第三十九話 黒幕 〜ダートファミリー編〜
「戦闘員の数は、少なからず相手の方が多いです。ですが、戦闘能力ならこちらが上です。」
「わかった。ソノオとメノオにも声かけた?」
「当たり前です。戦闘員には、ソノオとメノオも含まれています。」
……うまくいくかな。
そういう不安はまだ残っていた。
あの二人だって強いのはわかってる。
でも相手は、一人で百人を倒した化け物みたいな人なんでしょ?もし、誰かが命を落とすようなことになったら……
「ボス、何を不安そうな顔をしているんです。」
桔梗が、わたしに言う。
「言っておきますが、ボスはこの時代に来てから着々と成長してきました。そのおかげで、不可能だったことが可能になる、可能性が生み出されたのです。」
「桔梗……」
また、桔梗がわたしの頭に手を乗せた。
「あなたは、それを覚悟してこのマフィアの世界に足を運んだのではないのですか?」
いや、無理やりなった気がする……
「……そうね。」
確かあのとき、わたしは先輩に脅されてたわ……。
「ボスはボスらしく、堂々としていればいいんです。」
「ラジャ。」
敬礼して、わたしは部屋から出た。
基地内は、すっかり戦闘モードで、誰一人として笑顔にはなっていなかった。
まぁ、当たり前だけど。
「春。」
―!
首の角度が、180°ぐるっと変わった。
「せっ…先輩!?」
そこには、ジルさんを従えた雲雀先輩の姿が。
なんでここにいるの!?
「少しは戦いがいのある奴がいるようだね…。」
「ジューダは、わたしがやります。」
意気込んでそう言ったのだが、先輩の一睨みでわたしは黙り込んでしまった。
「君は弱い。とてもじゃないけど獲物を譲る気にはならないね…」
「でっでも……」
「無駄ですよ。」
ジルが言った。
以前メノオ基地で何か仕事をしていたときとは雰囲気が違う。おちゃらけてない。
「ボスはディアモとかどーでもいいですけど、あんたはどーでも良くないんですー。多分ですけどー」
最後の多分ですけどーさえ無ければすごい心に滲みる言葉だ。
「ジル…何勝手に言ってんの…」
だが背後から感じる殺気など完全に無視してジルは語り続ける。
「ほんっと歪んでますよねー。こんなのに好かれるなんて俺はごめんですー」
「斬り殺す…!」
ブン!と、トンファーが空気を裂く。
「ちょっ、基地内で何して…」
「ジル…本気で僕を怒らせたことを後悔させてあげるよ…」
人の話聞いてねぇー!
「ちょっと二人ともっ喧嘩するなら他でしてください!!」
大声で叫ぶも、全く聞く耳を持たない二人。
ため息が漏れる。
「いい加減に……しなさい!」
―バァン!!!!
銃声が一発。そして、チェックメイトガンを握る春の姿が。
「これから抗争って時に、二人とも何をやってるんですか!わたしたちの敵はマフィア最強の男といわれている人なんですよ!?」
――――しーん
静まり返ったのが、自分でもわかる。
「あ、あの…」
「ふっ…」
わ、笑った!?
雲雀先輩がわたしの頭に手を伸ばす。
また髪の毛を引っ張られると思い、自然と体がファイティングポーズをとる。
が。
―ぽんぽん
「…え?」
わたしの頭に、軽く、雲雀先輩の手のひらが触れた。
「それだけ覚悟してるなら…見せてもらおうか。」
その手の力は簡単にわたしから離れていく。
「君の、本気……」
その時の雲雀先輩の笑みと言ったら、地獄の使者としか思えない。
目がキラーンって光ってたよ!!
「も、ももちろんです!」
なんて大嘘言って、わたしはちょっと後悔した。
「っていうかー。やっぱりボスって宇都宮春のことが…」
―ボキィ!!
先輩のトンファーが、ジルの腹に直撃した。
「寝てなよ…」
言葉通り、ジルは気を失ってしまった。
(こ、この人5年後に来てから怖さがパワーアップしてるー!?)
そう心の中で叫ぶ、わたしであった。
「ボス、大体の準備はできました。あとは、ダートが来るのを待つだけです。」
桔梗から連絡をもらい、わたしは通信室へ向かった。
「ダートから連絡は?」
「ありません。」
「じゃあ、わたしザクロの様子見てくるね。」
「は、はい。」
また、部屋を出る。
医療班の最高メンバーが彼の手当をしたと言っていたが、心配でたまらない。
死んでないよね、生きてるよね?
「ザクロ…?」
ザクロの寝ている部屋に入ったとたん、心臓が止まったかと思った。
「あぁ……お前か…」
―!?
なんで、こんなに部屋がめちゃめちゃなの…?
「俺は平気だって言ってるのに…医療班の奴ら俺をこの部屋から出そうとしねぇんだ。」
「いや、無茶するでしょ?だから出したくなかったんだよ。」
わたしは、ザクロの寝ているベッドに座った。
「ジューダ…?」
「あぁ…思い出すだけで苛々するぜ。」
「あんたらしいねっ。」
わたしが笑うと、ザクロもフッと笑った。
「24時間後に、くんだろ?ジューダが。」
「そう。今、その準備で忙しい。」
すると、ザクロが顔を歪めた。
「俺も、闘わせてほしい。」
―!
