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談話室にて

「もう危ない所でしたわ。お兄様、黙って彼女の顔を凝視しているんですもの」

「いつにも増して気持ち悪かったから見ていて冷や冷やしましたわ」


 あの男以外の家族が集う談話室に入るなり、妹たちの口撃を受ける。だから容赦、いや、何でもない。

 俺たちがこの部屋に居る時、侍女や侍従も入って来ない。その代わり、この部屋には徹底的な安全対策がとられている。基本的に王族の居室は全てそうだが。

 この部屋での会話は使用人たちにすら聞かれないので外に漏れる心配は無い。内密に話をしたい時や、王族らしからぬ砕けた態度で過ごしたい時にはここに集まる。一日中気を張って暮らしているといつか限界が来るから、こういう場所は必要だ。


「助かったよ。あの笑顔を直視して、理性を保つだけで精一杯だったから」

「呆れた。あれで保てているつもりでしたの?」

「お兄様、流石に私も擁護できませんわ。客観的に見て、今にも跪いてとんでもないことを口走りそうでしたもの」


 それ程か。確かにあの破壊力に太刀打ち出来る自信は無いけど。


「それで、彼女に何をしていたんだ?」


 客室に入った時の状況を問い質す。押し倒しただけでは あんな顔にはならないだろう。その場に居た者たちの様子から見て無体を働いた訳ではないだろうが、はっきりさせておかなければならない。


「内緒ですわ」

「は?」


 プルメリア、今は本気で質問しているんだが答えないつもりか?


「そんな目で見ないで下さいな、答える必要が無いと申し上げているのです。別に不埒な真似をしていたのではありませんもの」

「クラスペディア王国第二王女アイリスの名に誓っても構いませんわ。私たちは淑女の内緒話をしていただけです」


 淑女の内緒話……それは無理に聞き出してはいけないことだな。それだけであんな艶っぽい顔になるものか些か疑問だが。


「そうか。なら無神経な質問をして悪かったな」


 女性は会話でストレスを緩和させるらしい。妹たちが彼女の心を解してくれたなら良かった。


「アルシーア義姉様のあのお顔を見たら心配になる気持ちは分かります。謝罪の必要はありませんわ。お義姉様、本当にお可愛らしかったもの。つい愛でてしまいましたわ」

「おい、何をした?」


 やはり何かしているじゃないか! 本当に理不尽な真似をした訳ではなかろうな? 王族が相手では嫌でも断れない場合が殆どなんだぞ!


「アイリ、言い方。お兄様をからかうものではなくてよ」

「だって面白くて。氷の王子も形無しですわね」


 窘めつつも笑いが堪えきれていないリーアと大っぴらに笑うアイリ。我が妹たちは小悪魔なのかな?


「勘弁してくれ……」


 思わず頭を抱えるが、今は取り繕う余裕も無い。


「王女がその名にかけて誓ったのですよ、信じて下さいな」

「嘘だとは思っていない。ただ、不埒な真似の認識が世間とはズレている可能性を考えただけだ」


 やはり王女だけあって少し浮世離れした所があるからな。俺も人のことは言えないが、騎士と共に街を駆け回っているお陰で二人よりマシだと思う。


「お義姉様とは〝好きなもの〟の話などで盛り上がっただけですわ。あまりに盛り上がって感極まって抱きついたりしましたが」


 羨ましい! じゃなくて


「その呼び方も彼女は了承しているのか?」


 今はまだそう呼べる関係ではない。だが王女が楽しそうに呼んでいるのに、やめてくれと言い辛いだろう。たとえ嫌だとしても。


「たとえ一つ違いでも年下は年下。年齢差って、こういう時に威力を発揮するのですわ」


 素敵なお姉様方に憧れていると言って、甘え倒して押し切ったのだとか。流石だな。アイリはこういう ちゃっかりした所がある。末っ子ならではだろうか。


「不公平だと思いません? 私だってそう呼びたいのに、同じ年齢では無理ですもの」

「お姉様はもう半年以上も前からお名前で呼んでいたでしょう? それに いずれはお義姉様と呼ぶようになるのですから、お名前で呼べる短い時間を楽しめば良いと想いますけど」


