玲とさくら~宿命の決闘
プロローグ
水野さくらは、ショートカットの黒髪をしており、まるで太陽の光を浴びたかのように、元気に飛び跳ねていた。彼女は明るく活発で、カジュアルな洋服を身にまとい、流行には常に敏感だった。周りには友達がひしめき合い、彼女の笑い声はまるで春の風のように、心地よく響いていた。
「見て!このポーズ!」と、彼女は無邪気に言いながら、腕の筋肉を見せつける。まるでレスリング部のエースであることを誇示するかのように、笑顔を浮かべては、ポーズを決める。周囲の友達は、そんな彼女を見て笑い転げていた。
「さくら、筋肉自慢はもういいから、早く行こうよ」
と、友人の一人が言うと、彼女はそのまま明るい笑顔を崩さず、軽やかに答えた。
「だって、私の筋肉はみんなの元気の素なんだから!」
彼女の声は、決して大きくはないが、確かに周囲の空気を変える力を持っていた。
ある女子が尋ねた。
「さくら、レスリングやってて、怖くないの? 痛くないの?」
さくらは無邪気に首を振って答える。
「全然怖くないよ!むしろ、相手を倒す瞬間がたまらなく楽しいの!」と、さくらは目を輝かせながら言った。
友達の一人が「それって、ちょっとドSなんじゃない?」と笑いを交えながら続けると、さくらは照れくさそうに頬を赤らめた。
「そんなことないよ!私はただ、勝つのが好きなだけ!」
明るく返すと、再び元気な笑い声を響かせた。
そんなさくらを、教室の隅で冷ややかに眺めている女子がいた。玉島玲という名の彼女は、静かに、まるで何かを観察するかのように、周囲のざわめきを見つめていた。彼女の黒髪は、見事なまでに丁寧にまとめられ、まるでその髪型の背後にある秘密でも隠すかのようだ。いつも着物を身にまとい、優雅さを漂わせるが、その姿は決して華やかさとは無縁で、どこか陰のある美しさを醸し出していた。
さくらの周りには、いつも賑やかな少女たちが集まり、笑い声や戯れの声が飛び交っている。しかし、玲にはその輪に加わることはなかった。玲にも話す人はいるが、さくらと違って限られているし、言葉も少なめだった。玲の家は、何か大きな事業をしており、お嬢様だろうと、クラスメイトは話していたが、彼女自身は自分について詳しく話すことはなかった。
気さくなさくらだったが、玉島玲だけはどうしても苦手に感じれた。いつも着物を着て過ごす
玲は、さくらからすればまるで異世界の住人のようだった。彼女の冷静な眼差しが、自分の無邪気さを軽んじるように思えたからだ。
「玲って、いつも一人だよね。本当に友達いないの?」一度、さくらは無邪気に尋ねたことがある。玲は一瞬、驚いたように目を見開いたが、すに静けさを取り戻し、淡々と答えた。
「友達がいるかどうかは、重要ではないから。」その言葉は、彼女の心の奥に何か重いものを感じさせた。
2 玲とさくら
ある日の放課後、移動教室の時、廊下を歩いていて、たまたま斎藤竜二にぶつかりそうになった。
「ご、ごめんなさい!」玲は慌てて頭を下げた。彼女の心臓はドキドキしていた。斎藤は笑顔で「大丈夫だよ、気をつけてね」と言った。その声に、玲は一瞬息を呑む。
竜二は、玲の紫色の着物を見て言った。
「その着物、すごく似合ってるね!」と斎藤竜二が微笑む。玲は驚きと嬉しさで胸がいっぱいになった。彼女は言葉を探しつつ、少し照れながら返した。「あ、ありがとうございます…」その瞬間、彼女の心の中に小さな炎が灯ったように感じた。
玲の心は、いつもの冷静さを失っていた。彼女は、竜二の言葉を思い返しながら、これまでの自分がどれだけ窮屈だったのかを実感する。彼の笑顔が忘れられず、心の中で新たな決意が芽生え始めていた。少しずつ、自分を解放してみよう。そう思った瞬間、彼女は初めて自分の感情に向き合う勇気を感じた。
玲は、心の中に広がる温かさを感じながら、竜二の笑顔を思い浮かべた。彼の明るい言葉が、彼女の固く閉ざされていた心を少しずつ溶かしていく。今までの自分を変えたい。そう思った瞬間、彼女は彼にもう一度会いたいという気持ちが芽生えた。次の移動教室で、彼と再び顔を合わせることを願いながら、玲は自分自身に新たな一歩を踏み出す決意を固めた。次の移動教室の日、玲は少し早く教室を出た。心の中で自分に言い聞かせながら、竜二の姿を探す。廊下の角を曲がった瞬間、彼と目が合った。竜二の笑顔は、まるで太陽のように温かかった。「やあ、玉島さん!」と彼が声をかける。その瞬間、玲の心はさらに鼓動を速め、彼の存在がどれほど大切かを実感した。
「お、おはようございます、斎藤さん」と、玲は言葉を継いだ。竜二は彼女の緊張を感じ取ったのか、優しく微笑みながら「よく会うね?」と言った。
玲はその言葉に少し安心し、心の中の不安が和らいだ。「はい、そうですね。教室の移動が同じだからかな」と、彼女は少し照れながら返した。竜二はニコリと笑い、何か話したいことがあるように見えた。それを感じ取った玲の胸は高鳴る。彼との会話が、彼女の新たな一歩になる予感がした。
玲は少しずつ、竜二と接する機会を増やそうとした。ある日の放課後、玲は勇気を振り絞り、竜二に話しかけた。「あの、斎藤さん、もしよければ一緒に帰りませんか?」竜二は少し驚いた様子だったが、すぐに笑顔で「もちろん、いいよ!」と返事をした。その言葉に、玲の心は踊るように喜びで満たされる。二人で歩く道すがら、彼女は彼との距離が少しずつ縮まっていく感覚を味わっていた。
玲は緊張しながらも、竜二との会話に夢中になっていた。「最近、趣味は何かあるの?」彼女が尋ねると、竜二は目を輝かせて話し始めた。「実は、ギターを始めたんだ。ライブにも行くんだよ!」その言葉に、玲は彼の新たな一面を知り、ますます魅了されていく。彼との会話が終わらないことを、彼女は心から願っていた。
3 さくらと竜二
「ねえ、さくら、玉島さん、近頃、なんだか変わったよね?」友人が昼ごはんの時に言った。さくらは驚きの表情を浮かべ、「え?何が?」と返した。
友人は続けて、「あのおとなしい玉島さんが、すごく楽しそうに見えるの。それに、よく斎藤先輩のところに行っているみたいよ」
「ふーん、そうなんだ…」と水野さくらは平静を装っていたが、心の中では、嫉妬が焚き付けられていた。さくらも、竜二のことを以前から好きではあったが、その気持ちを表に出すことはなかった。それが、同じクラスの、もともとどちらかというと苦手に思っていた玉島玲が竜二と楽しそうにしている姿を想像するだけで、さくらは胸が締め付けられる思いだった。
「何で、あの子があの子が私の好きな人と仲良くできるの?」と、さくらは心の中で叫んだ。そういう考えが単なる自分のわがままでしかないことは充分に分かっていたが、どうしてもその思いを抑えることができなかった。彼女は心の中で、自分の感情と向き合うことを決意する。「私も、もっと積極的にならなきゃ」と思いながら、さくらは玲の姿を見つめた。彼女の心に渦巻く嫉妬心は、ますます強くなるばかりだった。
次の日、さくらは竜二に話しかけることを心に決め、彼がよくいる場所を探し続けた。「今度こそ、私も彼にアプローチするんだから」と、彼女は自分に言い聞かせた。
次の日、さくらは放課後の校庭で竜二を見かけた。彼が友人たちと談笑している姿は、まるで輝いて見えた。
「今がチャンス!」そう思い、彼の元へ向かう。しかし、足が重く感じ、心臓が高鳴っていた。ためらう自分を振り切り、思い切って声をかけた。
「あの、斎藤さん、私もギターを少しやってるんです!」その言葉が、予想以上に緊張を和らげてくれた。
竜二は驚いた様子で振り向き、
「本当に?どんな曲を弾くの?」と興味を示した。さくらは内心の高揚を感じつつ、少し自信を持って答える。
最近は、アコースティックの曲に挑戦してるんです。斎藤さんは?」彼の反応を待ちながら、心の中で玲との距離が縮まるのを不安に思った。だが、彼の笑顔を見ているうちに、少しずつ自分も強くなれる気がしてきた。
竜二は笑顔で、
「俺もアコースティックが好きなんだ。今度、一緒に弾いてみない?」
と提案した。その言葉に、さくらの心は嬉しさでいっぱいになった。彼との距離が縮まるチャンスを感じ、心の中の嫉妬は少しずつ薄れていく。しかし、玲の存在が頭をよぎり、彼女との競争心が再び燃え上がる。
