ゴキブリと俺
俺の名前は、四賀無太郎。
この春から地元を離れ、都会のアパートで独り寂しく暮らしている一般男性だ。
そんでもって、今日は待ちに待った休みの日。
俺は朝7時に目を覚まし、その後10分掛けてゆっくりとベッドから出る。
どれだけ名残惜しくても、決してそれ以上は時間を掛けない。
多分、二度寝をしてしまうからな。
これといった趣味を持っていない俺でも、朝の殆どをベッドで過ごすというのは、さすがに『勿体無い』という気持ちになる。
さて、ベッドから出たら、早速朝食の準備だ。
まずは、テーブルの上にある電気ケトルに水を入れ、レバーを下げる。
次に食パン二枚をオーブントースターに並べ、レバーを三分まで捻り、トースト開始。
続いて冷蔵庫から、昨日予め作っておいた朝食を取り出し、温め時間を1分に設定した電子レンジに入れ、スタートボタンを押す。
後は機械に任せて、洗面所で洗顔だ。
冷たい水が眠気を完全に打ち消して、とても気持ちが良い。
顔を拭うのは、フワフワで手触りの良いタオル。
これもとても気持ちが良い。
さて、チーンという音が聞こえたので、キッチンに戻るとしよう。
電子レンジから朝食を取り出し、テーブルに置いてラップを外す。
今日の朝食は、スクランブルエッグとベーコン・・・おっと、サラダを忘れてた。
卵とベーコンを箸でちょいと寄せて・・・空いた場所に千切りキャベツをドン。
胡麻ドレッシングをたらりと掛けて、出来上がり。
おっ、グツグツブクブク言っていた電気ケトルのレバーが上がったぞ。
湯が沸いた合図だ。
トースターも音をチーンと鳴らし、『こっちも焼けたぜ』と合図をしている。
う~~~ん、こんがりときつね色に焼けた食パンが、俺の食欲を刺激するぜ。
このままかぶりつきたい所だが、我慢我慢。
皿に乗せて、一旦おかずの皿の横に置く。
沸いた湯は、インスタントコーヒーの粉末が入ったマグカップへ。
これで朝食の準備は完了。
後は食べるだけだ。
合掌。
「いただきまー・・・」
ん?
何か今、茶色い物体が目の前に落ちて来たような・・・・・・気のせいか?
「!?」
いや、気のせいなんかじゃあない!!
こっ・・・この見覚えのある茶色いフォルムはッ!!
「ゴキブリッ!!」
出・・・出やがった!!
まだここに住み始めて間もないというのに、もう出て来やがった!!
いや、それよりもこいつ・・・俺のスクランブルエッグをクッション代わりにッ!!
ゲ・・・ゲェ―ッ!!それだけじゃあ飽き足らず、ベーコンを抱き枕みてぇーにッ!!
「この野郎ォ・・・よくも朝食のメインディッシュをッ!!」
俺は気が付くと、その辺に置いていた昨日の新聞紙を筒状に丸め、戦闘体勢に入っていた。
せっかくの優雅な時間と朝飯を台無しにされたんだ・・・生かしておく訳にゃあいかん。
喰らえッ!!
「何ィッ!?」
この野郎、俺の渾身の一撃を避けやがった!!
「むっ!?」
何だ・・・?
俺の攻撃が届かない隙間に逃げる訳でもなく、別の部屋に逃げる訳でもない・・・テーブルの上をグルグル走り回っているぞ。
煽ってんのか?俺を・・・
「や・・・野郎ォ・・・」
俺は奴にガンくれながら、そっとテーブルの上にある物全てを椅子の上に移動させる。
叩き辛いからな。
そして、両手で新聞紙を握り、深呼吸。
「すぅ~~~・・・・・・はぁ~~~・・・・・・」
幸い、奴の動きは規則的。
タイミングさえ合えば、奴を殺せる。
落ち着け・・・落ち着くんだ・・・・・・
「・・・・・・今だァッ!!」
喰らえッ!!俺のフルパワースイングをッ!!
そのドブの水よりも汚ぇ体液をブチ撒けながら、くたばりやがれぇぇぇーーーーーッ!!
「なっ・・・何ィッ!?」
また避けやがった!!
タイミングはバッチリだったのに・・・今度こそ殺れたと思ったのにッ!!
寸前のとこでスピードを上げやがった!!
ちっっっくしょう!!
「・・・ハッ!!」
おっと、悔しがっている場合じゃあない。
奴を追わねば・・・!!
「あっ!!」
俺が再び奴の姿を見つけた時、奴は冷蔵庫の隙間に入っていく所だった。
こうなってしまっては、もうどうする事も出来ない。
『敗北』・・・!!