 そんなすぐに婚約とか流石に無理じゃないかな? 悠長なこと言ってる場合じゃないのは分かるけど。

 普通に考えたら俺たちは婚約者がいる年齢だ。彼女に婚約者が居ないのは、以前ほぼ決まっていた相手が亡くなったせいだが。しかも最初の相手が夭逝した後、次に決まりかけた相手まで。僅か三年の間に母と祖父、婚約者候補が相次いで逝去した。特に病が流行っていた訳でもないのに。そのせいで『死を呼ぶ令嬢』などと巫山戯た渾名で呼ぶアホもいる始末。

 俺たち兄妹は情勢が微妙で下手に決められない時期にこれまた微妙な関係国から縁談がそれぞれに相次いだせいだ。どこを選んでも禍根を残す、おまけに王宮に残ることが決定しているリーアを嫁がせろなど無茶を言う相手もいた。アイリにも素行に問題のある王子を押し付けようとする礼儀知らずな国があって、以後の国交を考え直す羽目になった。マトモな縁談もあったが、結局は断ったようだ。

 国内で相手を探しても良いので無理にあの中から選ぶ必要は無いにしろ、全て断って大丈夫なのか不安に思ったのは内緒だ。今にして思えば婚約者が決まっていなくて良かったが。



「ところでお兄様はアルシーア様が好むお茶、お菓子、花、装飾品など……少しは探りを入れてらっしゃるのかしら?」

「そのような個人的な事柄は、やはり本人の承諾を得てからでないと」


 顔を見合わせて盛大な溜め息をつく二人。何なんだ?


「その心がけは立派ですが、最低限としてお茶の好みなどは知っておくべきなのですよ」

「そうですわ! せっかく一緒に出かける機会を得ても、全く好みでない物ばかりのデートをされては百年の恋も一気に冷え固まって粉々に砕け散ってしまいますもの」

「アイリの言うことは極端ですが、喜びも半減するのは否定できませんわね」


 そうだったのか……急いで彼女の趣味嗜好を洗い出さなくては!


「だからって普段の調査のように嗅ぎ回っては いけませんわよ」

「何故分かった?!」

「お兄様のやりそうなことなんて想像がつきますわ。全く兄妹揃って極端なんですから。ミル兄様、助けて下さいな」


 頭を抱えて嘆くリーアの背を撫でるアイリだが、君も嘆きの対象なの分かってる?


「例えばお出かけの際、相手を迎えに来た時に花をお渡しするでしょう? それが好みの物であればより良い印象を与えられますの。好みが分からないからと何も持たずに訪れるのは論外ですが」

「そうですわね。まあ私は花なんて興味も無いし面倒だからすぐに侍女に預けるでしょうけど」


 ああ、気を取り直して話し始めたリーアが今度はこめかみを押さえている。


「…………お茶は、カフェなどでは その店で評判の茶葉についての説明程度はした方が良いかもしれませんが、選ぶのは本人に任せるべきですわね。だから問題はお茶の席に招いた時です。やはり複数取り揃えて本人に選ばせるのが無難ですね。

 ですが選んで欲しいと言われた場合、単にお任せしたいのではなく、好みの茶葉を知りたい可能性があります。なのでまずはお兄様が好んで飲む物を教えてあげて下さい。その後、相手が普段は何を飲んでいるかを訊いて、その傾向に近い物を選ぶと良いでしょう」


 おお、リーアにしては珍しく怒涛の勢いだったな。アイリに口を挟まれないようにだろうが。


「何だか今日は疲れましたわ。もう下がってよろしいかしら?」

「ああ、色々と気を遣ってくれてありがとう」

「私も今日は部屋に戻りますね。お姉様、一緒に行きましょう」


 腕に絡みつくアイリの頭を撫でながら退出するリーア。少し顔色が悪い気がするが大丈夫だろうか? でもああ言う時は放っておいて欲しい時だ。本当に一人になりたいならアイリにもやんわりと断るので大丈夫だろう。

 明日には元気な顔を見せてくれる筈。俺も残っていた書類を片付けに戻るか。

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