第五話 拉致そしてファーストキッス
「あれ?ボス、雲雀くんと春ちゃんは来てないんですか?」
俺、骸六は辺りを見渡してボスにこう言った。
「二人とも色々用事があるんでしょ。」
「そうだと、いいですけどね…」
俺は、昨日見てしまった。
ディアナの連中が、二人の通っている学校の周りをうろうろしているところを。
だから一応トラップを仕掛けておいたんだけど、今はなんの異変も無い。
無事だったら、いいんだけど。
「骸六、心配なの?二人が。」
「だって、春ちゃんに何があっても雲雀は助けないと思いますし。」
「まぁね。」
俺は、今まで長く雲雀に付きまとってきたけど、春ちゃんみたいな子は見たことなかった。
だから、俺もだけど、当然雲雀も戸惑ってるはずだ。
どう扱えばいいのかわからないから、時々酷いこと言ったりするだろう。
なのに、春ちゃんは自然と雲雀の隣にいる。
どうしてだろう。
キーン…
唐突に、頭の中に笛の音のような音が響いた。
この合図は、俺が仕掛けたトラップ。
「ボス、ディアナは学校にいます!」
「は?」
「ディアナは、きっと雲雀を殺すつもりです。」
嫌な予感がした。
俺の感はよく馬鹿げてるって言われるけど、これは間違ってない。
雲雀と春ちゃんが、危ない。
「あんたら、誰よ。」
わたしの前には、見たことも無い男の人達が数人。
全員、制服は着ていないけど高校生だろう。
「お前が宇都宮春だな?」
男の一人が、わたしに尋ねた。
「そうよ。」
わたしが答えると、男達はニヤリと笑って顔を見合わせた。
そして、それぞれがポケットに手を突っ込む。
取り出していたのは、武器だった。
「―…。」
マジで、ちょっとこの状況わかる?
最悪よ最悪。こんなことなら校舎の中にいればよかった。
「覚悟、しろよ。」
こんな学校の目の前で喧嘩なんかしたら、普通は先生助けにきてくれるよね。
それ、期待させてよね!
「言っとくけど、助けは来ないと思う。」
「え?」
―ガツン!
「…!?」
頭に激痛が走った。
ちょっと、反則っ!
「おやすみ。宇都宮 春」
倒れるもんか…!
そう願ったけど、わたしの意識は簡単に飛んだ。
情けない。
わたしは、こうやってみんなに迷惑をかけることしかできないの?
穴があったら入りたいわよ!!
「間に合わなかったか!」
俺たちが急いで二人の通う学校に行くと、そこには、一度見たことのある春ちゃんの鞄が落ちていた。
「ディアナか。」
「多分そうです…くそっ!俺がもっと早く気づいていればっ…!!」
「そうカッカするな。まだ決まったわけじゃない。まずは、雲雀を捜そう。」
俺たちが学校に入ると、そこはどことなく火薬臭かった。
「キラだな。」
「えぇ…。そうでしょう。」
雲雀を殺すことだけを目的にして、そのためにはなんでもする卑怯な男。
彼は、そういう奴だ。
「…っねぇ、何やってんの…」
後ろから、雲雀の声が聞こえた。
「雲雀!大丈夫か!?」
「…」
雲雀は答えなかった。俺の横を通り過ぎて、壁にぶつかりながら歩いている。
全身傷だらけだし、白いシャツが、所々血で染まってる。
これは、相当派手にやったな…。
「春ちゃんは?」
「…知らない」
「聞け、雲雀。春はディアナに捕まったかもしれない。」
ボスの言葉に、ぴくりと、一瞬だけ雲雀の動きが止まった。
「…そう。」
それだけ言って、雲雀はまた歩いていく。
「傷の手当は?」
「いらない…」
そう言ってられなさそうだ。今にも倒れそうだし。
「雲雀は休んでるんだな。それ以外の奴は、春の救助に行こう。」
ボスがそう言うと、他のみんなも無言で頷いた。
そうか、よかった。
みんなが春ちゃんを認めててくれて。
「行くぞ、お前ら。」
「はい。」
懐に手を突っ込んで、それぞれの武器を取り出す。
「俺も、久しぶりにこんな不機嫌になりましたね…」
関節をボキボキならして、奴らの本拠地に殴り込む。
春ちゃんだって、ここにいるさ。いなかったら、吐き出すまで絞めればいい。
「俺をここまで怒らせたこと、後悔させてやりますよ。」
「っつぁ〜…」
あーもうまだ頭くらくらするし。
ったくなんなのよ、人質ですか?わたしなんか助けに来るわけ無いのに…。
「起きたか、女。」
「あん?あんた誰よ。」
御忠告しておこう。わたしは寝起きが悪い。暴走している。
「お前…今の状況わかってんの?」
「うっさいわね…わたしは不機嫌なのよ。それと、あんたこの縄ほどいて。わたし縛られる趣味は無いの。」
わたし、馬鹿だろうか。まぁでも、寝起きのわたしにここまで考える力は無い。
「てめぇ…」
男がじりじりと近づいてくる。
「ディアモも、変な女を飼いやがったな…。」
男が、わたしの顎を掴んだ。
「ちょっと、鼻息かかる。うざい。」
近いわ馬鹿!そう叫んでやりたかったけど、それは封じられてしまった。
「…ん!?」
―チュッ
と、音がする。自分の口の中から。
ここでわたしは、ようやく覚醒した。
「なにっしてくれとんじゃぁぁああ!!」
つま先で男の顎を蹴り上げて、縛られた両腕で頬をぶん殴った。
「貴様人のファーストキスをなんだと思ってんだぁあ!さりげなくタッチ&キッスしてんじゃねぇえ!」
その声が大きかったのか、なんだなんだと男達が集まってくる。
「ちょっとあんたらさぁ、本当に常識が無いみたいだから言っておくけど、こんな状況のか弱い乙女になぁにしてくれてんのよ!全員頭下げろやごらぁ!!」
―ブチッ!
