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聞き取り

 ベッドに散らばったアルシーア嬢の赤い髪と白いシーツの対比が目に鮮やかだ。おまけに何故かその頬は紅潮し、目が潤んでいる。僅かに湿り気を帯びる髪も相俟ってなかなかに扇情的だな。


 って、そうじゃない! 王女が二人がかりで令嬢を押し倒しているなんて見逃して良い事態ではない。


「我が妹たちは一体何をしているんだ?」

「あっ、殿下! このような格好で申し訳ありません」

「いや、礼を失しているのはこちらだ。

 プルメリア第一王女、アイリス第二王女。今すぐ彼女を放しなさい」


 正式な名で呼んだ俺の本気を悟ったのか、妹たちは即座に彼女を解放した。バツが悪そうな顔で部屋の隅に控えているが、ならもう少し慎みのある行動を心がけて欲しいものだ。


 ベッドから下り、すかさず淑女の鑑と評されるに相応しい礼をとる彼女を見ると少しだけ寂しくなる。妹たちにはもっと気の抜けた表情を見せていたのに、と。でも女性同士の場合とは対応が違うのは致し方ないのか。

 外で会話していた時は緊急事態だったし、俺とも普通に目を合わせて話してくれた。普段よりずっと口数も多かったし少しは親しくなれたのかと思ったのに、今は通常通りだ。

 だがその反面、普段通りで良かったとも思う。襲撃に遭った直後は神経が昂っているお陰で平気でも、時間の経過と共に恐怖心が湧き上がる可能性もある。でもそんな様子は無い。それが何より嬉しい。


「まず安心して欲しい。御者は暫く安静にしないといけないが命に別状は無いそうだ。数日後には仕事にも復帰できるらしい」

「ありがとうございます。彼は戦闘の心得が無いので、何の対応も出来なかったのでしょう。こんな目に遭ったら、回復しても怖くて私の御者には戻れないかもしれませんね。

 やはり戦える御者が必要だと思います」


 普通、御者は戦えない。と突っ込んだら負けだろうか? どうも彼女と俺の認識には多少の違いがあるようだ。


「もし負担でないなら何があったのか、そもそも何故 夜に出かける必要があったのかを今から話して欲しいのだが」

「大丈夫です」

「協力 感謝する」


 勿論、既に情報は得ている。でも本人の証言も必要なんだよね、決められた手順はきちんと守らないと駄目だから。

 彼女をソファに促し対面に座ると、当然のように妹たちがアルシーア嬢の両サイドを占領する。俺が怒っていないのを察したら早速これだ。


「お義姉様の傍にいたいんですもの。良いでしょう? リアン兄様」

「お兄様は文句なんか仰らないわよ。そもそも淑女と過ごすのですから、女性の付き添いは必要ですもの」


 アイリ、アルシーア嬢をそう呼ぶのは些か気が早すぎないか? 無論、いずれはそうなりたいと思っているが。そしてリーア。確かに女性の同伴者は必要だが、スタウト嬢だけでなく王宮の侍女がこんなに居るのだから、君たちは退室しても問題ないんだよ。勿論、居てくれても構わないんだけどね。


「妹たちも一緒で構わないだろうか?」

「勿論です」


 微かに微笑んで返事してくれる。可愛い。天使だ。妹たちも含め天使が三人。ここは楽園だったのか。

 いかん、落ち着こう。


「ありがとう。まず最初だが、こんな夜に出掛けていた理由を知りたい」

「私には母から受け継いだ商会がありまして、そちらに毎月様子を見に行くのですが、今日はその日です。帰りに襲撃に遭いました」


 彼女の母方のソブライアティ伯爵家は上位貴族の中でも指折りの資産家だ。そのお陰か、ご母堂の経営手腕は素晴らしく、嫁いでからコンフィデント侯爵家の資産が増えたと聞く。

 その教育を受けたアルシーア嬢も年に似合わずやり手らしい。受け継いだ商会、侯爵家共に安泰だとか。あのアホ共のせいで侯爵家の資産は幾らか目減りしただろうが、その程度で傾く心配は無いだろう。

 彼女が商会を訪れるのは毎月の第一月曜日と聞く。月末の売り上げや棚卸しの確認、のみならず何か困ったことは無いか、従業員の様子を実際に目で見て確かめたいのだとか。それに合わせて襲撃の予定を立てるのは簡単だろうな。予定外だったのは彼女たちの強さだけか。