「アコースティックか、いいね!僕もアコギを練習してるんだ」と竜二が笑顔で返した。その言葉に、さくらは嬉しさと緊張が入り混じる。
「今度、一緒に弾いたりしない?」と、思わず提案してしまった。竜二は一瞬驚いた後、明るく
「ぜひ!楽しそうだね!」と応じた。さくらの胸の高鳴りは、玲への嫉妬をかき消すかのように強くなっていく。
さくらは、竜二とのギター練習が待ち遠しくてたまらなかった。彼との時間が、玲との距離を縮めるための武器になるのだ。放課後、緊張しながら彼の待つ場所へ向かう。「今日、楽しみだね!」と竜二が笑顔で迎えてくれた。その瞬間、さくらは自分の心の中に秘めた競争心を再確認した。彼女は負けないと決意し、明るく振る舞った。「はい、頑張りましょう!」
玲は竜二が演奏しているライブを見に行くことに決めた。彼のギターの音色を生で聴くことで、もっと彼を知りたいと思ったからだ。夜、会場に着くと、玲は緊張と期待で胸が高鳴った。「すごい、竜二の演奏を間近で聴けるなんて!」玲は心の中で興奮しながら、会場の中に足を踏み入れた。彼の姿を見つけると、思わず息を呑む。彼がギターを抱え、情熱的に演奏する姿は、まるで別世界にいるようだった。玲はその瞬間、彼にもっと近づきたいという強い思いを抱いた。
4 対立しあう二人
竜二をめぐる玉島玲と水野さくらの動きは互いに絡み合い、校内では常に微妙な緊張感を生み出していた。玲は竜二のことを考えると、心が躍るのを感じるが、さくらの視線が気になって仕方がなかった。一方、さくらもまた、玲との関係が気になりながらも、竜二に少しでも近づきたいという思いが強まっていた。
玲とさくらは、嫌でも教室で顔をあわせざるをえない。もともと、お互いに快く思っていなかった同士だから、どうしても接するときは言動が対応がとげとげしくなってしまう。
ある日の休み時間、さくらが教室内を歩いていて、玲の机にぶつかってしまった。
玲はその瞬間、心の中で何かが弾ける音を感じた。「何するのよ、水野さん!」と、玲は言い放った。さくらは冷静さを保とうとしたが、玲の挑発的な態度に苛立ちが募る。
「何があったの、玉島さん?」さくらは不快感を隠せず言った。玲はその言葉に対抗するように、「あなたこそ、いつもわざとぶつかってくるんじゃない?」と返した。二人の間に緊張感が漂った。周囲の友人たちも息を呑み、彼女たちの言い争いを見守る。どちらが先に折れるのか、教室の空気は一触即発の状態に。
「私がぶつかるわけないでしょ、玉島さん!」さくらは声を荒げた。玲はその言葉に腹が立ち、冷静さを装いつつも反論した。「あなたがいつも周りを気にしないから、こうなるのよ」と返した。周囲の視線がますます集まる中、二人の間には火花が散る。緊張が高まるにつれ、どちらが一歩引くのか、教室の空気は重苦しくなっていた。
「ちょっと、二人とも!」その時、教室のドアが開き、担任の先生が入ってきた。彼女の声に、玲とさくらは思わず言い争いをやめた。先生は二人の緊張した表情を見て、「何か問題でも?」と問いかけた。教室内の空気は一瞬で和らぎ、周囲の友人たちは安心した表情を浮かべた。玲は自分の心の中で、今の感情を整理しようと必死になっていた。さくらも
心の中で葛藤していた。二人の間にある微妙な距離感が、ますます彼女たちを苦しめている。さくらは思わず目を伏せ、玲もため息をついた。担任の先生が教室の空気を和らげるために話し始めるが、二人の心にはまだ火花が散っていた。このままでは終わらない。何かが変わらなければならないと、二人はそれぞれの思いを抱えたまま、教室の中で静かに反発し続けるのだった。
さくらは、竜二への思いが募るほど、一層、玲に対する反発の感情が強まるのだった。二人が教室で言い合いになることもたびたびになった。竜二のことは触れずに、双方、相手の欠点やあらさがしをするのだった。
さくらはわざと玲に聞こえるように言う。「今時、和装で過ごす人なんていないよね。もしいたら、まるで時代遅れの人みたい」
玲はその言葉に腹を立て、振り返らずに言う。「目新しい洋服に頼りすぎて、心が空っぽな人って、ただの流行に流されているだけじゃないの?」
玲の言葉が教室の空気を凍らせる。さくらは一瞬息を呑むが、すぐに反撃の口を開く。
「ねえ、玉島さん、その和装、あなたに似合ってると思ってるの?ただの昭和の残り香じゃない。」互いの言葉は刃のように鋭く、竜二をめぐって火花を散らしていた。
二人の争いは竜二をめぐるだけでなく、互いの存在そのものに対する嫉妬や競争心が、次第に二人の心を蝕んでいった。玲は自分の感情に戸惑いながらも、さくらの言葉が自分を強くするという思いを抱いていた。一方、さくらも玲の存在が自分を奮い立たせる要因だと気づき始めていた。しかし、二人の間に流れる緊張感は、依然として解消される気配を見せなかった。教室の中で、彼女たちの心の中の火花は、さらに大きくなっていくのだった。
そして、双方とも、いつか、この争いに終止符を打たなければならないと感じていた。
そしてそのためには真剣にお互いが向き合わなければなないだろう、と玲もさくらも思い始めていた。
5 交錯する思い
水野さくらのもとに、玉島玲から手紙が来た。巻紙に丁寧な文字で、次の土曜日の午後4時に、玉島家に来てほしいという内容だった。
「水野さん、どういうつもりなのかしら?」さくらは心臓が高鳴るのを感じながら、手紙を握りしめた。彼女の中には期待と不安が入り混じっていた。玲の真剣な表情が浮かんできて、何か大事なことがあるのだろう。「行くべきなのかしら…」と悩むさくらは、心の中で葛藤していた。しかし、彼女は思い切って決意を固める。「行こう、玲と向き合わなきゃ。」
さくらは白いセーター、紺色のジャケットというスタイルで、玉島家に向かった。
さくらが玉島家を訪れたのは今日が初めてだった、玉島家の庭は、手入れの行き届いた美しい景観だった。さくらは少し緊張しながら、玲の家の玄関に近づく。ドアをノックすると、玲が優雅に出迎えた。
今日の玲は、緋色の和服が華やかに揺れ、金色の花の形の髪飾りが優雅に輝いていた。裾が繊細に広がり、細かな刺繍が施された生地が優美な印象を醸し出している。髪は丁寧に結わえられ、その上品な佇まいが玲の上品な雰囲気を引き立てていた。さくらは玲の凛とした立ち振る舞いと繊細な装いに、少し緊張しながらも心を奪われていた。
玲の目には、何か強い意志が宿っている。
「来てくれてありがとう、さくら」と玲は微笑み、内心の緊張を隠すように言った。さくらはその笑顔に少し安堵しつつも、心の中の緊張は消えなかった。
「話があるの?」と尋ねると、玲は頷き、館の奥へと案内した。二人の距離は近づくが、互いの心には葛藤が渦巻いていた。この先に何が待っているのか、さくらは不安と期待を抱えていた。
「ここで話しましょう」と玲が言うと、さくらは頷き、緊張感が一層高まった。応接間の家具はどれも重厚感があり、二人の立場が微妙に引き裂かれているように感じられた。玲は深呼吸をし、目を真剣にさくらに向けた。「私たち、彼のことで話さなければならないの。」その言葉に、さくらは覚悟を決めた。
「そうね、彼のことについては避けては通れないわ。」さくらは言葉を選びながら返した。玲の真剣な眼差しに、彼女の心も少しずつ落ち着いていく。互いに競争心を抱えながらも、ついにこの瞬間が訪れたことに、何か特別な意味を感じた。玲は続けた。「私たち、同じ人を好きになってしまった。でも、これからどうするかを決めなければならない。」その言葉に、さくらは自分の心の中で渦巻く感情と向き合う覚悟を決めた。
「まずは、自分の気持ちを正直に話しましょう」と玲は言葉を続けた。
「彼を好きだという気持ちを、もう隠さないわ」さくらはその言葉に揺さぶれつつも、それに負けてはいられないと思った。
「それなら、私も言うわ。竜二への想いは本物よ。」
二人の間に静かな緊張が流れ、互いの目が交錯した。
玲がさくらに言い放った。
「本物なら、どうして私が彼と会う前に行動しなかったの? まるで、私があの人が好きになったから、自分も欲しくなったみたいね」
さくらは玲の言葉に驚き、胸が苦しくなった。「それは違うわ。私が彼を好きになったのは、あなたがいるからじゃない。私自身の気持ちなの。」彼女の声は震えていたが、毅然とした態度で玲を見つめ返す。玲の反応を待ちながら、さくらは心の中で自分の想いを整理し、互いの感情がぶつかる瞬間を迎えようとしていた。