「えぇ!?」
縄を引き千切り、スッと立ち上がり男達を睨みつける。
「あんたら…あんたら…ほんとにいい加減にしないと…」
そこまで言うと、奥から笑い声が響いた。
「ぷっ、あっはははは!…あぁーお前、おもしろいなぁ。」
声のするほうを見ると、金髪の男の人がわたしを見ていた。
一人椅子に座って、多分ボスだろう。
「わたしを人質にしたって、ディアモの方々は来ませんよ。」
「どうかな。」
「無駄ですよ。」
「気の強い奴は嫌いじゃない。…そういう奴こそ、泣かせたくなる。」
「…悪趣味ですね。」
ボスとわたしの会話を聞いていた周りの奴等が、わたしを睨みつけた。
どうよこの圧倒的不利な条件が見事にそろってる状況。
「お前、こっちに来い。」
ディアナのボスがわたしに言う。ここで逆らっても、どうにもならないか。
「…。」
わたしは無言で近づいた。
もし、隙があるなら彼を人質にしてここから逃げよう。
「そこ、座れ。」
「はいぃ?」
指をさしているのは、ボスの隣。
座れるかぁあ!
「嫌か?」
「嫌です。」
そう言った瞬間、細い鎖みたいなのが片足に絡まってきた。
「えっ…きゃっ…」
その鎖に絡まったわたしは、魚の如く綺麗に転んだ。
「おら、早くこっちに来いよ。」
こ、この腹黒野郎め!!
―グイッ
「ぃった…」
肩をものすごい力を掴まれて、わたしは渋々ボスの隣に座った。
「…何のつもりですか。」
「別に。ただ、ちょっと顔が見たかったんだ。なぁ、キラ。」
キラ?
はっとして顔を上げると、そこには傷だらけのキラが。
「ちょっとあんた!雲雀先輩は!?」
「ボス、ちょっとこいつ借りてもいいすか。」
「あれー?珍しい。キラが女に興味あるなんて。」
また腕を掴まれて、わたしは別の倉庫のほうへと連れていかれた。
ちょっと、雲雀先輩どうなったか教えなさいよ!!
倉庫につくと、腕が放された。
わたしはその腕をさすりながらもう一度聞いた。
「キラさん、雲雀先輩をどうしたんですか!?」
「―あいつは馬鹿だ。」
その一言に、わたしは体中の力が抜けた。
まさか、まさかまさか!
「殺したの?」
「…いや。生きてる。」
残念そうに、キラさんが言った。
「殺すことは、できなかったんですね。」
「はぁ?」
しまった。
挑発的なことを…
「まぁ、そうだな。それに俺様は、一度あいつの大事な物を奪ってるし。」
ニヤリと、冷ややかに笑うキラ。
悪寒を感じた。
「だから、二回目でもそんな変わらないだろう。」
「―…!?」
キラは銃を持っていた。
そして、その銃口が、わたしの頭に向けられる。
目を大きく開くわたし。
その様子を、満足そうに見るキラ。
でも、わたしの口から出た言葉は、彼の心をえぐった。
「…死ねないのよ。わたしは。」
「はっ?」
わたしは、キラを睨みつけた。
「そんな簡単に死ねないのよ!わたしは!!」
銃の先を掴み、天井に向けた。
「んなっ!」
キラが驚いて、一瞬だけ力を弱めた。
その隙に銃を取り上げて、遠くに投げる。
「何しやがるっ…!!」
「黙れ!あんたはっ、奪われることが怖いだけの弱虫よ!!」
その言葉に、キラの動きが止まった。
図星だったか。
「あの人は奪われたことですごく悲しんでる!だから、二回目は絶対に阻止する!!」
バターン!!!!!
わたしがそう叫んだ瞬間、倉庫のドアが吹っ飛んだ。
「なにっ…!?」
「キラ!その子から離れなさい!!!」
骸六の声。
「遊びの時間は終わりだ。」
ボスの声。
「…なに群れてるの?」
そして、先輩の声。
「ふっ……」
そのまま、わたしは倒れた。
倒れた?いや、違う。
眠った。
「安心して寝るたぁ、ガキだな…」
キラが言ったその言葉も、この後起こった出来事も、わたしは何も知らないまま深く眠った。