第十話 決意の時 〜アルマーノ編〜
わたしは、けっきょくマフィアの格好のまま教室を飛び出してしまった。
正確には、連れ出されたのだ。
「春、雲雀、次はあそこに行きましょう。」
この、宇宙一文化祭の似合わない男に。
「骸六さん…先輩の機嫌がえらく悪いんですけど…」
「それは俺の責任じゃありません。」
などと言いながら、骸六さんはちゃっかりわたしの手を握っている。
おい、文化祭デートじゃないんですけど!!
しかもこんな服着てるからか、視線が集まるのなんのって。
「はぁ…」
「つまんないですか?」
わたしのため息に気づいた骸六さんが、ぼそりとつぶやいた。
「いや、そうじゃないですけど…視線が…」
「じゃぁ、ちょっと人ごみから抜けましょうか。そろそろ雲雀の限界もきてますしね。」
骸六さんは、そう言うと更に強くわたしの手を握って、人の多い通路から抜け出した。
たどり着いたのは、裏庭だ。ここは、普段あまり使われていない。
しかし、告白スポットだというのは聞いたことがある。
「雲雀、春…気づいていますか?」
わたしたち以外の人がいなくなると、骸六さんが言った。
その時に手は放され、わたしは不思議そうに骸六さんを見た。
「何にです?」
わたしが言っても、二人とも答えないである一点を見つめている。
先輩は無表情のまま、骸六さんは楽しそうに笑ったまま。
「あなたは誰です。さっきから俺たちをつけているのは知っています。あまりにしつこいと、うざい、ですよ。」
そう言うと、柱の陰から、見覚えのある男がでてきた。
「居町くん…?」
わたしは驚いて彼を見る。しかし、当の彼はわたしに向かって微笑んでいる。
「つけてるって言い方、失礼だな。」
「おや、よく見たらあなたはアルマーノの幹部ではありませんか?」
「えっ…?」
わたしは居町くんを睨みつけるように見た。
彼が、アルマーノ?
「あれ…バレてる?俺、完璧に騙してたつもりだったんだけどな。」
―完璧に、騙してたつもり…?
「しょうがないだろ?上からの命令だ。逆らったら、こっちも命の保障が無い。」
―命の保障?
「まぁ、これで色々と情報を得られたから、宇都宮には感謝してるよ。」
「へぇ…無事に帰れる自信があるんだ…」
先輩はやる気満々で腰の方に手をやった。トンファーを取り出す気かと思った。
だから、反射的にわたしは先輩を止めていた。
「なに…?」
「彼は、アルマーノです。これ以上情報を投げ出すようなことは…」
「春の言う通りですよ。この場合は、俺の専門部門です。」
ニコリと笑う、骸六さん。
すると、いきなり木々が蔓を延ばしはじめた。
「へぇ…これが幻術師の力…」
感心したようにその蔓を見つめる居町くん。今の彼は、状況を理解していないのだろうか。
「ここまで力を高めていたなんて…やっぱり100年前のデータはあてにならないか。」
小さくつぶやく居町くん。わたしはそのつぶやきを聞き逃していなかった。
100年前のデータもあるの…?
それって、100年前にも今と同じようにディアモを探ったことがあるってこと?
「居町くん、どうしてわたしたちの情報を集めてるの?」
「教えられるわけないだろ。」
居町くんはわたしに見向きもせずに答えた。それが少し悲しくて、ショックだった。
彼は、本当にわたしたちの敵なんだ。
「でも、チェックメイトガンについて詳しく教えてくれたら、もうディアモは探らないって約束してやってもいいよ。」
交渉を、持ちかけてきた。
わたしたちは、互いに目を合わせた。
「どう?」
風が吹く、この、文化祭で浮かれた空気をさらっていくように。
そして、わたしたちは結団した。
「その交渉は、断らせてもらうね。居町くん。」
わたしは、笑顔で言った。すると、居町くんは豹変した。
アルマーノである彼は、とても普段からは想像できないくらいに残酷だった。
「じゃぁ…死んでよ。」
小型の銃がポケットから取り出され、わたしにその銃口が向けられる。
わたしは、驚いてもいなかった。銃口を向けられるのは、慣れているから。
「わたしを殺すの?」
「さぁね。」
「わたしを殺したら、一生チェックメイトガンの情報集まらないよ。」
「それでもいい。」
わたしたちは困ったように顔を見合わせた。
骸六さんは、こう言った。
「彼女を簡単に死なせるわけにはいかないのです。」
「わかってないね。全部、原因は全部そいつなのに。」
わたしに投げかけられた、敵意。それは、冷たく、憎しみがこもっていた。
「そのガンのせいで、俺たちは…」
「もういいよ、司。」
急に、どこからか女の子の声が聞こえた。
「か、春日さん!?」
「なによ宇都宮さん。そんなに驚かなくてもいいじゃない。薄々気づいてたくせに。」
いや、まったく気づかなかったんですけど…
まさか、春日と居町くんが繋がってたなんて…
信じたくないんだけど。
「司、あんたがぶっ壊れる前に、早く行くわよ。」
春日さんは問答無用で居町くんの腕を掴むと、引きずるようにわたしたちの前から去っていこうとする。
「宇都宮さん。」
黙って見送っていると、春日さんが口を開いた。
「これから、司があんたに近づいても、あんたは一切無視してくれない?」
「え。」
「司には司なりの事情があるの。だからなるべく近づかないであげて。それが、あんたにとっても司にとっても一番いい方法だと思うから。」
それだけ言って、わたしの返事なんか聞かずにさっさとどこかへ行ってしまった。
3人ともその場に立ち尽くした。
誰も、口を利かない。あの空気の読めない男でさえも、なにも言わなかった。
「着替えてくる。」
どれくらいの時間が過ぎただろうか。
わたしがそう言って更衣室に走り出そうとした。それを、骸六さんが手を掴んで止めたんだ。
「あなたは、悪くありません。」
骸六さんは優しく微笑んだ。
わたしも笑って、「大丈夫です」なんて言って逃げるように更衣室に走った。
―だって、すごく怖かった。
居町くんの見たことも無い憤怒の顔。あれ、春日さんが止めにきてなかったら本当に撃たれてたかもね。
腕が少し震えてる。
長袖着てたおかげで、あの二人にはバレなかったかもしれないけど、わたしは震えてる自分が馬鹿みたいだった。
「なに…泣いてんだろ…」
ちょっとだけでてきた涙を拭って、わたしは制服に着替えた。
更衣室をでると、二人が少し離れた場所で待っていてくれた。
「すみませんっ!」
「いいえ。それより、早く模擬店行きましょう!」
骸六さんはさっきのことを忘れているかのような顔でわたしを見た。
「はい。」
「ねぇ、焼きそば食べたいんだけど…」
先輩の発言に少し笑いがおこり、「はい、わかりました!」なんて張りきって飛び出していった。
隣には、二人。
さっきまでの暗い雰囲気なんか無かったことになっているかのようだった。
この仲間たちと、ずっと一緒にやっていきたい。
ディアモに入って、初めてそんなことを考えたかもしれない。