光の勇者と闇の魔王④
自慢の大剣も、重すぎて握っていることも出来なかったらしい。
無惨に地面に伏した大剣を拾い上げる事もせず、勇者様は呆然と立ち尽くしていた。
「アレク!?貴方まで、一帯どうしたというのですか!」
聖女様が金切り声で叫ぶ。
「ヤバイだろ・・これ、どうすんだよ!これ!!」
弓使いが何度も同じ技を乱射する。
けれど矢は全て威力を失って、小枝のように辺りに散らばるばかりだった。
「・・・炎の獅子・・・駄目・・切り裂く風よ・・・だめ、どの魔法も、何でこんなに発動が遅いの!?なんで!何でよ!!!ねえ!立ちなさいよマーソン!早く!!私とソフィアを護りなさい!!」
魔術師の彼女は半狂乱で呪文を叫んでいる。
そんな集中力では火炎弾一つ撃てないだろう。
マーソンと呼ばれた盾戦士は、地面に座り込んだままピクリとも動かなかった。
自慢の盾が壊れて、自身も壊れてしまったようだった。
勇者一行の崩壊は明らかだった。
攻撃力、防御力、全てのスキルがほぼ無力化されたのだ。
僅かな例外を除いて、どんな相手であっても、この状態に耐え得る精神力は持ち合わせていない。
私の知る限り、魔王の中にも数人のみだ。
だけど、目の前のこの人は、そのほんの一握りの人材だったようだ。
勇者様は取り乱すこともなく、ただ静かに遠くを見つめていた。
喚くでもなく、焦るでもなく、泣くでもなく、絶望するでもなく。
勇者様は微笑んだ。
「え?」
思わず声を出した私を、勇者様の瞳が捉える。
瞳の炎は消え、穏やかな優しさで溢れている。
「これは、お前がやったことか?魔王テンペランティア。」
「え?・・あ、はい。加護や能力の無効化ですね。貴方は普段能力の10分の1程度に抑えられていると思ってください。」
人類最強の勇者様だ。
例え10分の1程度の能力だとしても、一般人よりは勿論強い。
けれど大抵の人はその落差に耐えられず戦闘不能に陥る。
精神的にも、心理的にも、抑制状態についていけないのだ。
この状態で、速攻の反撃を仕掛けてきたのはチェスター姉様くらいだ。
あの人は前進全霊の人なのだ。
瞬時に自分の状態を理解し、10分の1になった自分の身体能力で出来る範囲の攻撃や防御を考え、武器を変えて戦闘スタイルを変えていた。
どこまでも合理的で、どこまでも立ち止まることを嫌う姉様らしい思考だった。
勇者様も合理的な人なのかな、と思ったのだけれど、そういう感じではない。
何だか、私を見て、ぼうっとしているような、気が、する・・・?
考えている間に、勇者様が目の前に立っていた。
殺気はない。勇者様が私の瞳を覗き込む。
「・・・・へ?」
「魔王、テンペランティア。一目惚れだ。俺と結婚してくれ。」
ブルーグリーンの瞳が柔らかく揺れる。
大きな手が、私の頬を撫でた。
・・・・・・・・・・はい?
「・・・・え、あの、えっと・・あの、貴方って、勇者様、ですよね・・?」
「勿論。ルマン王国の勇者の称号を持つ、アレクサンダー・ウェントスだ。」
「ですよね・・・間違いないですよね・・・。」
いやじゃあ。
「間違ってますよね?」
この状況。
どう考えても間違ってる。
だって私達、さっきまで、戦ってましたよね!?
「間違ってなんかない。お前を好きになった、テンペランティア。」
「いやそれ間違ってますよ!?だって私、・・・魔王ですよ!?」
魔王と勇者。
むしろ宿命の敵同士じゃない!!!
けれど勇者様は晴れやかに笑った。
「それがなに?俺が好きになったんだから、間違ってない。」
いや、だから・・・・間違いだらけですってばあ!!!