第八話 作戦、始動 〜アルマーノ編〜
「あ、春ちゃん!ちょうどよかった!。」
ディアモの占拠しているビルに入った瞬間、ボスに引き止められた。
「なんですか?」
「ちょっと、俺の部屋で話そう。」
なんだろう。
まさか、任務とか!?そうだよね!マフィアって、そういうもんよね!
部屋に入ると、ボスは一つの箱を引き出しから取り出した。
「これ、春ちゃんのだよ。」
「…?」
箱を受け取る。
意外と、重いっ…!
「鍵は、指紋だから。」
「はい…」
指紋のセンサーがある場所に、人差し指を付けた。
すると、箱のロックが外れたのか、パキッという乾いた音が聞こえた。
「開けても…?」
「春ちゃんのだからね。」
ボスの笑顔を信じて、わたしは箱を開けた。
「―!?」
そこには。
「これ…銃じゃないですかっ!」
「うん。」
うんって、普通に頷かないでください!
わたしは銃なんか一度も扱ったことないし、使い方もわからない。
「これは、チェックメイトガンって呼ばれてるんだ。普通の銃と違って、特別なんだよ。」
「特別…?」
「これで、人は殺せないんだ。」
なんで?
「このチェックメイトガンは、人の悪意、敵意、憎しみ、負の感情を奪うんだ。そして、一時的に意識を失わせる。そういう銃なんだ。」
どうして、そうなる。わからないことが多すぎる。
しかもこれ、外国製?
高そう…弾のぶんの値段も合わせたら…。
「弾はいらない。正の感情を込めて銃を握れば、自然と弾がセットされる。らしい。」
らしい!?
てかそんなものが存在してていいのか!?
「だから、悪意の無い人間や生き物にはまったく無効なんだよ。」
「あの、聞きたいことは多々あるんですけど、まずどうしてこれを使うのがわたしなんですか?!」
わたしの質問が悪かったのか、ボスが黙り込んだ。
しばらくして、ようやく決意したかのように顔を上げた。
その表情は、真剣なものだった。
「初代が、これを君に渡せって遺書を残して死んだんだ。」
初代?
ディアモの、初代?!
「あ、あの、それ何年前の話ですか!?」
「100年くらい前かな…」
どうして100年前のボスがわたしのこと知ってるの…?
いや、何かの間違い?それとも、何か理由があってわたしにしたの?
「聞いたことない?ディアモのボスは不思議な技を使うって…」
「聞いたことはありますけど…」
「これだよ。予知能力…。俺も先代も、その前も初代も、予知能力があったんだ。」
予知能力ね…でも、これをわたしが使えるかは、まだわからないよね。
「持ってみて。」
「はい…」
恐る恐る、銃を持ってみた。
「これで、どうするんですか?」
「あそこに、チンピラがいるの、見える?」
窓の外に、警察と喧嘩している柄の悪そうな人がいる。
「あの人を狙って、撃ってみて。」
「えぇ!?」
いき、いきなり!?
「早く、チンピラが行っちゃうよ。」
ボスが急かす。でも、みんなわかって。わたし、銃なんか撃ったこと無いよ!
「少し右上を狙って、よし、撃て!!」
その声に、わたしは反射神経で思わず引き金を引いてしまった。
―無音
「あれ…?」
「ボス、やっぱり、無理です。」
引き金は引いた。でも、正の感情なんて全然込めなかった。
恐怖という感情がわたしを襲ってきた。
「まぁ、いきなりは無理か…。でも、春ちゃん。いつかそれを使う時が来るからね。肌身離さず、いつでもその銃は持ってるんだよ。」
「…はい。」
ボスの声が怖くなって、わたしは頷いた。
銃を強く握りしめて、強く、頷いた。
ボレザーの裏に銃をしまうのにちょうどいいサイズのポケットがあったのでそこに銃を入れて、わたしはボスの部屋から出た。
ボスの言葉が、わたしの頭の中を駆け巡る。
『いつかそれを使うときが来るからね。』って、本当?
わたしに、これが使えると思う?
「春ちゃん、どうしたんですか?」
「骸六さん…わたし、まだまだですねぇ。」
「…?」
いきなりそんな意味深発言をしてしまったが、わたしはそれを上回るくらいパニック状態になっていた。
「チェックメイトガン、貰ったんですか?」
ピクっと、わたしの腕が動いた。どうしてそれを。
「俺は、勘がいいんですよ。」
「そうですか…。」
わたしは、また頷いた。
「らしくないですよ。いつもみたいに馬鹿騒ぎしててください。」
「馬鹿騒ぎって、わたしそんなつもりじゃ…」
「でも、そのほうがあなたらしい。弱気なあなたは、ある意味不気味です。」
褒め言葉かそれ?
