第十四話 動き出した陰 〜暗殺部隊編〜
先輩がわたしを信頼してくれた。それが、こんなにも嬉しいなんて、思っても無かった。
だからわたしは、その日、気づいた。
この人が、わたしの大切な人なんだなって。
「先輩、そろそろ起きてください。重いです。」
「ん…」
雲雀先輩は、ようやく目を覚ました。もう軽く2時間は寝てるよ。
「そろそろ帰りましょう。」
「…ねぇ、誰に向かって指図してんの?」
コツンと、トンファーで頭を叩かれる。
それが思っていたよりも優しかったので、それにも驚いた。
「す、すみません!か、帰りますか…?」
「…ん」
ゆっくりと起き上がって、先輩が制服のブレザーを手に取る。
わたしも立ち上がって、窓の外を見る。もうすっかり暗いな…
「行くよ、春…」
「あ、はい!」
先輩はすでに生徒会室から出ていて、わたしはそれを追いかけるようにして走った。
「春、止まって。」
「?」
指示通り止まって、辺りを見る。
なんかこんな時に、敵か!?って思うようになった自分が悲しい。
「せんぱ―…!?」
頬に、何か触れた。
それが、何かだったかは今もよくわからない。
でも、先輩の顔が一瞬だけ近くなったことは確かだ。
「―ぇ。」
「お礼…行くよ。」
「―ぁ、はい!」
目をぱちぱちさせたまま、わたしは先輩の後に続いて校舎を出た。
”お礼”
って、言ったよね。さっき。
なんのお礼?肩貸したお礼?Why?あの人がお礼?
まさか有り得ない!
「ん…何やってんの。」
真剣に考え込んでたもんだから、先輩も不審に思ったらしい。
「いや、何でも無いです…」
「そういうのが、一番気になるんだけど。」
わたしの顔を見る先輩。ひゃー!そういうのやめてくれぇい!
「…なに、顔色変えてんの?」
「なっ、なんでもないんです!べっつに照れてるわけじゃないですよ!」
あぁ…馬鹿だわたし。んなの自分から全力で照れてます!って言ってるようなもんじゃぁないか!
「…そう。」
それだけ言って、また前をむく先輩。
なんとかやりきったが、今のわたしはろくに先輩の顔も見れない状況であることがこれでわかった。
どうすりゃぁいい!この人は絶対にそんなつもりじゃぁない!
それは確実だ!この人が恋愛感情を持つはずがない!期待するだけ…無駄…
ってわたしは何考えとんじゃー!!!
一人で脳内パーリーを起こしているわたしは、先輩から見たら異常だろう。
でも、乙女なんだ!わたしも一応、乙女なんだよ!
「ねぇ、君…なにやってるの?」
わたしの事かと思って顔を上げると、そこには骸六さんがいた。
「骸六さん!?」
「やぁ、春。それとひばりん。」
ひばりん!?
この人、本当に怖い物知らずだなぁ…殺されるよ、そのうち。
「今帰りですか?二人で。」
「そこ…強調しないでください…」
「照れなくともいいじゃないですか。」
そのとき、わたしと骸六さんが二人で話しているのを見ていた雲雀先輩が、動いた。
「行くよ、春…」
「ぇ…」
腕をしっかりと掴まれて、ちょっとだけときめいたりしてみるわたし。
「妬きもちですかー?」
などと骸六さんが笑っているが、先輩はその話など全く聞いていない。
「そんなに春が気に入ってるんですか?雲雀。」
その一言に、先輩が立ち止まった。
そして
「…悪い?」
「―///!!」
驚いたのはわたしも骸六さんも同じだった。どうしたんだ、この人は!
「そ、そうですか…冗談のつもりだったんですけどね。」
「…」
黙り込む先輩。ミステリアスだ。
「それでは、邪魔者は退散しますか。」
少しだけ悲しそうな顔をした骸六さんが、手を振って暗闇に消えていく。
取り残されたわたしたちは、更に気まずくなった。
「行くよ…」
しばらくして、先輩がそう言った。わたしは素直についていった。
そんな幸せな二人を、陰から見つめる怪しげな瞳。
それには殺意がこめられていた。
―翌日
「おはよーございます…」
い、一睡もできなかった…!!
けっきょく家に帰っても頭はオーバーヒートしたままで、風呂の中で危うく窒息死するところだった。
「宇都宮、おっはよー」
「あー…春日かー…」
「何よそのリアクション。」
くそぅ。わたしの悩みなど知らないくせにぃぃい!
でも相談するわけにもいかないぃぃい!
「宇都宮?相当変だよ…?」
「今の私は頭がおかしいの、だから放置してて。」
「どーしたのよあんた。なーに?恋でもしたの?」
―!!