「あなたの気持ちは分かるけど、私も負けたくないの」と玲は冷静さを保ちながら言った。さくらはその言葉に胸が高鳴る。
「私も、あの人と一緒にいたいの。だから、自分の気持ちに素直にいきたい。」
二人の視線が再び交わり、緊張感が一層高まっていく。お互いの意志の強さを感じながら、彼女たちの運命の歯車が動き始めた。
「あなたも本気なんですね」と玲が冷静に言った。さくらはその言葉に力強く頷く。「もちろん、竜二を大切に思っているから。」玲の心に少しの戸惑いが生まれたが、決意を固めた。「それなら、正々堂々と勝負しましょう。」
さくらはその言葉に応え、目を輝かせた。二人の心に宿る競争心が、さらなる火花を散らし始める。
「さくらさんは、レスリングクラブに入っているそうね」
さくらは少し驚きながらも、玲の言葉に興味を持った。
「そうよ。筋肉自慢だけど、ただの趣味じゃないの」と微笑みながら答えた。
玲は何も答えずに応接間にかけてある絵をずらした。すると。そこに赤いボタンが現れた。玲がそれを押すと、書棚の一つが自動的に動き、中から隠し部屋への通路が現れた。さくらは驚き、目を丸くした。「これ、何?」と尋ねると、玲は微笑みながら説明した。
「この奥は私の秘密の場所。ここで、私たちの勝負を決めようと思って。」玲の声には、強い意志が感じられた。
その言葉に、さくらの心は高鳴る。二人は意を決し、通路へと足を踏み入れた。
6 秘密の部屋
通路は途中から下り階段となっており、玲の誘導でさくらは一歩ずつ降りていく。
階段を下りながら、さくらは心の中で不安と期待が交錯していた。薄暗い通路の先に、どんな勝負が待っているのだろうか。玲の秘密の場所への好奇心が湧き上がる。やがて、二人は扉の前に立ち、玲が鍵を回した。
扉がゆっくりと開くと、そこには広々とした空間が広がっていた。部屋の周囲には、様々なウェイトトレーニング用の器具がおいてあり、中央には格闘技のリングが広がっていた。リングの中央には、レフリーと思しき男性が待機しており、二人の勝負を見守る準備が整っている。
壁には、様々なトロフィーやメダルが輝いており、その中には玲の名を刻んだ賞もあった。
さくらはその光景に圧倒され、目を大きく見開いた。
「ここが、玲の秘密の場所なの?」さくらは驚きを隠せず、目をキラキラさせた。
「玲。私、あなたのことを、和服を愛するだけのお嬢様と思っていたけど、どうも違ったみたいね。一体、何者なの?」
「私はただの女の子じゃないわ」と玲は微笑みながら言った。「私の心の中には、強い意志と闘志が宿っているの。私、あなたに会うずっと前から、この世界に足を踏み入れていたの。」
玲は自信満々に言った。その言葉にさくらは驚き、目を丸くした。
「本当に?そんな秘密があったなんて…」さくらは興味津々で彼女を見つめる
「そんなこと、全然知らなかったわ。でも、玉島家のお嬢さまであるあなたが、どうして格闘技をやっているの?」
玲は少し微笑んでから、真剣な表情に変わった。
「私の家は伝統を重んじるけれど、私はその枠には収まりたくなかった。強くなりたかったの。」さくらはその言葉に胸が熱くなり、彼女の真剣さに引き込まれていく。
「リングの上では、玉島家も、和服も何の価値もない。ただ己の力だけがすべてを決めるの。だから、私たちの勝負も、力だけで決めましょう。」
玲はリングに向かい、視線を強くさくらに向けた。
「さくらさん、どうする? もちろん、嫌なら逃げてもいいわよ」
玲の声は落ち着いていたが、その目には強い意志が宿っていた。さくらは一瞬迷ったが、自分の気持ちを思い出し、毅然と答えた。
「いいえ、私はやるわ。私もやるわ、玲。」
さくらは自信を持って答えた。二人の間に緊張感が漂い、同時に高まる期待に心が躍った。
「どんな結果になろうとも、私は自分の気持ちを貫く。」
玲はその言葉を聞き、微笑みながら頷いた。
「その覚悟、気に入ったわ。じゃあ1ラウンドで、時間は無制限、どちらかがギブアップするか、フォールをとるまで闘うの。敗者に何をしてもいい権利を得る、ということでどう?」
玲は挑戦的に言った。
「わかったわ」とさくらは力強く言った。玲はその決意に満ちた表情を見て嬉しそうに微笑む。
「それじゃ、準備をしましょう。さくら、あなたは青コーナーからリングに入りなさい。私は赤コーナーに立つから」
さくらはリングの青いコーナー側に移動した。そして、プロレスのリングへと上がっていく。ロープを下ろし、そこから体を滑り込ませるように中に入っていった。ロープを背にしながら立つと、心臓が高鳴るのを感じる。
着物姿の玲は慎重に赤コーナーからリングに入った。袖や裾が引っかからないよう、手で押さえながら、ロープの隙間から内側へと進んでいく。
赤コーナーに立つ玲は圧倒的な存在感を放っていた。緋色の着物に包まれた華やかな姿は、まるで舞台の主役のようだった。しっかりと髪を飾られた姿は、どこか風格すら感じさせる。リングの上で、彼女は自信に満ちた表情で周囲を見渡していた。普通なら和服でこの場所に立つことはないだろうが、彼女の立ち振る舞いは十分に格闘技の女王と呼ぶに値するものだった。
玲も赤コーナー側の階段から、リングに上がった。着物の袖がロープに引っかからないように慎重に動く。緋色の生地の着物に華やかな髪飾りをつけてリングに立つ玲は、場違いな印象を与えつつも、その姿はまるで戦うために生まれてきたかのように美しかった。
さくらは玲の姿に圧倒されながらも、意志を強く持ち直す。玲の凛とした姿は、彼女の強さを感じさせ、同時に勝負への緊張感を一層高めた。周囲の緊張感が彼女を包み込み、まるで時間が止まったようだった。玲も赤コーナーに立ち、互いの視線が交錯する。リングの上での静寂は、まるで闘いの前触れのように思えた。
7 剥ぎとられた装飾
観客のいないリングに、紺色のジャケットにスカート、白いセーターにブーツを履いた女子と、緋色の華やかな着物に金の髪飾りをつけた和装の女子が対峙している。
和服の玲がさくらに提案した。
「さくらさん、これは私たちの本当の勝負よ。同じ条件で、存分に力を発揮できるために、身に着けているものは全て取り払わない? 純粋に自分の体の力だけで闘うの。どう、覚悟はできている?」
挑発的な笑みを浮かべた玲に、さくらは静かに頷いた。
「もちろんよ、玲。私が勝つのは間違いないから!」
二人はお互いを見つめ合い、決意を固める。次の瞬間、リングの上には緊張感が漂った。
さくらはまず、紺色のジャケットを脱いだ。白いセーターに包まれた彼女の肉体の曲線が妖艶に浮かび上がる。セーターが彼女の身体にぴったりと寄り添い、動く度にその柔らかな曲線が際立つ。まるで、隠された欲望が目覚める瞬間を待っているかのようだった。素足になったさくらは、冷たいリングの感触に驚きながらも、その刺激に心が高鳴るのを感じる。周囲の静寂がかえって彼女の鼓動を強める。
続いてさくらは自分を解放するように、セーターを脱ぎ捨てた。薄い布が床に落ちると、彼女の素肌がリングの明かりに照らされ、さながら一枚の美しい絵画のように映える。
そして、そのまま紺色のスカートを滑らせるように脱ぎ捨てた。白いブラジャーとパンティだけになった自分の姿を、奥の壁面の鏡で確認する。これらの覆っている白い布も外さなければならない。ブラジャーとパンティだけになった自分の姿を鏡で確認する。さくらは、鏡の中の自分を見つめながら、心の奥で渦巻く欲望に身を委ねる決意を固めた。手が自然とブラジャーの留め具に伸び、ゆっくりと、冷たい金具が外れ、白い柔らかな乳房が解放された。ふくらみのある胸が、光を反射して妖艶に輝いていた。
ゆっくりと、最後の白い下着を引き下ろすと、艶めかしい肉体が完全に露になった。むっちりとした曲線、引き締まった腹筋、そして隠れた秘所。全てを晒し出した彼女は、凛とした表情のまま、玲のほうを睨みつけた。肉体の隅々まで緊張が走り、闘志に満ちた眼差しが相手を射抜いていく。さくらは、自分の身体の解放感を噛み締めながら、闘志を込めて叫んだ。
「さあ、玲。私の全てを見て、挑む準備はできた?これが私の真の力よ! あなたも、その華やかな装飾を脱ぎ捨てなさい。私たちの闘いに必要なものは、ただの肉体だけだもの。」
