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強い令嬢

「あ~あ、やっぱ こうなるか。アイツら救いよう無いな」


 害悪でしかない阿婆擦れ親子を思い浮かべながら、ヤツらに雇われた男たちを見下ろす。醜悪な顔でアルシーア嬢を追っていたクズ共だ。


「あ、あぁ……」

「ぐうっ」

「た、助け…………」


 ちょっと自分たちより強い相手が単身現れただけでそんなにビビるなよ。だったら、大の男に三人がかりで追いかけられた令嬢の恐怖がどんなものか想像できるだろうに。怒りに任せて暴れまくりたいけれど、そうしてしまうとすぐ傍に居る大切な存在を怖がらせてしまう。


「お前らさあ、彼女に何しようとしてたワケ?」


 マトモな返答なんて端から期待してないけどな。少し待ったが斬り付けた傷が痛むのか苦しげに呻くだけ。時間の無駄だ。


「やっぱどうでも良いや。コイツらの拷問、じゃなかった尋問ヨロシク」


 俺がゴミ共を無力化している間、周囲を確認してくれていた護衛たちに声をかけると早速戻って来てカス共に縄をかける。本当に優秀でありがたいよ。

 早くアルシーア嬢を安全な場所に連れて行きたい。俺が来た時に固まってしまったから、その後の立ち回りで余計にショックを受けたのかも。


「アr、コンフィデント嬢。申し訳ないが城に同行願いたい」


 声をかけながら少し近付いて足を止めた。あんな怖い思いをした後に男に近寄られて平気な訳が無い。これだからデリカシーが無いと言われるんだ。


「すまない、急いで女性騎士を呼ぶから」

「何故ですか?」


 慌てて少し離れると不思議そうにこちらを見上げる。ショックを受けている感じではない。


「俺は男だぞ」

「? それは、ええ、知っていますけど…………?」


 確りと俺の目を見て話す彼女からは困惑しか見受けられない。寧ろ何でさっき固まってたの?


「あのゴロツキ共に追われてすぐに男に近付かれて平気なのか?」

「殿下は助けに来て下さったのに怖くなんてありませんわ。そもそも追われていた訳ではないので」


 いや、どう見ても追われていたよね?

 か弱い令嬢を街道から少し逸れた野原で薄汚い野郎共が追いかけ回していたよね?

 どう見ても今から無理矢理…………な状況だったからね!


「街道付近だと周囲の木々のせいで これを使うと危険なので、開けた場所で迎え討とうとしたのです」


 と言うなり細身だが強靭そうな鞭を取り出して見せてくれた。


「私の母方のソブライアティ伯爵家の女性は代々このような金属入りの鞭で身を守ってきたのです」


 長さは二メートルはありそうだ。少し離れた場所に移動してから軽く振って見せてくれたその姿は、全方位に隙が無くて格好良い。そしてまばらに生えていた低木が一瞬で刈り取られている。確かにこの調子で複数の立木を切ってしまうと、不規則な倒れ方をして危ないと思う。

 それにしても、彼女の武器は鞭というよりはワイヤーソーに近いんじゃないかな。草刈りも綺麗に完了していて土地の整備に便利そう……じゃない!

 俺は彼女じゃなくてカス共を助けてしまったらしい。


「それにプラム──私の専属侍女も私が近くに居ると気を遣いますし」


 最初に馬車が襲われた時、ならず者はもっと居たようだ。もう少し早く駆け付けていたらその場で制圧できたのに。


「御者は父が最近雇った新人です。馬車の中から物音を聞いただけなので推測ですが、いきなり殴られて昏倒し、御者席から転落したようです。なので早く彼を救護したいのですが」

「侍女は良いのか?」


 恐らく彼女も鍛えているだろうが多勢に無勢、おまけにうら若き令嬢だ。

 そう思ったのだが


「あんな半端者たちがプラムに何が出来ると?」


 この場に居ない不届き者を嘲笑うかのような目が素晴らしい。何だかゾクゾクするな。その冷たい目で俺を見据えてくれないだろうか。


「殿下? あの、大丈夫ですか?」

「っああ、何でもない」


 焦った。初めてこんなに話せたのに、早速気持ち悪いヤツだと思われたら困る。


「彼女は私と髪や目の色が似ている上に、背格好も大体同じなのでいざという時の囮も兼ねているのですが、盗賊の十人程度は楽に倒せるくらい強いのですよ。きっと今頃は全員を無力化している筈です」


