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1.異世界……?

荒々しく羽ばたく鳥の羽音。頬に触れるのは土と砂の混ざった、ざらついた感触。


「ここは……?」


意識を取り戻したなつきは、ゆっくりと体を起こして辺りを見回す。そこは、見覚えのない森の中。


「どこ、ここ?私、確かタクシーに乗ってて」


少しずつ、ここに来るまでのことを思い出す。仕事帰りに乗ったタクシーが変な光の渦を目指して走り出して、凄まじい光に包まれたところで記憶は止まっている。


「山に捨てられたとか?いや、そんな感じじゃないよね」


なつきは、服についた汚れを払いながら立ち上がる。明らかに日本の山の中という感じはしない。だとしたらここはどこなのか、なつきは尚更困惑した。スマホを開いてみても、何も表示されない。


「まさか、アニメでよくある異世界転生とか……」


冗談めかして言ったが、強ちありえないことではないと心の中で思ってしまうほど今の状況の理解が追いつかない。


「ま、そんなこと現実であるはずないし。何言ってんだろ私」


そんな馬鹿げた妄想を振り払うように、とりあえずこのどこかもわからない森の中を歩き始めるのだった。



ーーーーー

数十分ほど歩いても、歩いても景色は森の緑一色。なつきはうんざりして切り株に腰掛けた。


「もう、ほんとなんなの?ここ」


ため息をつき鞄から、タンブラーを取り出して、お茶を飲み、喉を潤す。軽く振ってみるともうかなり残量はない。お昼に足したとはいえ、仕事帰りということもありもうほとんどを飲み干していた。


「ってかこれなくなったら私終わりじゃ……」


出口の見えない、というか場所もわからない森の中で水を失えば命が果てる方が先かもしれない。現実的な危機が迫っていることをなつきは理解した。


「はぁ、こんなことなら楽屋のお茶とか持って帰ってくればよかった。ってかお腹も空いたし」


なつきは、ライフラインが尽きる前に出口を探し始めようと立ち上がった。

その時、何かがこちらに近づいてくる音を感じて振り返る。


「もしかして、人?」


なつきのそんな小さな希望はすぐに打ち砕かれる。そこにいたのは、ナタを荒く削られたナタを持ったアニメの世界でよく見るゴブリンだった。


「えっ、どういうこと何これ……?」


なつきはさっと血の気が引いた。ゴブリンなんてゲームやアニメの世界では簡単にやられることの多い存在。だが、それは戦うことのできる武器やスキルがあった場合の話。今のなつきには戦う手段などあるはずもなかった。


「ぶぎゃーー」


ゴブリンはがなるような声で叫ぶ。すると仲間のゴブリンがさらに2体も現れた。ジリジリと立ちすくむなつきへと近づいてくる。


「あ……あぁ……」


なつきは、目の前のゴブリンに死を直感した。少しずつ後退りすることはできるが、体が上手く怖くて動かない。


「何してんだ、早く逃げろ!」


どこからともなく聞こえた男の声で、なつきはハッと我にかえり、鞄を持ち急いで走って逃げ出した。

ゴブリン達は、その後ろを追いかける。


「はぁ、はぁ」


舗装されていない道を走り、息も切れどんどんと足は重くなる。だが、振り返るとまだゴブリン達は追ってきていて、足を止める=死を意味する。躓きそうになっても、鞄の中の何かが落ちても気にせずにただひたすらに逃げ続けた。


「えっ……」


なつきが逃げた先は、無情にも行き止まり。高い岩肌を登る術などない。振り返ると、いつのまにか3体が合流して、5体に増えたゴブリン達。


「ぶぎゃぁぁー」


なつきは、逃げ場を失い、崖に背中をつけてただ恐怖に染まった双眸でゴブリンを見ることしかできない。


「嘘でしょ、なんなのこれ。私、死んじゃうの?意味わかんない。嫌だ……嫌だ」


なつきの悲鳴にも似た叫びを気にすることもなく、薄ら笑いを浮かべながらゴブリンは距離を詰めてくる。


「夢でしょ、こんなの。絶対夢……夢に決まってる。覚めてよ、早く覚めてよ」


ぐしゃぐしゃに顔を歪め、後ろに回した手で崖の岩肌を強く握る。手に感じる痛みが紛れもない現実だということを残酷に教えてくれた。


「もう……ダメだ。私、本当に……」


現実へ抵抗する気力も失せ、なつきは膝から崩れ落ちた。死へのカウントダウンのように一歩一歩ゴブリンは近づいてくる。



頭の中に走馬灯のように人生が駆け巡る。小さい頃に見たアニメがきっかけで飛び込んだ声優の世界。声で演じるという難しさ、楽しさ。少しずつだけどわかっていった。そんな時に、オーディションで勝ち取った『リアル・ソード』のヒロイン、キョウカの役。物腰は柔らかいが、決してブレない騎士。話題の作品ということもあり嬉しい反面、プレッシャーも大きかった。それでも懸命に向き合い懸命に演じて、アニメのヒットと共に、一気に戸崎なつきの名を広め、人気声優になるきっかけとなった。


「大切で、大好きな作品。また演じられるって、ずっと楽しみにしてたのに」


なつきの頬を涙が伝う。大切な作品にまた携われる、ほんの数時間前まではその喜びでいっぱいだったはず。


「なんで、なんで……」


なつきは全てを諦めて、ゆっくりと目を閉じた。


その時、頭の中のキョウカが呼びかけている気がした


"「諦めないで」"


そう言われているような気がした。

その言葉に励まされるように、なつきはもう一度立ち上がり、ゴブリンを睨みつける。


「そうだ、キョウカならきっと諦めない。最後まできっと抗う。こんなところで、死んでたまるか」


戦う方法も、逃げる方法も何も浮かんではいない。ただ、何もせずにここで終わってしまうことが嫌だった。


なつきは大きく深呼吸をし、声色を変えてキョウカになりきり台詞を言い放った。


「私は負けない、どんなに相手が強かろうと。騎士の誇りにかけて!」


ただ自分を奮い立たせるためだけのつもりだった。だが、結果として再びキョウカがなつきの運命を大きく動かした。


「な、なに?」


キョウカを演じたまま、なつきは光に包まれ目を閉じる。不思議となんだか力が湧いてくるようだった。


光が消えてゆっくりと目を開けると、いつの間にか白銀の鎧に身に纏い、腰にはレイピアが携えられている。抜いてみると、見覚えのある柄の紋様。何度も見てきた、キョウカの愛用していたものだった。


「こ、これって」


鞄の中からコンパクトを取り出して顔を確認する。そこには信じられないことに、キョウカの顔が映っていたのだった。

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