空き巣さえマトモに務まらない
俺ほど中途半端な野郎も中々いない。マトモな社会人も務まらないくせに、泥棒稼業もからきしなのだ。
しまいには泥棒に入った家の婆さんに、
「最近めっきり暑いでしょう。そうめんつくりすぎちゃったから食べていきなさい」
とちゃっかりご馳走になっている次第である。すっかりボケているものと見えて、一軒家に一人暮らしのくせに明らかに三、四人前ほど茹でている。今晩俺が来訪しなかったら、アレは翌日の三食に繰り下げになっていたに相違ない。
大して腹も減っていなかったが、代わりに俺が平らげてやった。四十にもなって空元気なことである。吐きそうになるのを席についたまま堪えていた。
「あなたは普通の職には就かないのかしら」
婆さんは卓上の皿を下げつつ小言してくる。「見たところ、もういい歳なんだから」
「泥棒に若いも老けてるもないだろ。……そもそも、俺が無職だっていつ言った?」
「違うの?」俺の背後で皿を洗いつつ、素っ頓狂な声。
「これでも会社員ではあるんだよ。……ただ、堂々と社会人を名乗れるかって言えば、それは出来ないってだけで」
「どうして?」
「一人前の社会人っていうのは、要するに所帯持ちだったり、モラルだのマナーだのの意識がしっかりしてたり、そういうちゃんとした人間のことを言うんだ。……俺は会社勤めだけど、嫁も子供もいないし、こうして泥棒にも入ってるわけで、だから社会人は名乗れない。そういうこと」
「で、堂々と泥棒を名乗れるかっていうと、そうでもないわね」
婆さんは底抜けに明るい声で刺してきやがる。「私と鉢合わせて、暴力も振るわないし、何も盗もうとしていないものね」
「あんたが認知症だから覚えてないってだけで、俺がこの家に泥棒に入るのは何十回目とかなのかもしれないだろ。そのうちの何回かは暴力も振るったかもしれない」
「あなた小心者そうだもの。見ず知らずのお婆さんに乱暴なんかしなさそうだわ」
「…………」
どうにも調子が狂う。二、三品ほど回収したら、今日のところは去ろう。何、取り逃しがあればまた来ればいいのだ。
俺は席を立ち、二階に上がる(ご馳走様くらい言いなさいと言われたが無視する)。目ぼしいものは既にさらってしまったのだ。家の隅の更に隅までひっくり返す必要があった。
書斎。旦那の遺影が飾られている。見られているようで気が引けるが、構わず物色する。
テーブルの、引き出しに鍵がかかっているのをドライバーやら使ってこじ開ける。中にはヘソクリを閉まった小箱と、何十年前のものやら分からない化石みたいなデジカメ。手に持って回し見る。
「あら、そんなものが仕舞ってあったのね」
振り向くと、婆さんがハンカチで手を拭きつつ俺の手元を覗き込んでいる。
「…………」
俺が無言でカメラに視線を戻すと、
「持っていっていいわよ」
婆さんが口走る。思わず「は?」と振り向いてしまう。何がおかしいのかニコニコしている。
「いいわけないだろ。死んだ旦那の形見だろ? お前、冗談でも言っていいことと悪いことがあるだろ」
「あなたは真人間として生きるか泥棒として生きるか決めあぐねているようだから、ちょうどいいかと思って」
婆さんは、「いい?」と俺に指差し、この時ばかりは真剣な面持ちになって言った。
「中途半端なのはやめなさい。どっちつかずはどちらとも失うのよ。あなたが泥棒としてやっていくならそのカメラはさっさと売っぱらうなりして、マトモな社会人としてやっていくなら返しにきなさい。通報なんかしないから、じっくり考えなさいな」
結局、俺は古びたデジカメ片手に家を出た。二つほど角を曲がると、見覚えのあるおもちゃみたいな軽自動車が路駐しているので、扉を開けて助手席に乗り込む。
運転席には三十路の女。「どうだった?」とくたびれた顔を向けてくるので、戦利品を見せてやった。
「……そんなのどうでもいいから。お母さんの具合はどうだったのって」
「そんなのって言うなよ。親父の形見なんだから」
「なんでそんな酷いことするの?」と身を乗り出してくる。「お母さんが可哀想だって思わないの?」
「持っていけって向こうが言ったんだよ。俺は断ったのに」
「え? じゃあ」と声を弾ませる。「お母さん、お兄ちゃんのこと思い出したの?」
「違う。見ず知らずの他人として譲り受けただけだ」
今度は溜め息して、そのままハンドルに突っ伏した。
「せっかく来たんだから、お前も顔出せよ。娘だろ」
タバコを咥えて火をつけると、向こうもやおら咥え出したので、ライターを傾けてやる。車内が一気に煙たくなる。
「私じゃ泥棒扱い、耐えられないし」
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