「襲撃者の心当たりは……」


 質問し辛い。もう殆どみんなが答えを知っているとは思うけど、形式上訊かない訳にはいかないから。


「恐らく、と言うより十中八九 義母と義妹でしょう。彼女たちにとって、私は邪魔な存在でしょうから。

 父は私を排除しようなんて全く思わないでしょうね。他に仕事を全て引き受けてくれて、更に稼いでくれる相手が出来ない限りは」


 そうだろうけど、それを当然のこととして淡々と受け入れているのが却って悲しいな。相手は父親なのに何も期待していないなんて。俺たちも人のことを言えないけど。


「残念ながら俺も同じ意見だ。だが直接関わっていない侯爵もお咎め無しとはいかない。内縁とは言え彼の妻と娘が裏組織の構成員と接触し、高位貴族令嬢を襲う契約を交わしたのだから」

「当然だと思います」


 うん、驚きも嘆きも無い。流石に少しは動揺するかと思ったんだけど。この年で情に流されないその様に、有能な経営者の姿が垣間見える。そういう所も素晴らしい。


「幸い貴女は成人している上に、侯爵は貴女に仕事を丸投げしていると調べはついている」


 と言うか、さっき貴女もはっきり言ってたよね。親に対して容赦ないよね。でも当然だし、何ら問題無いと思うよ。


「先ずは当主をドープ・コンフィデントから貴女に変更し、彼を侯爵家の籍から外したい。その後、ドープの責任の追及を。無論、貴女自身や侯爵家には処罰が無いようにする」

「免責の要件を満たしていると仰るのですか?」


 普通は〝コト〟が起きた後に、それに関わっていなかった者が継承したとしても、家への処罰は免れない。それに罪を犯した者が家族だったなら、程度の差はあれど連帯責任を負う。

 だが、例えば現当主の不正を後継者やその関係者が暴いた場合などは、余程のことが無い限りその功績と罪過が相殺になり、無傷のままで家を継ぐことを許される。又は次期当主が虐待の被害者だった場合もそうだ。家に罰を与えてしまうと被害者にとっての不利益となるため、被害者の救済という目的に反してしまう。なので加害者を放逐し賠償させるだけで済むのだ。

 今回の場合、その両方に当てはまるので何ら問題は無い。ドープは明らかに父と侯爵、両方の責任を放棄しているのだから。

 以前から兄上と密かに準備していた。彼女との話がついたら直ぐにでも取り掛かれる。



「勿論、貴女は完全なる被害者だ。このまま進めて構わないだろうか?」

「お手数をおかけしますが、よろしくお願い致します」


 これで彼女は解放される。由緒あるコンフィデント侯爵家も守られるし、一安心だな。

 だがこれでメデタシメデタシと話を終わらせてはいけない。


「それでだな、聡明な貴女のことだから察しはついているだろうが、暫く城に逗まって欲しい」

「心得ております」


 狙われた彼女たちを家に帰して再び襲われでもしたら責任問題だ。王家の面子も丸潰れだろう。まあ、たとえ誰から責められる訳ではなくとも、俺自身が耐えられないのだが。


 それに彼女だって調査対象だ。今回のことだけではなく、それ以外でも何か問題は無いのか、誰かに利用されてはいないかを、侯爵家の隅々まで調べるついでに徹底的に洗い出す。去年成人したばかりの次期侯爵を守るためでもあるので、それなりに時間がかかる。

 実際、過去にどう見ても怪しい縁談を幾つか潰した。その度に侯爵家を、いや、彼女を何だと思っているのかと苛立ち、鍛錬に身が入りすぎたものだ。近頃は更に背が伸びて体格が良くなったと言われる。


「今日はもう遅いからこれで失礼するが、何か困ったことや要望などがあれば気軽に言って欲しい」

「何から何までありがとうございます。こんなに良くして戴いて困りごとなんてありませんわ」


 うわ、可愛い。

 え、こんなに肩の力が抜けた笑顔を見せてくれるの? 無償で?

 いや、それは失礼すぎるだろう。でもこんな素晴らしい表情を見せてくれたお礼に見合うものなんて思い付かないんだけど。

 俺、何をすれば良いの?


「お義姉様、ゆっくり休んで下さいね。お兄様、行きますわよ」

「この朴念仁は連れ帰りますので、気になさらないで下さいね」


 妹たちに無理矢理連れ出された。それにしてもリーアは本当に容赦ないな。朴念仁って……その通りだけど。

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