3.シチュー
「おはようございます」
なつきはスタッフや共演者に丁寧に挨拶をして、マイクの前に立つ。今日は、『リアル・ソード』3期の初回収録の日。なつきはこの日を楽しみにしていた。
「今日からまた、キョウカを演じられる」
希望に胸を膨らませて、台本をグッと握りしめる。
モニターにはまだ声が吹き込まれていない、キョウカや他のキャラクター達が動いている。
「なつきさん、次のシーンから」
「はい!」
なつきは、スタッフに呼ばれてブース入り。気持ちを込めて、キョウカへと声を吹き込むのだった。
ーーーーー
「んん……」
ゆっくりと目を開け、自分が眠っていたのだということを悟る。さっきまでゴブリンと戦っていたことが全て夢だった、なんてアニメの世界を見過ぎた職業病的なものだったらどれだけよかっただろう。
「どこだろう、ここ?」
見覚えのない天井に、木の匂い、パチパチと音を立てる火の音。なつきはゆっくりと起き上がり辺りを見回す。山小屋のような場所で、棚やテーブルが置かれてる。壁には斧や弓が飾られていて、奥には薪がたくさん積まれている。
ここは、どう考えても自分の部屋ではない。
さっきまで見ていた日常が夢で、目の前に広がっている非日常が夢が現実になってしまっているのだと理解した。
「あーやっと起きたんだ!」
木のドアが開く音と共に元気な少女の声が飛び込んでくる。歳は16.7くらいで、薄い水色の髪をサイドに束ねるその少女は、外にいる誰かに向かって手招きをした。
「お兄ちゃーん。あの人目覚ましたみたいだよ」
「本当か?」
少女の声に促されて、少年がやってきた。短い髪に、作業をしていたようで頬には土がついている。
「ぶっ倒れてたけど、大丈夫か? 」
「え、はい……。あの……ここは」
戸惑うなつきに少女が近づいてきて、笑顔を見せる。
「ここは私たちのお家だよ。森で倒れてたから運んできたんだよ」
「ま、感謝して欲しいな」
腕を組みながら少年は、得意気な顔をしている。なつきはその声にどこか聞き覚えがあった。
ー「何やってるんだ、早く逃げろ!」
森の中でゴブリンに囲まれて、動けなかった時に聞こえた声と同じだった。
「あの時、声をかけてくれた人ですか?」
なつきは思い出して、驚いた顔で少年の顔を見つめる。
「そ。驚いたぜ、ゴブリンの集団を見つけて会わないように避けようとしたら、前に人がいるんだからな」
肩をすくめながら茶化すように少年は言う。
「あの時は、ありがとうございました。あなたの声が聞こえなかったら、私」
なつきは急いで立ち上がり、頭を下げた。あの声がなければなつきは動けずに、ゴブリン達にやられてしまっていたかもしれない。
「いいって、いいって」
「何調子に乗ってんだか、お兄ちゃんはほとんどなんもしてないじゃん。ねぇねぇ、それよりそれより!」
少女はなつきにぐっと顔を近づける。なつきはあまりの至近距離に眉を顰める。
「さっきのあのゴブリン倒したやつ、何? しゅっしゅって、剣で戦ってかっこよかった!しかも見た目も変わってなかった?」
「えーっと、あれは……」
興味津々に矢継ぎ早に聞いてくる少女になつきは圧倒されて答えに困っていた。そもそもあの力自体、自分でもなんなのかははっきりとはわかっていない。
「こら、フィー。いきなりそんな風にしたら迷惑だろ?」
「あ、そっかそっか。ごめんなさい」
フィーと呼ばれた少女は苦笑いしながら、なつきから離れる。好奇心旺盛だが、悪い人ではなさそうだとなつきは思った。
「っていうか自己紹介もまだだったね、私はフィーっていうのよろしくね」
「俺は、カズ。よろしくな。フィーは俺の妹で、二人で野菜や果物を育てて売ってるんだ」
二人はくしゃりとした笑顔になつきはどこかほっとした。
「えっと、私は戸崎なつきです。よろしくお願いします」
「なつきさんっていうんだね。ねぇ、あんなところで何してたの?」
「それは……」
その時、なつきのお腹の虫が大きな音で鳴き出した。つきは顔を真っ赤にしてお腹を抑える。仕事終わりで腹ペコだったのを安心してようやく思い出した。
「ははっ。話は飯を食べながらでもいいんじゃないか、フィー?」
カズは声を出して笑いながら、パチパチと音を立てている大きな鍋の方へ。
「そうだね。なつきさん、一緒に食べよう」
フィーがなつきを引っ張り、椅子に座らせる。
「はい、うちの畑で取れた新鮮な野菜たっぷりのシチューだ。遠慮せず食べな」
テーブルの上に置かれたのは、ブロッコリーやにんじんがたっぷり入ったシチュー。漂う香りがなつきの食欲をさらに刺激して、唾をごくりと飲み込んだ。
「い、いただきます」
なつきはそういうとスプーンで一口口へと運ぶ。口の中に広がるミルクと野菜の味が、心と空っぽのお腹に染みる。遠慮を忘れて、スプーンが止まらない。
「美味しい……」
「でしょでしょ? たくさんあるから遠慮せずにおかわりして」
気がつくと空っぽになっていたお皿を見て、フィーが嬉しそうにおかわりを勧める。
「えっと……じゃあ、もらってもいいですか?」
フィーとカズは顔を合わせて笑い頷きあった。
「もちろん、ガンガン食べな」
カズはなつきのお皿にシチューを追加する。
まだ何もわからない不安な世界で、シチューと二人の優しさはなつきの心を温めたのだった。