玲は目を細め、さくらの肉体をじっくりと観察した。彼女の自信に満ちた表情に、内心の緊張がほぐれ始める。
「さくら、あなたの覚悟、しっかり受け止めたわ。」玲は微笑みながら、自らの着物に手をかける。
「でも、私も負けるつもりはない。これが私の本当の姿、見せてあげる。」そう言いながら、玲は華やかな着物を脱ぎ始めた。
玲は帯を優雅に解き、華やかな緋色の和服を優雅に滑らせるように脱ぎ落とした。玲が和服を脱ぎ捨てると、薄い桃色の襦袢けが彼女の美を隠しているが、その姿勢や動きは、挑発的でありながらもどこか気品を感じさせる。二人の視線が交わり、さくらの心は高鳴り、無言のまま互いの存在を感じていた。彼女たちの間に流れる緊張感が、ますます強まっていく。
下駄と足袋を脱いだ玲の足首が、照明に照らされて艶やかに輝く。彼女はさくらを見つめ、唇を少し開いて微笑む。それから髪飾りをはずし、まとめていた髪を解き放つと、長い黒髪が彼女の背中を流れるように落ちた。
襦袢一枚だけの玲は、さくらのほうを見ながら、それを縛っている細い紐をほどく。彼女の指先が紐を解く度に、薄桃色の襦袢がゆっくりと滑り落ちていく。
全ての身に着けているものが外されて現れた玲の裸体は、華奢ながらも引き締まった筋肉の躍動感に満ちていた。小ぶりながらも柔らかな曲線を描く乳房は、まるで桜の花びらのように繊細で官能的な魅力を放っていた。彼女の身体は、和服の束縛から解放されたことで、その下に隠されていた、たくましさを存分に発揮していた。
優雅な和装を脱ぎ捨てた玲は、両腕を高く掲げ、さくらに自身の強靭な体を見せつけるようにしながら、
「さあ、準備はいい? これが私の真の姿よ。」
玲は挑発的に微笑みながら言った。さくらはその言葉に目を細め、静かに息を整える。
「いいわ、玲。あなたの真の姿、しっかり見せてもらうわ。」
さくらは自信に満ちた表情で返した。
二人はリングの中央まで進み、対峙した。
さくらは一歩前に出て、玲を挑発するように笑みを浮かべた。
「私の全力を受け止められるかしら?」
玲はその言葉に頷き、目を鋭く光らせる。
「もちろん、あなたの力を楽しみにしているわ。」
レフリーが双方のレフリーが双方の準備を確認すると、「Ready Fight!」と声を発した。それとともにゴングが鳴った途端、さくらと玲は同時に前に飛び出した。
二人の裸の肉体と肉体がぶつかり合い、強烈な衝撃がリングを揺らす。
8 密着の闘い
さくらは玲の腕を捻り上げ、その隙に体をかわして背後に回り込む。玲は冷静に反応し、さくらの動きを読み取る。瞬時に反撃を試み、さくらの腰を掴んで引き寄せた。二人の汗がしっとりとした肌に絡まり、戦いの緊迫感が一層深まっていく。観客のいない空間で、彼女たちの息遣いだけが響いていた。
「来なさい、さくら!」玲は挑発的な声を上げ、力強く踏み込んだ。さくらはその瞬間を見逃さず、腰を引きつつ玲の腕を掴み返す。
「甘いわ、玲!私の方が強いこと、証明してあげる!」
二人の身体がぶつかり合い、力の限りを尽くして戦う。リングの上で繰り広げられる攻防は、まさに真剣勝負だった。
さくらは玲の腕を捻り上げ、思わず勝利の笑みを浮かべる。
しかし、玲はその隙を見逃さず、瞬時に反撃に転じた。玲の華奢な身体からは想像もつかない力が放たれ、さくらは驚愕の表情を浮かべる。
「私の力を見せてあげるから!」玲の声が響き渡る。玲はさくらの体を一瞬で軽々と持ち上げて、リングの床にたたきつけた。大きな音が響き渡り、リングが揺れる。いきなりの玲の攻撃に、さくらは一瞬驚いたが、すぐに冷静さを取り戻した。彼女は素早く体勢を整える。
「やるじゃない、玲!」さくらは立ち上がり、闘志を燃やした。
「さくら、まだまだよ!」玲の目に鋭い光が宿る。
「そんなもんじゃないわ、さくら!」玲の目がきらりと光る。彼女は再び踏み込んで、さくらの足元を狙った。さくらは敏感に反応し、素早く横に避けるが、玲の攻撃は止まらない。「これが私の真の力よ!」玲は次々と技を繰り出し、さくらを追い詰めていった。玲はさくらの腕背中側に引っ張り、捻り上げていった。
さくらの体が玲に押し付けられ、二人の肌が密着する。互いの呼吸が激しくなり、緊張感が高まった。玲の目に浮かぶ決意が、さくらの心を掴む。
「私を倒せると思ってるの?」
玲は笑みを浮かべ、さくらの力を逆手に取る。さくらはその瞬間を逃さず、玲の身体を押し返そうとするが、玲の巧妙な動きに翻弄され、再び倒され彼女の胸に押し当てられた。
さくらは何とかして玲の体から逃れようともがくが、玲の固い胸が、さくらの柔らかな体をぐいぐいと締め付けていく。玲の肌の熱い熱がさくらの身体を包み込み、彼女の心臓が高鳴るのを感じた。逃れようとするが、玲の力強さに逆らうことができない。さくらは歯を食いしばって必死にもがく。
「……くっ、くっ、くっ…、く、苦しい。玲、あなた、こんなに強いなんて…。でも、私はまけない…」
「さくら、まだまだこれからよ!」玲はさらに力を込め、さくらを締め付けながら挑発した。
その言葉を聞いた瞬間、さくらは意識が遠のきそうになる。だが、心の奥底から湧き上がる闘志が彼女を奮い立たせた。意地でも負けるわけにはいかない。さくらは全身の力を振り絞り、玲の体を押し返そうとした。
「まだまだ、諦めないから!」
彼女は叫び、再び反撃を試みる。さくらは玲の圧力に屈しそうになりながらも、心の中で決意を固めた。
「負けるわけにはいかない!」
彼女は全力で体をねじり、玲の体勢を崩そうと試みる。すると、玲はその動きを察知し、さらに力を入れて押し返した。
「そんな技が、私に効くと思っているの!」玲の声がさくらの耳に響く。しかし、さくらは諦めない。彼は女思い切って玲の腕を掴み、逆転を狙った。
さくらは玲の腕を引き寄せ、全力で体をひねった。その瞬間、玲のバランスが崩れ、さくらは思わず笑みを浮かべる。「やった!」と心の中で叫び、玲をさらに押し倒そうとする。しかし、玲は素早く反応し、再び立ち上がる
「まだまだ甘いわ、さくら!」玲は反撃に出る。彼女は素早くさくらの腕をかわし、逆に彼女の背後に回り込む。さくらの心臓が高鳴る。
「しまった!」と思った瞬間、玲の強い腕がさくらの肩をつかみ、力強く引き寄せた。
「さあ、これで終わりよ!」玲の声が響く。さくらは必死に逃れようとしたが、玲の腕はしっかりと彼女を捕まえていた。心の中で葛藤しながら、さくらは忍耐の限界を超えようとしていた。彼女の力強い引き寄せに、思わず身をすくめる。その瞬間、玲はさくらの背中を押し込み、巧妙に投げ飛ばした。さくらはまたもリングのマットに叩きつけられ、衝撃が全身に走った。
「まだまだよ!」
さくらはフラフラになりながらも必死に立ち上がる。心臓が鼓動し、痛みを忘れさせるほどの意志が芽生えた。
彼女は再び玲に向かって突進し、反撃のチャンスを狙う。玲はその目を細め、
「来なさい、全力でかかってきて!」と挑発する。
「その言葉、返してやる!」
さくらは力を込めて叫び、玲に向かって突進した。
玲は冷静に構え、「その程度じゃ私には勝てないわよ!」と応戦する。さくらは玲の挑発に乗る形で、全力で飛びかかった。玲はその動きを読み、素早く横に避けた。さくらは空振りし、リングの端のロープにぶつかった。
だが、その瞬間、さくらはロープの反動を利用して、再び玲に向かって跳ね返った。
「今度こそ!」と心の中で叫び、玲に向かって真っ直ぐに突進する。右腕の肘部分を思いっきり玲の胸部分にぶつけた。玲は衝撃を受け、胸が押しつぶされる感覚にもがいた。
だが、すぐに彼女は冷静さを取り戻し、さくらの動きを見据える。痛みを堪えながらも、玲は反撃の姿勢を崩さなかった。
「その一撃だけじゃ、まだ足りないよ!」
彼女の声は威圧感を帯び、リングの静寂を破った。
9 さくらの反撃
「私の力、見せてあげる!」
玲は立ち上がり、さくらに向かって突進した。その瞬間、さくらは冷静に身を翻し、玲の攻撃をかわす。
「甘いのよ、玲!」
さくらは素早く反撃の姿勢に入った。さくらは玲の腕をしっかりと大腿部に挟み込み、力を込めて捻り上げた。玲は一瞬驚き、反撃の手を緩める。さくらはその隙を逃さず、玲の体を引き寄せ、胸に力強く押し当てた。
「さっきは、やってくれたわね! 今度は私の番よ!」
