第六話 動き出す陰
先輩が無事だった。
すごく嬉しい。今度は、何も失わずにすんだ。
そう思ったら、急に眠くなって、耐えられなくなった。
重い瞼を素直に閉じて、倒れるように眠った。
そしてしばらくして気がつくと、わたしはディアモの本拠地にいた。
「あれ?わたし、一体なにやって…」
辺りを見渡して、雲雀先輩の姿を見た瞬間に、体の全機能が停止したかと思った。
「先輩!その傷はっ、キラですか!?」
「…ん」
先輩はわたしを見ようともせずに、ただ小さく答えて頷いた。
「大丈夫なんですか!?て、手当は!」
「いらない。僕はこの程度の傷じゃ…」
わたしは、ソファーから起き上がった。
「本当に大丈夫なんですか!?」
「しつこいな。かすり傷程度ではしゃがないでくれない。」
「だって…………ったんです。」
「なに。」
わたしは、堪えきれなくて思わず叫んだ。
「すっごく心配だったんです!殺されちゃったらどうしようとか、ぼこぼこにされてたらどうしようとか、もう頭いっぱいいっぱいで…」
オーバーヒート寸前のわたしの頭に、なにかがのった。
「…僕が、あんな奴に負けるとでも思ったの。」
「…?」
先輩が、トンファーの先端をわたしの頭の上にのっけている。
「先輩が、優しい…!?」
「別に、優しくなんかないよ。」
ゴツンと、トンファーで頭を叩かれた。
「痛いですっ!」
「そっちこそ、頭にでかいこぶ作って。」
げ、こぶになってたか。
「やっぱりこぶになってたか…まったく、あの人たちは遠慮ってもんを知らないんですかね。」
ぶつぶつと文句を言いつつ、自分の頭を触ってみる。
たしかに、一部が盛り上がっている。
ちっくしょう…。あいつらいつか100倍にして返してやる…。
しっかも、人のファーストキッスをあんな簡単に奪いやがって…絶対に許さない…。
「ねぇ、いい加減出てってくれないかな。こっちも眠いんだけど。」
「あ、すみません!じゃぁさっさと出ていきます!」
にっこりと笑って、わたしは部屋を出た。
そういや、わたし先輩に段々慣れてきてるよね…。
うわぁ、あんなのに慣れちゃったわたしってどうかしてるかも。
「ふー…」
ビルの外に出てみると、外はもう真っ暗だった。
満月きれー。
「おや、春ちゃん。意識が戻ったんですか?」
「あ、骸六さん。はい、お世話かけました!」
「雲雀はなにか言っていましたか?」
?
なぜここで雲雀先輩。
「別に、なにも。」
「いつも通り?」
「いつも通り。」
しばらく沈黙。
「おっかしいですねぇ…」
「なにがですか!?」
「いえ、なんでもないです。」
どうせ骸六さんの考えることだから、ろくなことないんだろうけど、めちゃめちゃ気になる。
いつも通りじゃなかったら、どうってのよ。
「もう夜遅いですから、春ちゃんは帰ったほうがいいですよ。」
「はい、そうします。」
ニコリと笑って、骸六さんの横を通り過ぎる。
その時、急に腕が掴まれた。
「…?」
「あ、すみません…つい。」
つい?
「雲雀がそういう感情を持ち始めたかもしれないと、そう思っていましたが…やはり気のせいだったようです。」
なにが?!
いつもと違う骸六さんに、少し疑惑を抱く。
彼は何を言おうとしてる。
「雲雀は、少しずつですが感情が安定してきました。これは、あなたの能力です。」
はい?能力?
「だから俺は、あなたに興味があります。」
何を伝えたいのだろうか、彼は。
「あなたは、雲雀を帰ることができるかもしれませんね。」
先輩を、変える?