「ちょっと、それも失礼ですよ!」
眉を八の字にして、骸六さんを見る。
すると、骸六さんもニコリと笑ってわたしを見る。
「その直感力は、わたしも見習いたいですよ。」
「これは幻術師になれば自然に磨かれるものなんですよ?」
「嘘ですよね。嘘って言ってくれないと怒りますよ。」
わたしにもどうしようもできない、ね。こりゃぁ。
初代が、わたしが使えるって言ったんだから、使えるんだよ。
それを信じるしかないじゃん。
いつかその日が来るまで、わたしはせいぜい銃の命中率でも上げときますか。
体の後ろで腕を組んで、外を見る。
「撃つ練習でしたら、俺はいつでもつき合いますよ。」
「ありがとうございますー。」
わたし、どんどんマフィア色に染まってるね。
まぁ、それでもいいか。
おもしろそうだし…。
「あれ?そういや、雲雀先輩は?」
「来てないですよ。あの人は自由人ですから。」
自由人、ね。
「あの人、共同生活とか絶対できないですよね。」
「寮とか、絶対に無理そうですよね。」
二人でくふふと笑っていると、後ろから殺気のこもったオーラを感じた。
ま、まさか!
「いい度胸してるね、君たち…。」
「あれ、雲雀。いつのまにいたんですか?」
「…!」
恐ろしくて言葉も出ないわたし。骸六さんは話を続けた。
「雲雀、春ちゃんはチェックメイトガンを受け継いだようです。」
「…ふぅん。あの、役に立たない銃のこと…?」
「そう。雲雀は使えなかった、チェックメイトガン。」
その一言が、雲雀先輩の怒りに触れた。
「斬り殺すよ…」
「本当のことですよね。怒る意味が解らないのですが。」
骸六さん、命知らずだなぁ…。
「大体、雲雀は誠意だけじゃなくて負の感情もありますからね。」
「君には誠意すら無いだろ…」
「おや、失敬な。俺は春ちゃんを殺そうとした覚えはないですよ。」
「へぇ…」
先輩がトンファーを取り出した。わたしは避難しようとしたが、骸六さんに肩をつかまれて、動けない。
「骸六さん!」
「試してみてください、『春』。」
「えっ…」
チェックメイトガンは、人を殺せない。
いや、殺さない。
心に邪念を持つこと無く、誠意の渦巻く心の持ち主でしか使えぬ、人類最強の武器。
その弾は、人の体を傷つけることなく、心の救済をする弾。
使いこなせるのは、十代目が支配する時に現れる、『宇都宮春』という娘ただ一人。
見つけだし、そしてディアモの仲間にするのだ。
その娘を『ディストラクシャン』にだけは、接触させてはいけない。
そして、未来と過去を変えるのだ。
「へぇ、そんな役に立たない銃を使うの…。」
「これは、選ばれた人しか使えないものなんですよ。」
雲雀先輩と骸六さんはさっきから火花の散るような冷戦をしている。
わたしは巻き込まれたくないので、口を突っ込まないようにしていた。
はずなのに…。
「春、選ばれた春なら絶対に使えるはずです!」
「もし外したら…君の命は無いよ…」
ひぇぇええー!
わたし、まだ死にたくないんだけど…。
「わたし、自分の命大切なんでやめておきます…。」
「えー、是非彼で試してもらいたかったんですけど。」
「試すって、その言い方やめてもらえません?」
わたしはブレザーの中に仕込んであるガンをギュッと握りしめた。
「それに、無駄に撃ちたくないんです。」
怖かったし。
それから、わたしたちは何事も無かったかのようにビルから出た。
「この銃、持って帰っていいんですかねぇ…」
「それは春のですから。」
「そう…か。」
ていうか、いつの間にか骸六さんも春って呼び捨てだし。
このさいわたしも敬語で話すのやめようかな…。
「じゃぁ、俺はこの辺で。」
「あ、はい。また明日。」
「行きますよ、雲雀。」
え、雲雀先輩も行っちゃうんだ…。
この時間に一人って、ちょっと怖いな…
でも、そんなことよりによってこの二人に言えるはずが無く、わたしは薄暗い道をとぼとぼと歩いた。
「あれ?宇都宮?」
「…居町くんか、どうしたの?こんな時間に。」
「そっちこそ。女がふらふら出歩く時間じゃないだろ。」
それもそうか。
「ちょっと、用事があってさ。そっちは?」
自然と居町の隣に並び、顔を見る。
「俺は、仕事みたいなもんだ。」
「仕事?」
「あぁ。最近、ここらへんにマフィアがよく出るっていう噂が流れてるんだ。そのマフィアを見つけるのが、俺の仕事。」
ちょっと待てよおい。わたしマフィアですけど。
「見つけたら、警察?」
「いいや。それは守秘義務だから。」
まさか、この人わたしがマフィアってことに気づいてないよね。
気づいてたら、泣くわよ。
っていうか、わたしこの人と敵ってことだよね。わたし今、敵と並んで歩いてるってことかい!?
「あ、わたしはこの辺で。」
「おぅ。おやすみ。」
「おやすみ。また明日ね。」
「あぁ。」
手を振って、小走りで路地に入る。
バレてたら、家を捜索されたくないしね。
走り去っていく彼女の小さい背中を見て、思った。
やっぱり、裏切りってことだよな。
あいつがマフィアって知ってんのに、ボスに言わないのは。
でも、いつか言わなきゃいけねぇ。
そん時、俺はお前と本気で闘うからな。
俺たちの作戦は、マフィアなんかに邪魔させない。