さくらは玲に迫り、全力で引き寄せた。玲は驚愕の表情を浮かべたが、すぐに反撃の姿勢を整える。「そんな甘い攻撃、通用しないわ!」
彼女は力強く身を捻り、さくらを振りほどこうとした。しかし、さくらは
「そんな甘い攻撃、通用しないわ!」
彼女は力強く身を捻り、さくらを振りほどこうとした。しかし、さくらは玲の動きを見逃さず、さらに力を込めて押し返した。
「さあ、玲、どう、私の攻撃は?」
さくらは自信満々に笑みを浮かべた。玲はその言葉に反応し、目を鋭く光らせた。
「……、き、きいてないもの、そんな攻撃…」
玲は力を振り絞り、さくらの体を押し返そうとした。しかし、さくらの力は衰えず、玲はますます追い詰められていく。さくらは笑みを浮かべ、さらに力を入れる。
「これが私の力よ、玲!」
さくらの言葉に玲は必死に抵抗するが、その表情には焦りが見え始める。
「そんなこと、許さない!」
玲は逆に力を込め、さくらを振りほどこうとするが、さくらはその瞬間を捉えてさらに圧力を加えていく。
「…私、あなたのことが、ずっと嫌いだったの。いつもおしとやかぶって、優等生面して!」
さくらは言葉を続けた。
「でも、今日はその仮面を剥がしてやる!」さくらの声が響く。
玲は驚き、反撃の手が一瞬緩む。
「何を言っているの、さくら?」その瞬間、さくらは玲の力を利用し、さらに強く引き寄せた。玲は必死に抵抗するが、さくらの決意は揺るがない。
10 玲の逆襲
「あなたの真の姿を見せてみなさい!」さくらの言葉が、リングの静寂を切り裂く。
さくらの声は響き、玲の目に宿る決意が揺らぐ。玲はその言葉に反応し、力を込め直す。
「私はおしとやかぶっていないわ!」
さくらは玲の抵抗を振り切ろうと、さらに力を込めた。その瞬間、さくらの目が一瞬驚きに変わった。玲はその隙を見逃さず、思い切り体をひねった。さくらの態勢が崩れた。
玲のひねりにより、さくらは倒れ込み、リングのマットに背中を打ちつけた。痛みが走るも、彼女の意志は揺るがない。
「まだ終わらない、玲!」さくらは体を起こし、起き上がろうとした。そこを逃さず、玲が軽く助走をつけると、膝蹴りをした。さくらがのけぞった。
「私の全力、受け止めなさい!」
玲はそのままさくらに向かって突進し、華麗な回転を交えた飛び蹴りを見舞った。さくらは咄嗟に横に身をかわそうとしたが、間に合わず、玲の足が彼女の肩に直撃した。痛みが走り、彼女の視界が揺れる。
「さくら、わたしも、あなたのこと、大嫌いよ。人の気持ちも知らないで、優越感に浸ってるんじゃないわよ!」玲の声が響く。「さあ、これが私の怒りよ!」
玲は更に攻撃の手を緩めず、さくらに向かって突進した。彼女の目は燃えるように輝き、怒りと興奮が混ざり合っていた。
11 幻想のおしとやかさ
さくらの心中に恐怖と怒りが渦巻く。彼女は自分の意地をかけ、必死に立ち上がった。
「やるわ、玲!」
叫びながら、さくらは反撃を試みる。玲の動きが速いが、さくらはその瞬間を見極め、彼女の足元に滑り込み、タックルを仕掛けた。玲はバランスを崩し、マットに倒れ込む。
さくらは玲の両足をつかむとさらに力を込めて押さえつけた。
「これで完全に動けないはず!」
さくらは勝利を確信しつつあった。しかし、玲は冷静さを失わず、ゆっくりと呼吸を整え始めた。
「まだ終わってないわ」
と、彼女は呟く。すると、玲は突然、力強く体を反転させ、さくらを押し返した。その瞬間、さくらは驚き、思わず手を放してしまった。
「くっ、なんて力なの!」
さくらは再び立ち上がり、玲の目を見据えた。
「私が負けるわけがない!」
玲は再び挑発的に笑うと、ロープの端まで駆け寄り、反動を利用して強烈な飛び蹴りを放った。さくらはその動きを予測して身をかわすが、玲の蹴りは思ったより速く、さくらの肩に直撃した。彼女はバランスを崩し、再びマットに倒れ込む。痛みを感じながらも、さくらはすぐに立ち上がろうとした。そこを逃さず玲がさくらの背中を狙い、全力で突進した。玲の勢いがマットを揺らし、さくらは再び倒された。
「私を甘く見るな!」
玲の声が響く。教室でいつも和服で過ごしている彼女とは思えない、野太い声だった。
筋肉質の裸体の玲は、はぼさぼさに乱れた髪をかき上げながら、さくらを見据えた。
「これが私の真の姿。おしとやかなんて幻想よ!」
その言葉と共に玲は再びさくらに向かって突進する。さくらは一瞬の隙をつき、玲の進行方向を読んで踏み込み、彼女を迎え撃つ準備を整えた。
さくらは玲の直線的な攻撃をかわし、逆に彼女の側面に回り込んだ。瞬時に力を込め、玲の腕を捉え、背中に回り込む。「今だ!」さくらは全力で玲を引き寄せ、マットに叩きつけた。玲は驚愕の表情を浮かべるが、すぐに反撃するための力を練り直していた。
さくらは玲に向かってすぐさま膝蹴りを放つ。玲は急いで体を捻り、なんとかそれをかわしたが、さくらの猛攻は続く。さくらは素早くロープに飛びつき、反動を利用して空中からの飛び膝蹴りを命中させた。
倒れてふらつく玲に、さくらは攻撃の手を緩めない。玲の自慢だった長い黒髪をつかむと、思いっきり引き寄せた。
「何をするのよ、さくらー! を引っ張るなんて卑怯よ!」玲が唸るように叫ぶ。
さくらは髪を掴んだまま、思いっきりさくらは玲の髪を引き寄せ、彼女の顔を近づけた。
「卑怯だって? これが私の戦い方なの!」玲の目に恐怖が宿る。
さくらは玲の髪を掴みあげると、思いっきり
玲は必死に抵抗し、さくらの手を振り払おうとするが、さくらの力は強く、なかなか逃げられない。
さくらは玲の髪を思いっきり引っ張り上げると、リングにたたきつけた。顔面をマットにたたきつけられた玲は、痛みに呻きながら、意識を取り戻そうと必死にもがいていた。さくらはその様子を見て、さらに攻撃を続けるべく立ち上がる。「これで終わりよ、玲!」
さくらはロープに飛びつくと、体重を利用して玲の背中にダイビングボディプレスを仕掛けた。玲は衝撃に驚き、再びマットに沈み込む。すばやくさくらは、玲の腹部に飛び乗り、床に押さえつけた。
玲は背中に重みを感じ、息が詰まる。必死に手を動かし、さくらの足を掴もうとするが、力が入らない。さくらは冷酷な笑みを浮かべ、「もう逃げられないわ!」と叫び、さらに圧力をかけた。
玲は必死に意識を保ちながら、さくらの足を掴むことに成功した。しかし、さくらはその瞬間を逃さず、逆に玲の手をマットに押し付けた。「何をしても無駄よ!」と叫び、玲の抵抗を完全に封じ込めた。
レフリーがカウントを始めた。
「……ワン、ツー、スリー!」
決着がついたことを知らせるゴングが鳴り響いた。
12 強者の誇り、弱者の屈辱
さくらは勝利の喜びに浸りながら、玲の上から立ち上がった。リングの中心で腕を高く掲げ、観客のいないリングで勝利をかみしめる。
さくらの足元には、玲があおむけで倒れていた。玲は立ち上がることができず、悔しさと痛みが交錯していた。涙がとめどなく噴き出し頬をつたってくる。
「これが私の強さ。もう二度と私を侮らないことね!」
さくらは勝ち誇ったように言った。
堂々と立ち尽くすさくらの姿が、玲の視界に鮮明に映り込む。両足を広げて、堂々と立ちはだかるさくらの肉体は、玲の心を打ちのめす存在感を放っていた。勝者としての誇りと、先ほどの闘いを乗り越えた者だけが知る強さが、彼女の表情に浮かび、玲の心を打ちのめす存在感を放っていた。
「私の負け……なのね。」
玲の声は震え、心の奥底から湧き上がる感情を抑えきれなかった。さくらは玲を見下ろして言った。
「でも、これが現実よ、玲。」さくらは冷酷に笑みを浮かべた。
「あなたは私に負けた。だから、もう何も言えないはずだわ。」
玲は手で顔を覆ったまま、心の中でさくらの言葉を反芻する。その言葉に胸を締め付けられ、心の奥底で何かが崩れ落ちる音がした。さくらの勝ち誇った姿が、彼女の心をさらに苦しめる。今まで意地を張っていた自分が恥ずかしい。
勝利したさくらに、レフリーが何か促すような仕草をした。それは、勝者が敗者に対して好きなようにしていいという合図だった。たとえ玲が玉島家の娘であっても敗者となった以上、もはや彼女の運命は全て勝者にゆだねられている。
さくらは自分の足元に転がっている玲を見下ろし、冷笑を浮かべた。彼女の心の中で、勝利の余韻が絡み合う。さくらの目には、勝者としての自信が宿っていた。さあ、これからどうするか。さくらは足を踏み出し、手で顔を覆っている玲の近くに屈みこむ。