『負け犬』・・・!!
『You lose』・・・!!
それ等の言葉が、俺の脳裏を過った。
「くそォ・・・・・・」
力が抜け、その場に崩れる。
結局その後、ゴキブリに荒らされなかった食パン二枚とコーヒーだけで朝食を済まし、ゴキブリに蹂躙されたおかず達はゴミ箱にブチ込んだ。
嗚呼・・・勿体ねえ・・・
再加熱すればワンチャンいけたか・・・?
いや、これで良い!!
もしもの事を考えると、食べないのが吉!!
「・・・時間になったら、行ってみるか。近所のドラッグストアに。」
そんな訳で俺は、色々な『対ゴキブリ用』の商品を買って来た。
ゴキブリに直接噴射するスプレー、毒餌入りのキャップ、粘着シートで捕まえるヤツ・・・それぞれ一箱ずつ。
痛い出費だが、背に腹は代えられない。
俺は帰宅後すぐ、キャップと粘着シートを奴が通りそうな場所に仕掛けた。
好き勝手出来るのも今日限りだ、害虫。
それから一週間後の休日。
ゴキブリは・・・・・・普通に現れた。
しかも、また俺が朝食を食べようとした直後に、同じ登場の仕方で。
先週と違うとこは、犠牲になったのがポテトサラダとウィンナーという事くらい。
おまけにテーブルの上をウロチョロしやがるもんだから、せっかく買った『対ゴキブリ用スプレー』も噴けやしねえ。
食べ物に、スプレーの薬品が付着してしまうからな。
さすがにそんな物を口の中に入れる訳にはいかん。
にしても一体何なんだ、こいつは・・・
新手の虐めか何かか?
こっちは、平日朝から晩まで仕事して、クタクタなんだ。
休日の朝くらい、ゆっくりさせてくれ。
頼むから!!
「はあ・・・今日も俺の『負け』か・・・」
そんな事を呟きながら、朝食を片付けた。
しかし、次の休日、そのまた次の休日も、ゴキブリは襲撃して来た。
勿論、俺が朝食を開始した直後、おかずの上に落ちて来る形で。
わざわざ、時間と皿の位置をいつもより少しズラしていたのに、だ。
俺は、何の役にも立たない『対ゴキブリ用』の商品に対し、思わず不満を漏らす。
「何が『設置した日からゴキブリがいなくなる』だ・・・・・・堂々と誇大広告ブチかましやがって・・・!!二度と買うか・・・!!この会社の商品・・・!!」
言うまでも無く、オチは『俺の敗北』。
おかず蹂躙エンド。
いい加減にしろよ、お前・・・俺に何の恨みがあって、休日の朝食を邪魔すんだよ。
こうなりゃあ徹底的にやってやる・・・・・・ネットに書かれてある『ゴキブリ対策』を全て実行してやるッ!!
そう決意した俺は、すぐに自分の携帯端末を取り出し、忙しなく指を動かした。
「あの野郎、今に見てろよ・・・」
こうして俺は、部屋からゴキブリを追い出す為、ネットに書かれていた事を片っ端から実践した。
水回りの掃除に段ボールの廃棄、ハッカ油を使った自作の虫除けの設置、ゴキブリが好きな食べ物(玉ねぎとか)は置きっぱなしにしない等々・・・そりゃあもう、沢山。
その甲斐あってか、ある日パッタリと、ゴキブリの襲撃が無くなった。
あれだけ執拗に休日の朝食を台無しにしていた奴が、だ。
住み辛くなって出て行ったのか、将又最初に設置したキャップとかの毒餌を喰ってくたばったのか・・・どちらにせよ、俺の努力は報われたという訳か。
へへっ、ざまあみろ不快害虫め。
俺は勝ち誇った顔で、朝食のおかずをじっくり味わった。
『勝利の味』とは、こういうのを言うんだろうなぁ~。
あれから半年が経った。
ゴキブリの襲撃は、依然として無い。
俺、あれから分かってしまったんだ。
お前と戦うのが、実は楽しかったって事を。
お前がいてくれたからこそ、寂しくない日々を、充実した休日を送られていたという事を。
『お前の襲撃』というイベントが、モノクロな俺の生活に、彩を添えていたという事を。
気付くのが遅過ぎたけどよ・・・
虫除けも、毒餌も、粘着シートも処分した。
水回りの掃除も、最近サボっている。
昨日買った玉ねぎなんか、その辺に置きっぱなしだ。
だから、早く戻って来てくれ。
また喧嘩しよう。
・・・この地で初めて出来た『友』よ。