思わず目を大きく開く。
「本気で言ってるの?」
「俺は、あと2時間もすれば傷が完治する。昔っからそういう体質だ。そしたら、闘える。」
「だめ。」
即答した。
「その傷で闘ったら、死ぬわよ。」
「死なねぇよ。」
「絶対にだめ!!」
バンッ!と、ベッドの横にある机を叩いた。
「…春。」
「だめ!」
「春、頼む。」
「絶対にだめ!!」
「春!」
「…―!」
ザクロが、わたしの両肩に手を置いた。
「俺は死なない。絶対にな。」
「でも、もしも…」
「俺がそんなやわな男に見えるか?」
「……思わないけど。」
でも、もしもザクロが死んだら、わたしはどうすればいい?
絶対に自我を保てない。
「…なぁ、頼む。俺は、こうやってしか恩返しができないんだ。」
その顔が本気だったこと。
その目に覚悟があること。
それを見た時点で、わたしは思わず言ってしまったんだ。
「わかった。」
と…。
「あとで通信室に行く。俺の武器、持っててくれ。」
「えっ」
投げられた刀。鞘に収められたそれを少しだけ鞘から抜くと、鈍い輝きを放っている。
「それは、妖刀『紅霞』。使うのはやめろ。呪いがうつる。」
「の、呪いって?」
「その刀作った奴ぁ、相当頭がいかれてたみたいだ。使う奴の血を吸うんだ。」
「…は?」
「簡単に言うと、その刀で斬られた奴は肉は残るが血は残らないってことだ。」
そんな恐ろしいの使ってたのー!?
「だが、使いこなせればそりゃぁ便利な刀だぞ。」
「そ、そう……」
「あぁ。そいつでジューダを斬るのが俺の夢だ。」
もっとファンシーな夢持ってくれよザクロ!!
「さぁ、出てってくれ。着替えるから。」
「はいはい。」
部屋を出て、廊下を歩いていく。
「早く、よくなってね…」
そうつぶやいたのは、きっとザクロには聞こえていない。
「はは……あの馬鹿、まだ気づいてねぇのかよ。」
はははっ…傑作だな。
――――……
「ぐっ……」
俺はまだ死んでいない。
まだ、生きているんだ。
「は……るっ…」
どうか、俺を見つけてくれ。
もうすでに、ジューダの作戦は始まってる。
だから早く、俺を見つけてくれっ……
「春っ――――!!」
―ファサ
何かが、俺の近くに舞い降りた。
「あなた…ザクロ?」
その声の主の顔は、見えない。
でも、俺のことを知っているようだ。
「あっ…あぁ」
「…もうザクロは、ディアモが見つけたって、連絡がきた……」
その声の主は、どうやら幼い少女らしい。俺は威嚇しないように丁寧に聞き返した。
「そいつは、ありえねぇ。俺は、ここにいる。」
「いいえ。ボスは、悪霊の森であなたを見つけた……そして、基地へ運んだ……」
「なにぃ!……っぐ!」
傷口が開いたらしい。俺は腹に激痛が走ったせいでその場にうずくまる。
「あなたは…本物…?」
その少女は、俺の目の前に槍を突き立てた。
「恭弥様…本当?」
何に問いかけているのかよくわからないが、どうやら俺を助けてくれそうだ。
「頼む…」
「……わかった。あなたを、ディアモの基地まで送る…」
助かった。
笑顔になったその瞬間、俺は激しい眠気に襲われた。
―――…
「というわけで、ザクロが復帰するわ。」
通信室にやって来たザクロ。
「もう平気なんですか?」
「あぁ。もう闘える。」
そして、わたしの手元を見た。
「刀、預けてたろ?ありがとうな。」
「うん。」
そう言って刀を渡す。そのとき一瞬だけ触れたザクロの手が、何よりも冷たかったことにわたしは気づけなかった。
「もうそろそろだな。」
「うん。そろそろ。」
敵の気配はまだしない。
殺気も感じない。
「ザクロ、あんたなにも聞いてないの?」
「あぁ。すまない。」
そうか。
なら、待つしか無い。
「ザクロ、本当に傷はいいんだね。」
「あぁ。」
ならいい。
しっかし、暇だな……
「ふぅ…緊張感抜けちゃうね。」
「なーに言ってんだよ。」
「はは、確か……っ!」
背後から殺気を感じた。
チェックメイトガンを向け、引き金を引こうとした瞬間だった!
「んなっ……!」
襲ってきた正体に、わたしは息を呑んだ。
「ザクロー!?」
「ぅおぉぉおお!!!死ねぇぇえ!!!」
その刀が、わたしの真横を通り過ぎて、わたしの横にいたザクロの肩を斬る。
血が、ザクロの顔を飾る。
「ザクロ!!」
「春!こいつは偽物だ!!」
「えっ、はぁ!?」
斬られたザクロを見ると、その肩の下には斬られていない地肌が見える。
「お前はフェノーサか!?」
「ふん、気づくのが遅かったな!」
すると、その男はベリベリとマスクをはがし始める。
「俺はフェノーサ、最強のマフィアと謳われた、フェノーサだ!」
「なにっ…!?」
わたしは距離をとってフェノーサを睨みつける。
「なぜザクロに化けた!」
「はっ、利用しやすいからに決まってんだろうが。」
―プチン……
「あんた…あんた…あんたわたしを信用させるために、恩返しをするなんて言ったの!?」
「あぁ。」
「お前は、その甘さのせいですべてを失う!!っはははは!!傑作だぜ!!!」