「竜二君は、私のものよ。もう、あなたに近づく権利はないのよ。」
さくらの言葉は鋭く、玲の心をさらに抉った。彼女は恐怖と屈辱に震えながら、顔を覆った手を少しだけ下ろす。さくらはさらに玲を責めさいなむ。
「私の勝利を見て、少しは理解した?」さくらは低い声で言い、玲をじっと見つめた。玲はその視線に耐えられず、顔を背けた。
「もう、私に逆らうことはできないのよ。」
さくらの言葉は、まるで鋭い刃のように玲の心に突き刺さった。彼女は自分の無力さを痛感し、心の中で何かが崩れ落ちるのを感じた。
「今までずいぶん偉そうにしてきたけど、私が勝った以上、あなたは私に逆らえないわ。」さくらは玲の目をじっと見つめ、冷たい笑みを浮かべた。玲はその視線に耐えきれず、再び顔を隠す。さくらはその手を乱暴に払いのけて言った。
「さあ、私に逆らえないってことを思い知らせてあげる。」
さくらは玲の髪を引っ張り、彼女の顔を自分の方へ向けた。玲の目には涙が浮かんでおり、さくらの心に冷たい快感が広がる。
「この瞬間を楽しんで、あなたの負けを認めるのよ。」
そう言い捨てて、マットにたたきつけた。さくらの言葉は、玲の心に深く刻まれた。
「お願い、さくら……もうやめて。」
玲は弱々しく言った。さくらの目は冷たく、彼女の内なる痛みを楽しむかのように輝いていた。さくらは口元に微笑みを浮かべながら言った。
「いまさら何よ、元々、あなたが言ったんでしょ。勝者は敗者を好きなようにしていいって」
さくらは冷たい視線が心を抉り、逃げ場のない状況に追い込まれていく。涙があふれ出る。体の震えが止まらない。必死になって手で顔を覆った。
「さあ、私の勝利を祝ってあげるわ。」
さくらは冷酷に微笑み、玲を見下ろした。心の中で抵抗する力が消え、玲はただ屈辱に耐えるしかなかった。さくらの言葉はまるで刃物のように、玲の心を切り裂いていく。彼女は心のどこかで、この瞬間の意味を理解していた。
さくらは立ち上がると、玲への次の処置にかかろうとした。その時、壁面の鏡に目が入った。そこに映ったものを見た瞬間、さくらの口から、自分でも思ってもしない言葉がもれた。
「…悪魔…」
さくらはその言葉を呟くと、自分の心の中で何かが揺らぐのを感じた。勝者としての快感と、玲に対する優越感が混ざり合う中、彼女は一瞬、自身の姿を見つめ直す。そこに映っていたのは、勝者の自分ではなく、乱れた髪に冷酷な光を放った目をした、おぞましい怪物でしかなかった。
「これが私の姿…?」
さくらは鏡の中の自分を見つめ、心の奥に潜む疑念が膨れ上がる。勝利の余韻が消えかけ、自分のしたことに恐怖を覚えた。
「どうして、こんなことに…」
玲の姿を見て、彼女の痛みを理解しようとするが、勝者としてのプライドがそれを許さなかった。
「私が勝ったんだから、これからは私の言う通りにしてもらうわ。」
さくらは冷たく微笑み、うずくまっている玲を見下ろした。無防備な姿で、手で顔を覆ってうずくまる玲の四肢を眺める。今までは闘っているので意識していなかったが、改めてみると玲の体は、格闘技に特化して鍛え抜かれた逞しい肉体だった。その筋肉質な腕や脚、たくましい背中は、無駄な肉は一切そぎ落とされている。
さくらは思わず息を呑んだ。レスリングをしている彼女には、これほどの強靭な肉体を作り上げ維持するために、並大抵ではない鍛錬を積み上げたことが分かる。
闘うためだけに作られたと言ってもよい玲の体のあちこちに、傷やあざがある。新しいものもあれば古いものもある。
さくらはなぜ玲がいつも着物でいるのかが分かった気がした。彼女が暑い夏でも和服で通していたのは何も気取っていたからではなく、その肉体を隠すためだったのだろう。さくらはふと、玲が抱えている孤独と苦悩に思いを馳せた。彼女は強くなることを目指して、どれほどの犠牲を払ってきたのだろうか。常に厳しい闘いの中に身を置いていた彼女にとって和装は心安らぐ時間だったのかもしれない。
さくらは、玲の背負った過去を思い、胸が苦しくなるのを感じた。闘いに敗れた玲はすでに体も誇りも傷ついている。彼女をこれ以上傷つけると、本当に体も心も壊れてしまうのではないか。さくらの心に迷いが生まれた。勝者としての立場を捨てるわけにはいかないが、玲の苦しむ姿が彼女の中の冷酷さを薄れさせていく。
「壊れるのは玲だけじゃない…」さくらは先ほど鏡に映った、醜い姿の自分を思い出した。その先を突き進めば、彼女自身も、もう戻れないことになってしまう。
さくらは、これ以上、この場所にいるのが耐えられなくなってきた。震えている玲の背中をそっと撫でた。
「…これで、おわりにするよ」
そう言うと、さくらは立ち上がり、急いでリングから降りた。急に肌寒く感じた。急いで衣服を着た。だが、この地下室から玄関までどう行けばいいのか分からない。困っているとレフリーがそれを察したのか、何も言わずに先に進んだ。さくらは、ついて行った。
玲は、さくらたちが去った後もしばらくその場から動けずにいた。先ほどのさくらの言葉や行動を思い返していた。さくらが冷酷な笑みを浮かべて近づいてきたときは、彼女の心の奥で何かが崩れ、苦しみが押し寄せてきた。それでもは次々と容赦ない言葉を浴びせかけてくる。玲は自然にあふれ出る涙を止められなかった。これから、どうなるのだろうかと、恐怖と痛みが心を支配していた。
しかし結局、さくらは、「…これで、おわりにするよ」とだけ言って、玲の背中を優しく撫でて去ってしまった。
玲は、さくらの優しい仕草が信じられず、心の中で葛藤していた。
「本当に、これでおわりなの?」
彼女の心には、さくらへの恨みや恐怖と同時に、思いもしなかった優しさが混在していた。心の奥底で、さくらが見せた一瞬の迷いが、玲の心を少しだけ癒していく。玲は、ほんの少しだけ立ち上がる勇気を見出し、リングから降りた。体の節々が痛くて、動くのに時間がかかった。
ひとまず下着の長襦袢を手にして、鏡の前に立つ。
「これが、今の私…」
あざや傷だらけのボロボロになった自分の裸体を見つめていると、涙が再び溢れた。
「…でも、私はまだ立ち上がれる。」
玲は涙を拭い、長襦袢を身にまとい、下帯を締めた。ほどけた髪も少しだけ整えた。裸体を覆うことができたので、少しだけさくらの声が耳に残る。玲は自分の姿を鏡で確認し、心に決意を固めた。
「私は負けない。まだ終わりじゃない」と小さく呟く。彼女は心の中の葛藤を乗り越え、次の一歩を踏み出す勇気を持つことを決めた。あの瞬間のさくらの迷いを、無駄にしないために。
13 沈黙の教室
「あの日」以降、前は顔を合わすたびに激しい喧嘩を繰り広げていた玲とさくらの間には、不思議な沈黙が包まれるようになっていた。
嫌いあっている雰囲気はない。無視しようという雰囲気でもない。しかし、声をお互いに接するのは避けているような、その一方で意識はしているような、なんとも掲揚できない雰囲気が二人の間には流れていた。双方、言葉を交わすこともなくいる。二人の間には、目に見えない壁が立ちはだかっているようだった。
玲とさくらの急な変化に、周りも戸惑うばかりだったが、変化はそれだけではなかった。さくらは足に包帯を巻き、腕にはサポーターをつけるようになった。玲は和服なので分からないが、ちょうど同じ日から、彼女も歩くとき、わずかにぎこちない動きが見受けられた。
周囲は二人に何があったのか、あれこれ噂し合った。しかし、誰も彼女たちの真実には辿り着けなかった。互いに負った傷を抱えながら、玲とさくらは心の中で微妙な共鳴を感じていた。
玲の家にさくらが訪れた日から一週間たった。
玲は放課後、図書室で学校が閉まるまで一人で過ごすようになった。
その日もぎりぎりまで図書室で過ごした玲は、帰るため校舎の玄関に立った。外は雨が降っている。
「よく降る雨ね…」玲はそうつぶやきながら、傘をさして外に出る。校門の前に来たところで、玲の足が止まった。そこではさくらが傘もささずに雨に降られてずぶぬれになって立っていたからだ。濡れている様子から、かなり長い間、立っていたらしい。
「…さくら、どうしたの、そんなところで? びしょ濡れじゃないの」
今まで接するのを避けてきたさくらだったが、玲は思わず近づくと、声をかけた。さくらは明らかに戸惑った様子だったが、