「―…マジで?」
「―……違うもん」
顔は真っ赤。目は涙目。強く握られた拳。
「あの人はわたしに興味があるわけじゃないもん!」
「ちょっと宇都宮?」
わたしはそう言って屋上に逃げ込んだ。
誰にも見つからないように。
「はー…わたしは一体どーしちまったんだ。なんでこんなに……」
言いかけて、やめた。
辺りを注意しながら見ていく。
「―……誰っ。」
扉の影に気配を感じて、わたしは鋭く問いかけた。
「へぇ…気づいたんだ。」
「…?」
扉の影から現れたのは、一人の男。この学校の制服は着ていない。
「じゃあ…死になっ!」
「えぇ!?」
わたしが驚く間もなく、奴はわたしに向かって何かキラリと光る物を投げつける。
それがナイフだとわかった瞬間、わたしはチェックメイトガンに手を伸ばした。
「―!?」
しかし、わたしがチェックメイトガンを抜く間もなくそのナイフがわたしの腕をかすめたのだ!
「っつ…!」
切れた肌からは血が流れ、制服の真っ白なシャツを赤黒く染め上げている。
「―そこ!!」
―バン!
と、一発だけ放った弾は、無惨にも扉で塞がれ、男には当たっていない。
とりあえず距離をとらないと!
「逃がすかよ…!」
男が扉の影から出てきた。
「――…かかった」
わたしはクルリと振り返る、片足でバランスをとりながら、しっかりと狙いを定めてもう一発だけ撃った。
「ちっ…!」
弾は男の脚をかすめたが、まだ気絶する程の効果は出ていない。
「くそっ…!」
わたしは片足だけで保っていたバランスが崩れて見事に転倒。
それを見た男が、ニヤァと笑った。
「これで…お終い!」
男が、ナイフを投げつけた!
死ぬっ…!!
そう思って、強く目を閉じた。そのはずなのに、いつまでの身体に痛みは伝わってこない。
なぜだろう。そう思って、顔を上げた。
「―!?」
「なに…お前。」
そこには、ナイフを指と指の間で掴んでいる、先輩がいた。
「ねぇ君…ここの生徒じゃないよね…」
その声には、殺気がやどる。先輩はトンファーを取り出し、フッと笑った。
「この学校には、関わらないでくれないかな…」
「なんだ、こいつ…」
「ここは、僕のテリトリー(占拠地)だよ…。」
先輩が、ナイフを捨てて相手に詰め寄った。そのスピードは、ヤバい。
「なんだこいつっ…!」
遠隔戦の得意であろうこの男は、先輩みたいな接近型は苦手だったようだ。
「ちっ…!」
男はひらりと飛び上がり、屋上の給水タンクの上に座る。
「やーっば…この男のことすっかり忘れてた…」
「…降りてきなよ。」
「やだね。死にたくねぇし…シシッ…」
すると先輩は、驚くべき行動に移った。
「春、借りる。」
わたしが返事をする時間もなく、先輩はわたしの手からチェックメイトガンを奪い、一発撃った。
「―!?」
それは見事に奴の肩に命中したらしく、奴はタンクのある場所からゆっくりと倒れる。
「…ん。やっぱり使い物にならない…返す。」
先輩は、何を思ったのかそれをわたしに返却した。
「え…」
「なに、文句ある?」
先輩がわたしの顔を見る。そこで思い出してしまった。
昨日の、ほっぺちゅーのことを。
「い、いいいいや、先輩っ、またどーしてこんなところにっ?」
「うるさいよ。」
先輩の手が、頭の上に乗った。ちょっと待てよこれ、なに普通にタッチしてんだよ。
「…春?」
「なんでもないです…た、助かりました…」
下を向いて、絶対に上を向かないと誓った。今の顔、絶っ対に見られたくない。
とくに、この人には…
「わたし、授業戻りますね。」
「…」
もう心臓が保たないと思ったわたしは、逃げるように先輩の手を頭から退かした。
でも、その時にちらりと先輩と目が合う。
その目は、なんだか少し怖かった。
目だけで、”行くな”と訴えているような気がしたのだ。
「き…気分が変わったので、やっぱりここにいます…」
「そう…」
先輩は表情一つ変えずに、わたしの隣に座った。そしてそのまま、昼寝へ。
(寝顔は、すごくきれいなんだけどな…)
常にあの殺気を含んだオーラを発してるから、誰も寄せ付けない。
損してるよなぁ…
わたしが、先輩の横にコロンと寝っ転がった。
すると、多分だけど、シャッター音が聞こえた。
目を開けて、扉のほうを見る。
そこには、ニンマァとした顔で立っている、女の子が一人。
「だれ…?」
わたしがそう聞くと、女の子はちょっと驚きながら答えた。
「2年1組、須藤です。」
ニコッと笑いつつ、手に持っているカメラを隠す。
「今、撮った?」
「はい。バッチリ。うふ。」
最後の”うふ”はいろいろと突っ込みたいところがある。待って、やめて!
「わたし、新聞部なんです。」
「新聞部!?」
サーっと血が引いていくのがわかった。これ、ヤバいよ。
今の写真だけは、今のツーショットだけは、絶対に載せられるわけにはいかない!
「今の写真消して!」
「絶対に嫌よ。これ、大スクープよ大スクープ。」
「いい。これ、あなたのために言ってるんだけど。もしこれがあなたが載せたってわかったら、あなた絶対に雲雀先輩に殺されるよ。」
言っている意味を理解したのか、少しだけ須藤さんの顔が引きつった。
「気をつけてねー。」
それだけ言って、わたしはもう一度雲雀先輩の横に座った。
―まったく。どっちが番犬なんだか…