8.村での楽しい時間
村に到着した3人は、小さな食事処へと足を運んだ。
「あら、いらっしゃい。フィーちゃん、カズくん」
扉を開けると、木を基調とした店内からは美味しそうな匂いが漂ってくる。村の人たちの声に、皿やコップがぶつかる音がそこら中から聞こえて、このお店が賑わっていることはすぐにわかった。
「おばちゃんやっほー!」
「フィーちゃん、相変わらず元気ね。あそこの、席空いてるから」
フィーの声に、調理場から陽気なおばちゃんが飛んでくる。席に案内され3人は腰を下ろした。
「ここの魚料理ほんと最高だから、楽しみにしててね」
「う、うん。楽しみ」
なつきの引き攣った笑顔に、カズは疑問を持ったようで眉を顰めている。
「さっき、村に入る前。何を考えていた?」
「えっ……。あぁ……えっとなんとなーく、この世界にやってきた理由がわかったような気がしただけ」
なつきが尻すぼみに答えると、フィーが興味津々に目を輝かせ身を乗り出した。
「そうなの? 教えて教えて!」
「いや、説明してもよくわかんないと思うし大丈夫……」
「えー……」
フィーはつまらなそうにまた椅子に座り直した。
「ま、全部が全部言えるほどの関係でもないしな」
「そっかぁ……」
「いや、そういうわけじゃないから本当に」
なつきは慌てて強く否定した。フィーとカズはこの異世界で会った信頼できると思っている相手。その2人に嫌われてしまったらなつきは行く宛なんてない。
「冗談冗談。無理に聞いたりしない」
「それくらいでなつきのこと嫌いになったりしないよ。なつきったら驚きすぎ」
「は、はぁ……」
なつきは胸を撫で下ろした。
「あれ、あんたは見ない子だけど」
水を運んできたおばちゃんが、見慣れないなつきに尋ねる。
異世界から来たなんて言ってしまったら不審がられるかもしれない。
「えっと……」
「こいつは、畑仕事に興味があるって言うんで街から連れてきたんだ」
なつきが返答に困っていると、カズが助け船を出した。カズが目配せをして、話を合わせるように合図を出す。
「はい、なつきと言います。本で読んでから畑仕事に興味があって」
「ふーんそうなのかい。それなら、この2人は適任だよ。この辺りじゃ一番いい作物を作るからね」
そう言うと、おばちゃんはそそくさ忙しそうにまた調理場の方へと戻っていった。
「ふぅ……」
「なかなかのアドリブだったぞ」
「一応、演じるのは本業なところもあるし。でもカズのおかげ」
にっと笑うカズはどこか得意げ。アドリブのサポートと、作物を褒められて機嫌がよかったのだ。
「実はね、ここで使ってる野菜もお兄ちゃんが育てた野菜を使ってたりするんだよ」
「へぇー……。2人の野菜は美味しかったもんね」
「まぁな」
そんな話をしているうちに、料理が運ばれてきた。
「はいよ、魚定食3人前ね」
「うわー……」
運ばれてきた料理になつきは目を輝かせる。こんがりと焼けた魚に、漬物、ご飯と長年親しんできた日本の朝食のような組み合わせ。
「いっただきまーす」
「いただきます」
フィーとカズがしっかりと手を合わせて挨拶をするので、なつきも慌てて手を合わせて挨拶をし、食べ始める。魚は塩味のシンプルなものだったが、香ばしさとふっくらとした身を噛み締めるたびに舌は喜ぶ。
「美味しい〜」
「でしょでしょ?」
フィーはなつきが喜んでいるのを嬉しそうに見ながら自分もまた、箸を止めずにパクパクと口へと運んでいく。
「この、漬物も美味しい」
「そりゃあ、うちの野菜を使ってるからな」
「やっぱり! ほんと美味しい。こんなに美味しい漬物食べたことないかも」
カズは腕を組んで鼻を鳴らす。野菜を褒められるのが一番嬉しいようだ。
「美味しい、本当に美味しい」
「ふふっ、来てよかったでしょ」
「うん!」
なつきは止まらない手でどんどんと定食を食べ進める。異世界でこんなにも馴染み深いメニューを食べられることはなつきにとって嬉しい誤算だった。
「いい食べっぷりだね」
「はい、とっても美味しいです」
「おぉ、そんな風に言われると私も嬉しいよ。はい、これおまけね」
野菜のお浸しの小鉢を一つなつきの前に置いた。
「わー、ありがとうございます」
「えーなつきだけずるい」
フィーがわかりやすく頬を膨らませる。
「しょうがない子だね。ほらほら」
そういうとフィーとカズの前にも小鉢を二つ置いてくれた。フィーは万歳する勢いで腕を上げて喜んだ。
「やったー!」
「ありがとう、おばちゃん」
カズは静かに感謝をした。
「なんのなんの。これからも美味しい野菜を頼むよ」
「はい」
フィーは次々と、口に運ぶ手が止まらない。もちろんなつきも。2人の様子をおばちゃんは優しく見守っていた。
「また絶対きますね」
「それは、嬉しいけど……」
さっきまでシャカリキな笑顔だったはずのおばちゃんの顔が一瞬にして困った顔になった。
「実は、しばらく休みにしようと思うんだ」
「えっ。なんでなんで?」
フィーも驚き、食い気味におばちゃんに尋ねる。
「もしかして、体調が悪いとか?」
「いや、体は元気も元気なんだけどね」
「だったら……」
「実はね、魚が最近取れないんだよ」
おばちゃんは、悩みを吐き出すように答えた。予想外の返答に3人は顔を合わせた。
「魚が?」
「そ。村の男たちが気になって川上の方に見に行ったら、洞窟にゴブリン達が住み着いてたんだと。あいつらが多分魚を根こそぎとってるんだろうさ」
おばちゃんの声のため息には、無力感と一緒に怒りも含まれていた。
「ひどい」
「ゴブリンの群れなんかどうしようもないから村の男たちも尻尾巻いて帰ってきたんだよ。あんなの、騎士団でもいなきゃどうしようもないよ」
そこまで言うと、おばちゃんはお客さんに呼ばれてすぐにそっちへと向かった。
「こんな美味しい料理が食べられなくなるなんて……」
「ほんと、ゴブリンって最低だよ」
フィーは半分身の残った魚を見つめながら、怒りが沸々と湧き上がってきた。
「その、王国の騎士団とかにはお願いできないの?」
「王国の周りも魔物が多い。そっちの対処で手一杯のはずだから、こんな田舎の方まで来てくれないだろう」
「そんな……」
なつきもせっかく見つけた料理が食べられなくなるかもしれないことが残念でならなかった。それに、何よりも困っているのを助けたかった。
「おばちゃん、大丈夫かな」
ー「目の前を困っている人間を、見捨てるなんて騎士
の風上にも置けない」
なつきは、キョウカの台詞を思い出していた。外れの村に視察に行った時に、村人達が魔物たちに襲われ苦しんでいると知った時のセリフだ。キョウカの信念の強さや騎士としての誇りを表現した、序盤の名場面にも選ばれるシーンだ。
「キョウカなら、きっと助けるよね」
なつきは静かにそう呟き一つの決意をするのだった。




