜け、その場に崩れる。


 結局その後、ゴキブリに荒らされなかった食パン二枚とコーヒーだけで朝食を済まし、ゴキブリに蹂躙されたおかず達はゴミ箱にブチ込んだ。


 嗚呼・・・勿体ねえ・・・


 再加熱すればワンチャンいけたか・・・?


 いや、これで良い!!


 もしもの事を考えると、食べないのが吉!!


 「・・・時間になったら、行ってみるか。近所のドラッグストアに。」


 そんな訳で俺は、色々な『対ゴキブリ用』の商品を買って来た。


 ゴキブリに直接噴射するスプレー、毒餌入りのキャップ、粘着シートで捕まえるヤツ・・・それぞれ一箱ずつ。


 痛い出費だが、背に腹は代えられない。


 俺は帰宅後すぐ、キャップと粘着シートを奴が通りそうな場所に仕掛けた。


 好き勝手出来るのも今日限りだ、害虫。




 それから一週間後の休日。


 ゴキブリは・・・・・・普通に現れた。


 しかも、また俺が朝食を食べようとした直後に、同じ登場の仕方で。


 先週と違うとこは、犠牲になったのがポテトサラダとウィンナーという事くらい。


 おまけにテーブルの上をウロチョロしやがるもんだから、せっかく買った『対ゴキブリ用スプレー』も噴けやしねえ。


 食べ物に、スプレーの薬品が付着してしまうからな。


 さすがにそんな物を口の中に入れる訳にはいかん。


 にしても一体何なんだ、こいつは・・・


 新手の虐めか何かか?


 こっちは、平日朝から晩まで仕事して、クタクタなんだ。


 休日の朝くらい、ゆっくりさせてくれ。


 頼むから!!


 「はあ・・・今日も俺の『負け』か・・・」


 そんな事を呟きながら、朝食を片付けた。




 しかし、次の休日、そのまた次の休日も、ゴキブリは襲撃して来た。


 勿論、俺が朝食を開始した直後、おかずの上に落ちて来る形で。


 わざわざ、時間と皿の位置をいつもより少しズラしていたのに、だ。


 俺は、何の役にも立たない『対ゴキブリ用』の商品に対し、思わず不満を漏らす。


 「何が『設置した日からゴキブリがいなくなる』だ・・・・・・堂々と誇大広告ブチかましやがって・・・!!二度と買うか・・・!!この会社の商品・・・!!」


 言うまでも無く、オチは『俺の敗北』。


 おかず蹂躙エンド。


 いい加減にしろよ、お前・・・俺に何の恨みがあって、休日の朝食を邪魔すんだよ。


 こうなりゃあ徹底的にやってやる・・・・・・ネットに書かれてある『ゴキブリ対策』を全て実行してやるッ!!


 そう決意した俺は、すぐに自分の携帯端末を取り出し、(せわ)しなく指を動かした。


 「あの野郎、今に見てろよ・・・」


 こうして俺は、部屋からゴキブリを追い出す為、ネットに書かれていた事を片っ端から実践した。


 水回りの掃除に段ボールの廃棄、ハッカ油を使った自作の虫除けの設置、ゴキブリが好きな食べ物(玉ねぎとか)は置きっぱなしにしない等々・・・そりゃあもう、沢山。


 その甲斐あってか、ある日パッタリと、ゴキブリの襲撃が無くなった。


 あれだけ執拗に休日の朝食を台無しにしていた奴が、だ。


 住み辛くなって出て行ったのか、将又最初に設置したキャップとかの毒餌を喰ってくたばったのか・・・どちらにせよ、俺の努力は報われたという訳か。


 へへっ、ざまあみろ不快害虫め。


 俺は勝ち誇った顔で、朝食のおかずをじっくり味わった。


 『勝利の味』とは、こういうのを言うんだろうなぁ~。













 あれから半年が経った。


 ゴキブリの襲撃は、依然として無い。


 俺、あれから分かってしまったんだ。


 お前と戦うのが、実は楽しかったって事を。


 お前がいてくれたからこそ、寂しくない日々を、充実した休日を送られていたという事を。


 『お前の襲撃』というイベントが、モノクロな俺の生活に、(いろどり)を添えていたという事を。


 気付くのが遅過ぎたけどよ・・・


 虫除けも、毒餌も、粘着シートも処分した。


 水回りの掃除も、最近サボっている。


 昨日買った玉ねぎなんか、その辺に置きっぱなしだ。


 だから、早く戻って来てくれ。


 また喧嘩しよう。






 ・・・この地で初めて出来た『友』よ。

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