「ううん、大丈夫、気にしないで…」
玲はその言葉に胸が締め付けられる思いを抱いた。さくらの瞳には、何かを隠しているような影が浮かんでいた。彼女の心の内に迫るものを感じ取り、玲は思わず傘を差し出す。
「一緒に入ればいいじゃない。濡れちゃうよ。」
さくらは一瞬驚いた表情を見せたが、雨の冷たさに耐えきれず、ゆっくりと玲の傘の下に入った。
「さくら、泣いてるの?」
玲の声には驚きが混じっていた。さくらの目は真っ赤にはれている。雨に濡れているが、頬のあたりには明らかに涙の跡がある。
「…ううん、大丈夫。何でもない」さくらは小さな声で呟いた。しかし、さくらがなぜ泣いているのか、玲にはおぼろげながら見当がつく。自分も数日前、同じような涙を流したからだ。
「さくら、竜二くんと帰るはずじゃなかったの?」
玲にとっては言いづらい名前だったが、玲の殻を打ち破るためにあえて発した。その言葉を聞いた途端、さくらは激しく泣きだした。
「……こうなったのも当然の報いよね。玲、馬鹿にしていいのよ。さげすんでいいのよ。だって、私、それだけのことをしたんだから。玲の体も誇りも傷つけ、大切な人も奪ったんだからね……」
玲はさくらの言葉に言葉を失った。彼女の涙が雨に混ざり、心の痛みが切々と伝わってくる。
それにしても、さくらの言う「当然の報い」とは何なのだろう。さくらはどうして、ずっと雨に濡れたまま校門の前に立っていたのか。
「私、もう耐えられない…」さくらは涙を流しながら、震える声で告げた。玲はその言葉に驚き、さくらの肩に手を置いた。
「何があったの?私に話してくれる?」彼女の心はさくらの苦しみに共鳴し、胸が締め付けられる。さくらはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。
あの日以来、さくらはずっと悶々とした。確かに勝ちはした。しかし、その恩恵を得る価値は自分にあるのか。迷うほど、かえって竜二が慕わしくなる。彼ならば、今の自分の悩みを受け入れてくれるのではないか。そんな期待が起きる。
さくらは自分から竜二のところに行くのは避けていた。しかし今日、帰るとき、竜二の背中が見えた。思わず彼のところに向かい、そっと肩に触れた。竜二はすぐに笑顔で振り向いた。しかし、後ろいるのがさくらだと気が付いた瞬間、急に期待外れとでも言いたそうな表情になったのだ。まるで邪魔者を見ているような目だった。
「竜二君、わたし、…」
「おい、さくら、お前、勘違いするなよな。俺は、お前とは最初から付き合う気なんてなかったからな。」
「……え?」
「大体、俺がガキと付き合うと思っているの? 悪いけど、俺、この後、予定があるんだ。もう、どこかに行ってくれないかな」
さくらが戸惑っていると、そこへ、背の高いロングヘアの女子がやってきた。竜二と同じ学年だ。
「おまたせー、竜二。ちょっと遅れちゃって。待った~?」
「いいや、全然。さあ、行こうか」
さくらはその光景に愕然とした。竜二は、さくらの前では見せたことのないような優しい顔でその女子と話をしている。
「ねえ、竜二。あの子はだれ?」彼女は、さくらをちらっと見て言った。
「知らない子だよ」と、竜二はあっさりと答えた。竜二の優しさが、彼女には決して向けられないことを痛感した瞬間だった。呆然と佇むさくらを残して、竜二と彼女は校門を出ていいった。
玲を前にして話すさくらの声は虚ろだった。
「…私、こうなったのも当然よね。だって玲の大切なもの、奪ったんだものね。玲、私のこと、いい気味だと思ってるでしょうね。いいのよ、さげすんでくれていいのよ。私、玲にそれだけひどいことをしたんだから。あの時、玲、本当に痛かったよね、つらかったよね、怖かったよね。かまわないんだよ、もう、好きなだけ罵ってくれていいよ。私、そのために玲が来るまで待っていたんだから。私、恨まれて当然のことをしたのだから…」
さくらの言葉は雨に消え、玲の心にじわりと染み込んでいく。玲は何も言えず、たださくらの目を見る。悲しみに押しつぶされそうな彼女の姿が、あの日、リングの上で顔を覆って泣いていた自分と重なる。
「私、もう、さくらのこと、恨んでなんかないよ。そもそも、私があんな無謀なことを提案しなればよかったのだから。あんな地下に連れられて裸になって闘え、なんて言われたら、怖くなっちゃうものね。」
「…玲、どうして、そんなに私に優しいの。私、こんなひどいことをしたのに…」
さくらの声は震えていた。玲は穏やかに言った。
「だって、さくらが私に優しくしてくれたからだよ。」
「…優しく…」
「だって、あの時、さくらは敗れた私をいじめ抜くこともできたのに、それをしなかった。私を傷つけずに、私の痛みを理解してくれた。」
「でも、私は…」
さくらの言葉は途切れた。玲の優しさに触れ、彼女の心が揺れ動く。涙が止まらず、思わず玲に抱きついた。
「さくらはリングから降りる前に、私の背中を撫でてくれたよね。あの時の手のぬくもりは、今でも覚えているよ。さくらがいたわってくれたから、私はここまで立ち直れたの。」
玲は優しい声で続けながら、あの時にしてもらったように、さくらの肩をそっと撫でた。
「玲…」さくらは涙を流しながら、彼女の言葉を噛み締めていた。心の中の重荷が少しずつ軽くなり、冷たい雨の中でも彼女は温かさを感じる。
「ごめんね、玲……」さくらの声は震え、涙が止まらなかった。玲はその言葉を受け止め、優しく微笑んだ。
「あの時の私をさくらが私を支ええてくれたように、今度は私がさくらを支える番よ。
その言葉に、さくらの心は少しずつ温まっていく。彼女は思わず、玲を見つめ返した。涙が止まらない中で、少しだけ心の中が軽くなった気がした。
「玲、私、本当にごめん…」さくらは涙を流しながら、心からの謝罪を口にした。玲はその手を優しく握りしめ、「大丈夫、さくら。私たち、これから一緒に歩いていこう」と微笑んだ。
「玲、私たち、これからどうしよう?」さくらが聞いた。
「少しずつお互いを理解していこうと思うの」
玲は優しく答えた。
「過去を背負いながらも、前に進むことが大切だから。」
さくらはその言葉に心が温かくなり、少しずつ自分の気持ちを整理していく。
「今夜は私の家に泊まろう。 今回は、ちゃんとした歓迎をするから安心して」
と玲が提案すると、さくらの目が驚きに見開かれた。彼女は一瞬戸惑いながらも、心の中で温かさが広がるのを感じた。
「本当にいいの? 私、迷惑じゃない?」
とさくらは不安そうに尋ねた。玲は優しく
「もちろん、そんなことないよ。私、さくらといっぱい話したいの。さくらとは、同じ格闘をしているという共通の趣味があるしね。」
玲はさくらの手を優しく握り、心の中の決意を伝えた。さくらはその言葉に少し安心し、微笑みを返した。彼女の心に新たな希望が芽生える。
雨も止んできた。
14 涙の後は笑顔を
激しく降っていた雨も止んだ。玲とさくらは並んで歩いている。
「さくら、そういえば、竜二はどこへ行っているんだろう?」玲が尋ねる。
「今日は、ライブハウスで練習する日だから、そこに行っていると思う。でも、もうあと30分くらいで練習も終わっているんじゃないかな。」
「じゃあ、練習が終わったら、私たちも行ってみようか。」
玲は提案し、さくらは驚いた様子で目を丸くした。
「本当に? でも、どうして、そんなところに? それに、私、竜二君に会ったらまた…」怯えたように言うさくらの手を、玲はしっかりと手を握り返した。
「大丈夫、さくら。私がいるから。」玲は優しく微笑みながら言った。さくらはその言葉に少し安心し、心の中の不安が和らいでいくのを感じた。「私たち、二人で行くんだから。怖がらないで。」さくらは玲の手をしっかり握り返し、決意を胸に抱いた。彼女たちは、再び前を向いて歩き出した。
玲とさくらは、ライブハウスの近くに来た。二人はライブハウスの隣の建物の陰に隠れた。しばらく待っていると、竜二と、背の高い彼女と、竜二のバンドメンバーの二人の男子が出てきた。
「竜二。今日もしびれたわ。わたし、今日は、帰るねー」手を振って彼女は、去っていった。いた。後は竜二ら三人の男子が残っていた。
「そういえば竜二、よく来ていた、あの1年生の女の子、水野さくらか、最近、見てないよなー」
メンバーの一人が言った。
