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発破

 親世代の話を聞いた時に思い知らされた。暴力や明白な脅しを伴わなくとも相手より上の立場にあるなら〝そういう行為〟を強要できるのだと。たとえ夫婦であっても言いたいことも言えず、相手を受け入れるしか無い状態になり得るのだと。

 俺は父とは違う人間だ。でもいつか〝ああ〟なるかもしれない。肝に銘じておかなくては。


 怖かった。誰かに執着して無自覚に周りを傷付け、気付いた時には取り返しのつかない事態に陥るかもしれない。恋なんて出来れば一生知りたくない。そう思っていた。


 なのに、気付けばただ一人を目で追っている。入学以来、いや、今にして思えばそれ以前から、何かと彼女が目についていた。無意識の内に目で追っていたのだろう。


 彼女を見つめていたい、近付きたい

 でも俺は傷付けるだけなのかもしれない。離れないといけない

 でも離れているのは辛い。近付くのも辛い


 悩んでいたある日。いきなり妹に背中を叩かれた。


「お兄様、いい加減に鬱陶しくて仕方ないのですけど」

「リーア、酷いな。それに痛いよ」

「お兄様はあの男とは違います! あの男は事ここに至っても、きっと自分の何がいけなかったのか理解していませんよ。それどころか自分を憐れんでいる筈です。身勝手な人にありがちな思考回路ですが」


 仲の良い侍女や王太子妃であるデルフィニウム義姉上の受け売りらしい。義姉上の祖父があの男に並ぶクソ野郎だったと一族の語り草になっているようだ。その息子である義姉上の父は素晴らしい人格者だと聞くのに。


「そうです! 親と子供は全く違う人格なんです。ミルフォイル兄様だって全然違うでしょう? お義姉様だけを一途に想って、息子を大切に育てています。私やアイリスもあの男とは似ても似つかない。お兄様だってそうです。

 私たちがあの男から受け継いだのは目や髪の色だけですよ。私の顔立ちはお母様そっくりだと言われますし、お兄様は色合いは違ってもお顔はお祖父様に生き写しではありませんか。あの男の要素なんて殆どありません!

 でも常に自分を律して人を大切にすることを心がけるのは必要なので、それは気を付けて下さいね。私も肝に銘じます」

「そうだな」

「何より、コンフィデント様がもう一人のお義姉様になって下さるのなら幸せですもの。彼女、あまり自己主張しない人柄ですが芯は強そうですし、立ち居振る舞いも申し分ない立派な令嬢ですから」


 それが本音か。


「入学して半年、いい加減に辛気臭く思い悩むのは終わりにして下さいな。そろそろカビが生えそうですもの」

「お、おう、そうだな」


 遠慮が無さすぎだろう。でも今の俺にはこのくらい言わないと駄目なんだろうな。


「それにご存知でしょう? 彼女の家庭環境、あまり良くありません。このままだととんでもない事態になるかもしれません」


 アルシーア嬢はドープ・コンフィデント侯爵の前妻が産んだ唯一の子で、侯爵家の第一子。かつて彼女の父である前ソブライアティ伯爵と意気投合した前侯爵が婚約を取りまとめた。

 だが、その息子のドープには学生時代からの愛人がいて、婚姻後は妻が身籠って暫くすると家に帰らなくなったらしい。あまりの仕事の出来なさに父から叱責を受け続け、なのに妻は自分が苦労してもなかなか出来ない仕事をあっさり片付けるのに嫌気が差したようだ。「出来る者に任せておけば良いだろう」がヤツの言い分だったらしい。


 ご母堂は不出来な夫にもめげず、侯爵や使用人と共に婚家を盛り立て、仕事に励んだ。その傍ら娘をどこに出しても恥ずかしくない立派な令嬢に育て上げ、実家の助力を得ながら確りと個人資産も増やしたらしい。

 そのお陰か侯爵家は末端の使用人に至るまで彼女とアルシーア嬢を大切にしたようだ。そしてそれはアルシーア嬢が十二歳の時に彼女が肺炎で亡くなった後にも生きていた。


 ドープは夫人が亡くなってすぐに愛人を引き入れようとしたらしいが、父である前侯爵の猛反対に遭い断念した。家に貢献していないボンクラが愛人を引き入れるなど言語道断、当然だろう。


 しかしアルシーア嬢が十四歳の誕生日を迎えて暫く経った頃、それまでに度々体調を崩していた前侯爵が遂に帰らぬ人となり、これ幸いとドープが侯爵として愛人ともう一人の娘と共に家に戻った。もう一年後ならアルシーア嬢が成人して侯爵位を継げたのに。前侯爵もさぞや無念だろう。まあ幾ら愛妻の忘れ形見だからと言っても、さっさと馬鹿息子を廃嫡しなかったのが そもそもの間違いだがな!