そんなこと、わたしにできるわけない。
先輩は、誰にも心を開かないっていうか、信用しないっていうか…。
そんな鉄壁の心を持った先輩に、気安く話しかけることもできないし…。
「よく考えてください春ちゃん。雲雀の口から、春ちゃん以外の名前が出たことがありますか?」
「…無いです。」
うん。確かに無い。
でもそれって、ただ単に先輩が怖くて女子が近づいてこないだけじゃ…
「雲雀はあの通り無愛想ですし、普段トンファー持っているし、かなり危険人物でしょう。その雲雀にここまで近くに来れたあなたは、とてもすごいです。」
素直に骸六さんに褒められ、ちょっと嬉しい。
っていうか、この状況に慣れたわたしが、ちょっと怖い。
顎に指を当てて考えてみる。
先輩のファンはいっぱいいる。
でも、手紙やプレゼントは全部わたしを通して渡そうとする。
それは、「あたし達が行ってもどうせ…」のパターンが多い。
別にわたしが渡しても結果は同じだと思うのに…
「なにか思い当たることでもありましたか?」
「いや、気のせいです!だって、骸六さんも知ってると思いますけど、あの人に恋愛感情とか絶対にないでしょう?」
その言葉に、骸六さんは驚いたようだ。
眉がぴくりと動いた。
「そう…ですね。そうですよね、あんな無慈悲馬鹿にそんな感情あるわけないですよね。」
あははと笑いながら目をそらす骸六さん。
「骸六さん?」
「いいや、なんでもないです。じゃぁ、また明日、春ちゃん。」
「あ、はい…」
わたしの前を去って行く骸六さん。
わたしは、その姿を目で追った。
視界から骸六さんが消えて、しばらくして、わたしはそこに立ち尽くしていた。
無慈悲馬鹿。
まさにその通りだよ。
なのに、わたしはなんで、こんなに雲雀先輩のことばっかり考えているんだろう。
「帰ろ…」
とぼとぼ歩き出したわたし。でも、頭に中で渦巻く疑問はなかなか消えなくて。
答えが見つからなくて…。
わたし、どうしちゃったんだろう。
そのまま家についた時、時刻は夜の9時過ぎ。でも家の電気は一つも点いていない。
親は、まだ仕事から帰ってきてないようだ。
「ただいま…」
誰もいない家に、その声が異常に響く。
とりあえず冷蔵庫チェック。
「なにもない…」
文字通りだ。あるのは牛乳、卵、バター。
わたしにチーズでも作らせる気か、あの親は。
「コンビニ行こ…」
制服を脱ぎ捨て、ジャージに着替える。
家を出て、100メートルくらい先にあるコンビニへ。
やっぱ夜は冷えるな…
ポケットに手を突っ込んで、少し小走りでコンビニまで向かう。
「あ、宇都宮さん!」
後ろから、誰かに呼びかけられた。
「あぁ…この間の雲雀先輩ファンの…」
「春日よ。よろしくね。」
またあの可愛らしい笑顔。ひゃー!かわいー!
「どうしたの?こんな時間に。」
「夜食買いに。宇都宮さんは?」
「同じようなもんよ。」
わたしがニカッと笑うと、春日さんがわたしの頬に触れた。
「え…」
「この傷…どうしたの?」
あ、やば!キラにつけられた傷忘れてた…。
「あぁ…ちょっと転んじゃって…」
ひんやりとした手が、少しだけ傷を強く押す。
「嘘、でしょう?」
「えっ…」
すると、春日ちゃんは薄気味悪く、笑った。
「これ、ただ転んだんじゃないでしょう?」
「な、何言ってんの…春日さん…」
「この傷、キラのでしょう?」
―!!
わたしは春日さんの手を振り払って、後ろに大きく遠のいた。
「図星だったみたいね。」
「なんでこの傷のことを知ってる。」
わたしは傷を抑えながら言った。
まさか、春日さんもマフィア関係?
「あたしはなんにも知らないよ。ただの、女子高生。」
明るく笑う、春日さん。
わたしは警戒しながら、春日さんを睨みつけた。
「そんな怖い目で見ないでよ。怖いなぁ…宇都宮さんは。」
「あなた、マフィア?」
「ん?あたしがそんなもんになると思う?」
くすくすと笑う春日さん。彼女は、一体何を知ってる。
「一つだけ教えてあげる…」
彼女はくすくすと笑いながらこう言った。
「あなたは、ディアモと関わる限り命を狙われるわ。」
「―!?」
「いいえ。そうでなくともいつかわかる…その時を、楽しみにしてるわね。」
あははっ
なんて可愛い声を残して、彼女はわたしの前から姿を消した。
っていうか、なんなの今の宣戦布告。
わたし、相当ヤバくない?これ、どうしろってのよ。
「はぁ…また変な人に絡まれたな…わたし。」
そう言いつつコンビニに入って、リンゴジュースとおにぎりだけ買って外に出た。
空は、嵐の静かさとも言うべきか、雲も風もなく、蒸した空気だけが肌に感じた。