第三話 わたしは女の子です。
「…ってんなところで死ねるかぁぁあ!」
脚払いをしたが華麗に避けられた。
でも、これで距離は遠のいた。
「次は斬り殺す。」
「させるかっ」
向かってきたトンファーをなぎ払って、わたしは床を転がりながら雲雀先輩を睨みつけた。
「何、その目。」
「敵意です。」
「ふぅん。」
この際だからはっきり言ってやる。
「あんた、人の感情考えたこと無いでしょ!!」
その時、雲雀先輩の動きが止まった。
「だから。」
「え。」
「だからなに。人の気持ちなんてどうでもいい。僕は、僕がどうしたいかで全部決める。」
こ、この人の冷酷さって……。
「だから僕は、マフィアに協力するもしないも、自由なんだよ。」
「はっ…!?」
足下に、何かが絡まった。
まさかっ。
「反則だっ」
絡まっていたのは。一本のトンファー。
「きゃっ……!」
見事に転び、先輩の足下に顔がある状況。
これどうしましょう。
「君の、負けだよ。」
先輩の足が、ふわりと浮いた。
え、女の子の顔踏みつぶす気なの!?
「…!!」
思いっきり目を瞑った。
(やるなら、やりやがれっ!)
―ムニ
「……!?」
なんだ、この感じは。
「おい。鼻つはんで、なにひへんでふは?」
「…骸六、いるんだろ?」
雲雀先輩は、しゃがみこんでわたしの鼻をつまんだまま、後ろを振り返った。
「あれ?気づいてましたか?」
「当たり前だよ。君の気配に僕が気づかないはずない。」
骸六さん?なんで、ここにいるの?
「いやぁ、雲雀くんだったら本当に春ちゃんを殺しちゃうんじゃないかと思ってね。」
「こんな奴相手に、僕が本気を出すと思ったの?」
馬鹿にしてるよねぇ、これ。っていうか、鼻、放しなさいよ!
「ねぇ、いつまで他の学校の生徒がここにいるの。」
「あ、ごめんね雲雀くん。春ちゃん連れてすぐ出ていきますから。」
雲雀先輩の手を掴んで、わたしの鼻からどかす。そのままわたしの肩を掴んで引きつけた。
「!?」
「行こう、春ちゃん。」
近い近い!いい加減その接近戦はやめろ!!
「こんな危ない奴と、一緒にいないほうが身のためですよ。春ちゃん。」
耳元でささやく骸六。うざい!近い!近すぎて逆にムサい!
「帰りましょう。春ちゃん。」
肩に腕を回され、ちょっと顔が近い。
「あの、あなたも充分危ない人なんでっ、一人で帰ります!」
腕を振り払って、わたしは生徒会室を飛び出した。
なんだ、なんだったんださっきのは。
っていうかわたし、よく生きてるな!!
まず自分を褒める!うん、すごいよわたし!
いやぁ、家、道場でほんとよかったぁ。
ニコニコしながら歩いていると、急に腕を掴まれた。
「誰!?」
「ねぇあなた、ちゃんと渡してくれた?」
「あ、ファンの子ですか。渡しましたよ、命がけで。」
わたしの目の前で「あはは」と苦笑いする女の子。
「もしかして、その膝の怪我は…」
「あ、違います違います!勝手に転んだだけです。」
「そう…よかったぁ。」
この子、笑うととても可愛い。多分、みんなに可愛い可愛いって言われて、すごくおとなしいんだろう。
まさか、わたしと雲雀先輩が喧嘩してただなんて、言えるか。
「無理なこと頼んでごめんね。」
「いいや。大丈夫だよ。」
にっこりと笑って女の子を見る。
「その、で、先輩はなんて言ってました?」
「…。」
きたか、その質問。
「さぁ、渡してすぐに逃げてきたから。」
とびっきりの笑顔で女の子を見る。
さぁ、わたしの感情を読んでくれ!これ以上は聞くなという気持ちを読み取ってくれ!!
「そっか…わかった!」
よかった。わかってくれて。
わたしは、「ありがとう」とだけ言ってその場を後にした。
「でも、気をつけてね。」
「彼は、いつどこで現れるかわからないから。」
―え……?
なんのこと?、と聞きたかったが、後ろを振り向いても女の子はいない。
どこに行ったんだろう…。
辺りを見渡しても、誰の姿もない。
どうしてだろう。さっきまでそばにいたのに。
「春。」
その声に、体が異常に反応した。
(まさかっ…!)
「ひっ、雲雀先輩…!?」
「ねぇ、さっきの束の中にこれが入ってたんだけど、君の悪戯?」
スッと差し出された一通の手紙。
中を見てみると、そこには、一つの文が。
『ディアモは死す』
…?それは、なんのこと?
「あの、これ…」
「君の悪戯じゃないってわかったならいい。ボスの所に行くよ。」
「わたしもですか!?」
「文句あるの。」
さっきの喧嘩のせいか、わたしはさっきよりも雲雀先輩が、怖い。
「無いです…。」
「そう。」
わたし、こんなものまで運んでいたんだっ…。
それじゃぁまるで、先輩に脅迫してるみたいだよね。
「すみません…」
思わず謝るわたし。ってなに簡単に頭下げてんだ!!
「君は謝る必要あるの。」
「ないです…。」
この人、どうしてこんなにも……!?