 長年の愛人だったガーナーリアはモデスト男爵家の一人娘で、本来なら婿をとって家を継ぐべき立場だ。その娘のシフィリスは母親とは色合いは違うが外見は生き写し、中身もそっくりと聞くのでガーナーリアの在学中の様子は容易に想像がつく。そのせいでコンフィデント侯爵家は言うまでもないが、マトモな貴族家との縁は結べなかった。



 そのガーナーリアの母は大きな商会の娘だったが、気性の激しさで知られていた上に器量も大して良くないので、嫁ぎ先がなかなか見つからなかったらしい。

 片やモデスト男爵家は領地が自然災害に見舞われることが多く昔から財政難で、進んで嫁ぎたがる令嬢は殆ど居ない。たとえ男爵が美貌と人の良さで有名だったとしても。おまけに彼の両親は苦労がたたって若くしてこの世を去ったので、余計に縁談どころではなかったようだ。

 そんな若き当主は、持て余していた娘の都合の良い押し付け先だったのだろう。男爵自身も後継と財政、二つの問題を一気に解決してくれるその縁談に不満など無かった。娘も自分より年下ではあるが美しい貴族男性が優しく接してくれるので満更でもなかったらしい。生来の性格が邪魔をして、素直に喜びを表すことは出来なかったようだが。


 だが実際に結婚したら新婚なのに夫は領地にかかり切りで、甘い結婚生活を夢見ていた妻には寂しい毎日だった。そのこと自体は気の毒だと思う。肝心の気持ちを伝えず、顔を合わせれば文句ばかりになったのは どうかと思うが。

 男爵も多額の持参金と共に嫁いだ妻に強く出られなかったらしい。おまけに忙しすぎて一人娘の教育にも殆ど関われないでいたら、気付いた時にはガーナーリアはとんでもないモンスターに育っていた。

 男爵夫人は悪妻として知られていたが身持ちは堅く ふしだらな行いを嫌う女性だったので、すっかり気落ちして寝込みがちになったようだ。そうなっては流石に夫人の実家も放っておけなかったのか療養所に入れた。シフィリスが生まれた半年後に鬼籍に入ったが、恐らく孫娘の誕生が駄目押しになったのだろう。本来なら喜ばしいことなのに。どうしようもなく堕落しているとは言え、一応は貴族令嬢が婚外子を産んでしまったのだから無理も無いか。



 ガーナーリアと娘シフィリスは侯爵家に入るやいなや、アルシーア嬢を思う存分に虐げようと試みた。だが使用人は全員がアルシーア嬢の味方で付け入る隙が無い。優秀な彼らは上手く阿婆擦れ親子の自尊心を擽りながら接しているので、クビを言い渡す気にもならないようだ。

 おまけに執務能力が高い長女を逃したくないドープは妻と娘に協力することは無かった。腐っても後継者教育を受けただけのことは あり、アルシーア嬢が去った侯爵家に未来は無いと分かっているのだろう。だが二人がどんなに浪費しても止めもせずに放置しているのはやはりクソだ。自分でマトモに稼いでから、いや、あの畜生にも劣るヤツらに着飾らせるのは金の無駄だな。

 何より、その金でロクでもないことをやろうとしているのに気付かないのはどうしようもない。仕事が出来ないなら、せめて家畜の管理ぐらいマトモにやれ。




 俺に発破をかけた後、協力すると約束したリーアはアルシーア嬢に近付き、すっかり彼女が気に入ったようだ。元々高かった彼女に対する評価は天井知らずだ。


「当然でしょう? 彼女、本当に素敵ですもの」


 同意しか無い。早く彼女を安全な場所に保護したいな。

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