「でも、もし、今日みたいな日に会ったら、大変なことになっていたな」
別の一人が笑いながら言った。竜二は、平気な様子で、
「ああ、水野なら、今日、振ったよ」
さくらはその言葉を聞き、心臓がぎゅっと締め付けられる思いがした。玲の手を強く握り、目を閉じた。彼女の中で怒りと悲しみが渦巻く。玲もその様子を感じ取り、さくらを見守った。「さくら、大丈夫。私たち、ここにいるから。」
さくらたちがいるとは気づかずに、竜二は話を続ける。
「ほんと、危ないところだった。校門で待っていたら後ろから近付いてきたんで、ユカかと思って振り向いたらさくらでさ。俺、腹が立ってあいつに言ってやったんだ、お前とは最初から、そういう気がないって。全く、うざい奴だよ」
「ひどいなぁ、竜二。そこまで言わなくてもいいじゃないの。」ライブ仲間が言った。
さくらはもう行こうと促すが、玲は「もう少し待って。彼がどう思っているか確かめたいから」と言った。
「そういえば、同じ学年でもう一人いたじゃないか。いつも和服着ている、大人しそうな子。ええと、名前なんて言ったっけなあ」
「ああ、玉島玲か。あいつも、最近、めっきり来なくなったんだけど、どうしたんだろうな」竜二が言った。
「あっちはどうするんだ。なんか、お前をめくって水野と玉島が争っている、って噂も聞いたんだけど」
「玲のほうは、もう少し、相手してやってもいいと思う。まあ、どうでもいいっていえば、どうでもいいんだけど、あんな着物の子が一人いてくれれば、俺の価値も上がるってものだからな」
さくらにとっては耳をふさぎたくなるような言葉だった。玲はじっと聞いていたが、竜二がほかのメンバーと別れて、一人歩いていくのを見ると、
「今から私、竜二のところに行くけど、さくらは後ろから、そっと着いてきて、様子を見てて。そして、私がいいって言うまで、姿を出さないようにして」
「…玲、どうしてそんなことをするの?」さくらは不安そうに尋ねた。
「大丈夫、私に考えがあるから。心配しないで」玲は何か決意したようだった。さくらはうなずくだけだった。
玲は竜二の後ろから声をかけた。
「あら、竜二さん。久しぶりね」
竜二は振り向く。
「やあ、玲じゃないか。久しぶりだね。どうしたんだい? 最近、顔、見なかったけど、どうしたんだい?」
竜二は少し心配そうに聞いた。彼の表情には、夕方、さくらに見せたような冷淡さは見えなかった。
「ちょっと、いろいろ忙しかったの。今日も、ライブの練習見に行きたかったんだけど、いけなかったの。せめて、途中まで一緒に帰りません?」
「あ、いいよ」
「途中、角の公園によって行きましょう。竜二さん」
「公園、いいね。久しぶり行くなあ。」
竜二は嬉しそうに答えた。玲と竜二は並んで歩く。竜二と話す例の声は、優雅で柔らかな響きがあった。恐らく、何も知らない男子は、玲の声を聞いただけで、彼女に魅了されるだろう。しかし、二人の後ろをついて行くさくらにとっては、玲の声質が、むしろリングで彼女が「私を甘く見るな!」と発した時のものに近く感じられるのだった。
玲と竜二が公園に到着すると、周囲の静けさが心地よく感じられた。
「玲、今日の和服もとても似合っているよ。特にその色、すごく映えている。」
竜二は笑顔で褒めた。玲は照れた様子で言う。
「ありがとう、竜二さん。ところで、私のこと、どう思う?」
「玲は素直で優しい子だと思うよ。だから、周りの人にも愛されているんじゃないかな。」
「そぅお。最近、竜二さん、私の教室の前を通ることもあるけれど、水野さくらさんって、知っている? 水野さんのことはどう思う?」
「さくらのことか?」竜二は聞き返す。
「うん、さくらのこと。彼女はどう思うの?」玲は竜二をじっと見つめて尋ねた。竜二は一瞬考え込み、やがて苦笑いを浮かべる。
「正直、あいつはちょっと面倒だったな。勝手に近づいてきて、俺に期待を寄せてきたんだ。まあ、俺は興味ないから、はっきり言ったけど。玲、俺は玲のことが好きなんだ」
さくらはその言葉を聞き、心が冷たくなるのを感じた。公園の隅で固まっていたが、思わず声をあげそうになった。
だが、竜二がその言葉を言い終える前に、玲の右腕が少し後ろに下がって助走をつけたかと思うと、竜二の顔に向かってものすごい勢いで飛び出した。
玲のこぶしが、正確に竜二の眉間を直撃する。
大きな音が公園内に響いた。
竜二は後ろに倒れこんだ。
わずか一瞬の出来事だった。
竜二は鼻を押さえて、自分の身に何が起きたかわからないでいる。血が流れ落ちている。
「さくら、もう出てきていいわよ」玲が呼ぶと、さくらは躊躇いながらも、玲の声に応えて前に出た。
竜二は、おしとやかと思いこんでいた和服の玲の腕から力強いパンチが飛び出した上に、夕方、あしらっておいたさくらまで現れ、何が起きたのか分からず呆然としていた。鼻を押さえながら玲とさくらを交互に眺めながら、「何なんだよ、お前ら!」と叫んだ。
玲は竜二をにらみつけると、きっぱりと言った。
「これが今の私の気持ちよ。よく聞きなさい! 私はどんなに傷ついてもかまわない。でもね、さくらを、私の親友に、つらい思いをさせることだけは絶対に許さない!! 竜二! もう、私たちの前には、二度と姿を見せないでね」
さくらは玲の力強い言葉に心が震えた。彼女の友を守るために立ち上がったその姿は、まるで新たな光のようだった。竜二は驚きと怒りの表情を浮かべているが、玲の真剣な眼差しに次第に言葉を失っていく。
「さくら、あなたもこいつに言ってあげなさい」
「私、もうあなたのことを許さない。玲までもてあそんでいたこと、絶対に許さないから!」さくらは竜二をぐっとにらみつけて、強い口調で言った。玲の背中を支えにしながら、彼女の心も少しずつ強くなっていくのを感じていた。竜二は言葉を失い、座り込むだけだった。
玲とさくらは、竜二を後にして公園を去っていった。
公園を出た後も、さくらの胸は暖かなものが流れていた。先ほどの玲の言葉が今も離れない。
「玲、本当にありがとう…」
さくらは、少しずつ心の重荷が軽くなっていくのを感じながら言った。
「それにすごく嬉しかった。私のこと、親友、って言ってくれて…」
「当り前じゃないの。だって、私たち、あれだけお互いに全てを取っ払って本音をぶつけ合ったのよ。その時からすでに親友よ。それに、私、それに第一、私、リングで全裸になって泣きじゃくるなんてこと、本当に心を許した相手じゃなければ、できないわよ。」
あの時の痛々しい玲の姿や、そんな彼女をさいなんだ記憶が、ずっとさくらを苦しめていた。なかなか一歩踏み出せなかったのも、そのせいだった。しかし、玲自身は、その時のつらさを乗り越えて進んでいる。だから、さくらにも、気にしなくていいから、自分を受け入れる勇気を持ってほしいと言っているのだろう。さくらは玲の言葉に心が温かくなり、思わず微笑んだ。
「そうだね、私たち親友だよね。」
玲は頷き、二人の絆を感じながら歩き続ける。
「それにしても、玲が竜二を殴った時は本当にびっくりした。玲が強いのはもう分かっていたけど、まさか、あそこまで強いのは驚いたなあ。私とリングで闘った時も、最初からあのパンチを出していれば、玲、すぐに勝てたのにね。」さくらは笑いながら言った。
「それは、やっぱりあなたがいたからよ。リングで闘った時は、自分のためだけだったけど、さっきのは、さくらを守るためだったから。私、さくらのおかげで強くなれたんだと思うよ。ありがとう。」
「私のために強くなろうとしてくれたんだね…ありがとう、玲。」さくらは感動し、玲を見つめた。
「でも、右腕で殴ったのはちょっとまずかったかな。さくらに捻じ曲げられた腕、せっかく治りかけたのに、また、傷めちゃった。あの時のさくらって、本当に容赦なかったんだから。」
ああ、いたたた…、と玲は冗談めかして右手を振って見た。
「ん、も~、玲ったら、ひど~い~」
さくらも玲も心から笑いあった。こんなに笑ったのって、久しぶりだなあ、と思う。玲は、こんなに冗談も言う、明るい性格だったのかと思うと意外だし、楽しい。
「さくら、また明日も一緒に過ごそうよ」と玲が提案すると、さくらは嬉しそうに頷いた。「うん、もちろん! それに、もっと色々話したいこともあるし。」二人は心の中に温かい絆を感じながら、それぞれの帰路へと向かう。明日もまた、新たな一歩を踏み出すために。