「どうしたの?春…。」
「先輩、わたしのことからかってます?」
ごめんなさい。わたし、わかっちゃいました。
「あなた、雲雀先輩じゃないですよね?是非、化けの皮ひん剥いた姿見たいんですけど、いいですか?」
すると、先輩、いや誰かがニヤリと笑った。
「僕が雲雀じゃないって、どうして気づいた?」
「もし先輩だったら、わたしが手紙を送ったと思ってまず攻撃してきます。」
しばらく沈黙が続いた。
すると、どこからともなく、霧がでてきた。
「君、ディアモファミリーの一員なんだよね?」
「違います。わたしは巻き込まれただけです。」
「ふーん。でも、雲雀は唯一君だけを隣に置くことを許しているよね。」
この人、だれ?
そこまで雲雀先輩にこだわるって、もしかしてそういうご趣味?
わたし、引くよ?全力で。
「僕はディアナ。そう言えば、誰だかわかってくれるよ。」
そう言うと、霧が一層濃くなって、男の人の姿が消えた。
なに、あの人。
とりあえず、ボスのところに行って、正体を暴かないと。
わたしがすっきりしない。
わたしは、昨日の記憶を頼りに、ボスのいるビルにたどり着いた。
「ぼ、ボス…。あの、聞きたいことがあるんですけど…」
「お!こんにちは春ちゃん!こっちおいで。」
「あ、はい…」
手招きされて、わたしはボスの前に来た。
「で?何が聞きたいの?」
「今日、帰る途中でディアナという人が、雲雀先輩のマネして脅してきました。」
ディアナ、その言葉を聞いた瞬間に、ボスの顔色が変わった。
「その人、目は何色だった。」
「目?たしか…緑色だったと…」
「春ちゃん、ちょっと失礼!」
へ!?
ボスがいきなり立ち上がってわたしの肩や腕をポンポンと叩きはじめた。
そして、肩についていた銀色の物を見つけるや否や、叫び出した。
「大場!逆探知!」
「桜木は外へ!!」
え、ええ、え!?これ、なにが起こってる!?
わたしヤバいポジション!?
「逆探知成功しました!!」
「うっし!!春ちゃん!ありがとう!!」
肩をつかまれてぐらぐらと揺すられるわたし。
「な、何がですか〜?」
「春ちゃんのおかげでディアナの居場所もわかったし、アジトも見つけられた!本当に助かったよ!」
「そ、そもそもディアナってなんですか!?」
そこで肩から手がどかされて、わたしはようやく解放された。
「ディアナっていうのは、俺たちとは対立してるファミリーでね。最近になってから、時々ディアモを襲い始めるようになったんだよ。雲雀なんか、大切な人を殺されちゃったからね。」
―!?
「ディアナのアジトがわからなかったから、今まで苦戦してたんだけど…。じゃぁ、斬り込み隊長でも呼んで一緒に脅しに行こうか。」
「ぼ、ボス…?」
「あ、心配ないからね。帰ってきたら笑顔のお迎え忘れずに!」
手を振りながら笑顔で去っていくボス。
わたしは唖然としながらその様子を見ていた。
すると。
「あ、お疲れっす。骸六さん、雲雀さん。」
「お疲れ。あれ?春ちゃんは?」
「奥にいるっすよ。ボスの部屋っす。」
「はい。」
だんだんと近づいてくる足音。
隠れたかった。なんだか、ものすごく隠れたかった。
でも、隠れる暇も場所もなくて、わたしはそこに立ち尽くしていた。
「何やってるんですか?」
「な、なんでもないの。」
その場は、これでやり過ごしたかった。
なんとなく雲雀先輩のほうを見ると、わたしをまじまじと見ている。
ひゃぁ〜!こっち見んなぁ!
「春ちゃん?」
ゾクッとした。思っていたよりも近くで骸六さんの声が聞こえたから。
「あの、確認したいんですけど、わたしってこのファミリーの仲間なんですか?」
「そうですよ。」
骸六さんが即答した。雲雀先輩は何も言わない。
「ありがとうございます。じゃぁ、わたしもう帰ります。」
スッと骸六さんと雲雀先輩の隣を通り過ぎた。
「え?ちょっと春ちゃん?」
「何でも無いです!わたしちょっと今日変なんです!」
変?
そう。変よ。
わたし、ボスが『雲雀なんか、大切な人を殺されちゃったからね。』って言ってから変だよ。
なんで?
別に先輩のことなんかどうでもいいじゃない。さっきだって殺されかけたし、全然優しくないし。
いつも武器持ち歩いてるし…。
でも、でも知りたい。その、大切な人って、だれ?
「春。」
雲雀先輩の声で、わたしは進む足を止めた。
「ボスから、何かよけいなこと聞いたな。」
「…うん。」
「何を聞いた。」
「先輩の、大切な人が、殺されたって…」
しばらく沈黙が続いて、先輩が口を開いた。
「なんだ、そんなこと。」
「そ、そんなことって…。大切な人殺されたのに、よくそんな落ちついて…」
「君には関係ない。あれが死んだのは僕のせいだ。」
視線でわかった。「これ以上、関わるな」という顔をしている。
わたしは黙って頷いて、また歩き出した。
雲雀先輩は、何か隠してる。
超直感だけど、絶対にそうだ。
なら、それを知りたいと思うのは、邪道ですか?