やせっぽちのハト(童話)
小学2年生のはるちゃんの朝は、家の外の郵便受けに新聞を取りに行くことから始まります。この日も眠い目をこすりながらドアを開け、郵便受けに手を伸ばします。すると、黒くて細いハトが家の前の道にうずくまっているのが目に入りました。はるちゃんは新聞を片手に、慌てて家の中に飛び込みます。台所で朝食の用意をしているおかあさんのもとに駆け寄ると、息を切らせながら「ねぇねぇおかあさん、やせっぽちのハトがうちの前にいるよ!」。おかあさんはネギを切っていた手を止め、はるちゃんといっしょに玄関まで急いで行き、ドアを開けました。ハトはじっと動かずにいます。おかあさんは少し考えながらはるちゃんに言います。「きっとおなかがすいて、動けないのよ。ちょっと待ってて」と言うと、台所に戻り、食パンの切れ端を持ってきました。「はるちゃん、これをあのハトの口元にそっと置いてあげて」と食パンの切れ端を手渡します。それを受け取ると、はるちゃんは言われたとおりそっとハトの口元に置きました。ハトはゆっくり立ち上がり、パンに近寄り、頭を左右に傾け、パンに顔を近づけます。しばらくして、それをくわえ、飛び立ちました。と言っても、空高く羽ばたくわけではなく、低いままどこかへ飛んで行きました。その様子を見て、はるちゃんとおかあさんはひと安心です。
次の日の朝、いつものようにはるちゃんは新聞を取りに行きます。すると、きのうと同じハトが玄関の外にいました。ただ、けさはきのうと違って、ちゃんと立っています。はるちゃんは台所のお母さんのところへ行き、「おかあさん、きのうのハトがまたいるよ。パンをあげてもいい?」と尋ねます。「いいけど・・・」とおかあさんは何か言いたそうですが、黙って食パンの切れ端をはるちゃんに手渡します。はるちゃんはうれしそうに受け取ると、走って外に出て、きのうと同じようにハトの口元にパンを置いてやります。きのうと違って、ハトはサッとパンをくわえ、きのうより少し高く飛び立ちました。その様子をながめるはるちゃんは満足そうです。
その日の午後、はるちゃんはおかあさんとスーパーに買い物に行きます。途中いつものように公園を横切ると、どこかのおじさんがハトにえさをやっています。おじさんの周りにたくさんのハトが集まり、輪ができています。ふたりは歩きながらその様子を眺めています。すると輪の外にあのやせっぽちのハトをがいました。ほかのハトの勢いに押され、輪の中に入っていけません。ふたりはフッと小さなため息をつきながら、スーパーへ向かいました。
3日目の朝ことです。はるちゃんは目が覚めるとすぐ玄関に走っていき、ドアを開けます。いつもの場所に、きょうもあのハトがちょこんとたたずんでいます。はるちゃんはおかあさんのところへパンをもらいに行きます。おかあさんは食パンを切りながらはるちゃんに静かに話します。「はるちゃん、パンをあげるのはこれが最後にしよう。あのやせっぽちのハトにパンをあげたい気持ちはおかあさんもいっしょ。でもね、ハトのふんで困っている人はたくさんいるの。きれいに洗って干した洗濯物にふんを落とされたらはるちゃんどうする。それにね、はるちゃんが病気になったらパンをあげられないよね。旅行でおうちを留守にするときもあるよね。そのときもあげられない。えさをあげ続けるのはあのハトのためにならないのよ。分かるわね、はるちゃん」。おかあさんはやさしい目ではるちゃんを見つめています。はるちゃんはいまにも泣き出しそうになりながらも、おかあさんの話も分かり、小さくうなずきます。おかあさんからパンを受け取ると、急いで玄関まで行き、いつものようにハトの口元に置いてやりました。ハトはサッと加えて、そのまま飛び立ちました。ずいぶん元気になったようです。
4日目のことです。朝、目が覚めるとはるちゃんはすぐに玄関へ向け走りだしました。ドアを開けると、いつものところにハトはちょこんと立っています。それを見てはるちゃんはおかあさんのところへパンをもらいに行こうとしましたが、「あっ!」ときのうのおかあさんとの約束を思い出します。パンをあげたいけれどあげられない。はるちゃんはいまにも泣き出しそうな顔をして、じっとハトを見つめています。ハトも頭を傾けながらはるちゃんのほうを見ています。しばらくすると、やわらかい風がはるちゃんとハトの間をふっと吹き抜けました。それが合図にでもなったように、ハトはもう一度はるちゃんのほうを見て、スッと飛び立ち、はるちゃんのうちの上をグルッと回って、そのままどこかへ飛んでいきました。はるちゃんは目を真っ赤にしています。「負けるんじゃないよ。ちゃんと自分で食べ物を見つけて食べるんだよ」と空高く飛び、だんだん遠のいていくハトを見つめながら心の中でつぶやきます。その頃、はるちゃんの顔は涙でぐしゃぐしゃです。その様子をおかあさんは家の中から見ていました。おかあさんの目にも涙がにじんでいますが、目はやさしく笑っています。