 いつも彼女に侍る三つ年上の侍女──プラム・スタウト嬢の姿を思い浮かべる。キャロットオレンジの髪にアップルグリーンの瞳の彼女と、ルビーレッドの髪にエメラルドグリーンの瞳のアルシーア嬢。二人は陽光の下では一目で違いが分かる色味だが、薄暗い場所なら見紛うだろう。

 身長はほぼ同じ、華奢な体型も。だがアルシーア嬢はその細い肢体には似つかわしくない見事な高嶺を──いや、今は考えないでいよう。つい見てしまうからな。

 確かに彼女なら囮もこなせるだろうし、そんなに強いなら心配ないだろう。武勇に優れた者が多いスタウト子爵家だが、彼女もそうなのか。


「彼女は私と違ってどんな武器でも使いこなせますし、冷静で手加減が上手いので、恐らく既に尋問を始めていると思います」


 私はついやり過ぎてしまうので敵は殆ど死んでしまいますし、辛うじて生きている場合でもマトモに話せない状態で……お恥ずかしい限りです、もっと精進しなければいけませんね。と恥じらう姿も可憐だ。まさに天使。いや、妖精? とにかく愛らしい。


 結局のところ彼女は俺を傷付けないよう大人しくしていただけで、助けなんて必要なかったんだな。でも怖い思いをしなかったのならそれが一番だ。本当に良かった。


「それにしても殿下が話に聞いていた以上の使い手で驚きました。こんな風に助けてもらうと、全うな令嬢になったような気がします」

「貴女は全うどころか、どこに出しても恥ずかしくない可憐で完璧な令嬢だろう」

「初めて言われました。こんな顔立ちで背も女性にしては高いから、可愛げが無いと言われるので」


 驚きに目を丸くしているが、どんなに見る目の無い連中なんだ?

 それにしても照れた顔が愛くるしい。こんなに可愛い彼女に可愛げが無いと言うなんて、正気の沙汰とは思えん。


「どこからどう見ても可愛げの塊だろう? 貴女程に美しくて可愛らしい女性は居ない……俺の妹たちは別だが」

「王女殿下方はそうですが、私は」

「下らんヤツらの戯言が王子である俺の言葉より聞く価値があると?」


 尊大な物言いだが、見る目の無い連中の意見を聞くより、道端の犬にでも声をかけた方がマシだろう。


「確かにそうですね! 言われてみれば悪意を持って傷付けようとする人たちの言い分なんて捨て置いて構いませんもの。私、もう気にしません」


 初めて見る満面の笑顔。浄化される。幸せだ。



「お嬢様!」


 思わず跪きそうになった俺をギリギリで踏みとどまらせたのは、若い女性の声だった。


「プラム! どうだったの?」

「こちらには五名の襲撃者がおりましたが、途中からこちらの方々が来て下さいました」


 彼女と共に現れた騎士は全部で五人。


「殿下、御者は頭を強く打っているので止血だけ済ませて医者が来るまで動かさないよう待機中です。安全のために見張りを六名置いています。コイツらは連れ帰って尋問するので護送用の馬車を呼んでいます」


 よく俺の鍛錬に付き合ってくれる分隊長が来て説明するが、縛り上げられた無法者共は何故かガタガタ震えている。

 分隊長に目だけで尋ねると、スタウト情を見て苦笑するだけ。冷静で手加減が上手いけれど相手をマトモに口もきけない程に怯えさせる護衛兼侍女、か。アルシーア嬢が信頼するのも頷ける。


「馬車を引いていた馬ですが、一頭は残念ながら……ですがもう一頭は無事ですので私は乗って行けます。でもお嬢様は……」

「侍女殿はドレスで裸馬に乗れるのですか?」

「はい、護衛としての嗜みですので」


 呆気にとられる分隊長と、何がおかしいのかと言わんばかりの顔のスタウト嬢。それは世間一般では嗜みじゃないよ。


「ア、コンフィデント嬢、もし嫌でなければ俺の馬で城に向かいたいのだが」

「よろしいのですか?」


 身長差のおかげでやや上目遣いで訊かれ、思わず心臓が跳ね上がる。可愛いの過剰摂取で倒れそうだ。


 ヤバい、可愛い、ヤバい。ああ、ヤバい

 頼りない月明かりの下ですら美しく煌めく髪を撫でたい

 滑らかな頬の柔らかさを指先で確かめたい

 瑞瑞しい桜桃より艷やかな唇に触れられたら どんなに幸せか──


 分隊長の咳払いで正気に戻った。助かった、今度酒でも贈るよ。あのままだったら何を口走るか分からなかったから。




 その後、馬上で俺に身を預ける彼女を支えながら、必死に己を抑え込んだ。

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