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朝の光の中で

 腕の中の温もりに頬が緩む。しかし二日連続で睡眠不足だな、仕方ないけど。少しは眠れたから良しとしよう。


 身動ぎ瞼が震える様を見ているだけで、どうしてこんなにも感動できるのだろう。もう何があろうと離れられる気がしない。

 眠気と戦っているのか、微かに漏れる可愛い声に昨夜のことを思い出し、肩を抱く手に少し力が入る。

 ああ、これは完全に起こしてしまったな。

 ゆっくりと瞼が開き、美しいエメラルドの瞳が現れる。世界中の宝玉を集めようが、この輝きには敵わないだろう。


「おはよう」

「おはよう、ございます……?」


 まだ夢の中かな? ぼんやりしている。


「身体に違和感はある? 少し怠いとかはあるだろうけど、痛みや、もっと他の不調は無いか?」

「え? 特には、ありませんが……?

 …………っ! リ、リアン様! 昨日、あんな……信じられない!!」


 少しばかり掠れた声に、朝の紅茶には蜂蜜を入れてあげようと思った。多少は手加減した筈なのに、おかしいな。


「と言われても、シアが望んだことだけど?」

「あ、あんな恥ずかしいこと!」

「いや、最後までしたら、あんなモンじゃ済まないんだが」


 確かに少しばかり攻め立て過ぎたとは思うけど、シアが可愛いから仕方ない。


「とにかく、今日から暫くは慣らし期間ということで」


 多分、ある程度は慣らしておかないと、物理的に無理だと思うんだよね、残念ながら。見学していなかったら、自分では気付けなかったことだけど。

 シアだって納得した。と言うか、完全に恐れ慄いていたよな、あれは。


「まさか、今日からずっと……?」

「うん。いきなりは無理だってことは、昨夜確認してもらった通りだから。

 初日だから少し遠慮したけど、シアは順応性が高いし体力もあるから、もう少し頑張れるよな?

 それに恥ずかしいけど、不快ではなかっただろう?」


 あーあ、真っ赤になってベッドに潜り込んでしまった。

 それにしても、自分が堪えられるか心配だったが、シアの反応を楽しんでいたら特に気にならなかった。触れている最中だけは。

 シアが寝てからが地獄だったな。

 特に身を清めて夜着を着せるまでが忍耐力との戦いだった。疲労困憊で寝落ちした妻を襲う鬼畜には なりたくないので必死に抑えたけれど。

 煽情的な夜着ではないのが、せめてもの救いだ。


 確かにいきなりは駄目だろうというのもあったが、それ以上に気になる事柄があった。物事における最初の印象は、何かと尾を引く傾向にある。

 あんな悲しみを抱えたまま、初めての体験をさせる気にはなれなかった。もっと安心して身も心も委ねて欲しい。エゴと言われようが、悲哀の影が付き纏うような夫婦の語らいはご遠慮したかった。


 まあ結局、違う意味では啼かせたが、何だかんだ言っても拒まなかったのだから大丈夫だろう。

 シアが素直で良かったな。



「今日中に処理すべき仕事は無い?」

「無い、です」


 すっかり敬語に戻ってるなあ。まあ、それは追々で良いか。


「じゃあ、もう少しゆっくりしようか?」

「……はい」

「奥様、お顔を見せて下さいませんか? 寂しくて仕方ないのですが」


 巫山戯た口調だが、実はかなり切実だ。一緒に迎える初めての朝なのだから顔が見たい。心からそう思う。


「…………はい、旦那様」


 真っ赤な顔で、隠れたいのを必死に堪えているその様子が可愛い。


「来週から夜会シーズンだけど、ドレスは仕立てに時間がかかるよな。

 年明けの王宮主催の夜会までは辞退しようか?」

「良いのですか?」


 本当は駄目だな。

 だが、よく考えたら年内のものは父方の祖母の関係が殆どだ。そこに義理立てする必要があるか? もう王家から離脱した俺が、何でわざわざ沈みゆく泥舟に近付く?

 守るべき妻と、この家に良い影響を与えるとは思えないのに。


「シアにとって、どうしても外せない夜会を確認しよう。それ以外は無理に出なくても良いと思わないか?

 継承前の顔繋ぎは昨日済ませた訳だし」

「リアン様は今の内に会う必要のある方は、いらっしゃらないのですか?」

「俺は大丈夫」


 今後も顔を合わせるのは騎士団関連が殆どだから。それ以外はシアの補佐だけで良いだろう。


「ところで」


 そっと瞼に唇を当てる。そのまま少し位置を変え、頬や鼻、顎に口付けた。唇は除外、俺が暴走する危険性が高すぎるから。


「敬称と敬語、また戻ってる」

「だって……」

「すぐに直せとは言わないけど、今みたいに約束自体を忘れられたら、これからも指摘するから」

「確かに忘れていま、いたけど、指摘するだけで、こんな風にする必要があるん、あるの?」

「勿論」


 人生には潤いが必要だから。新婚初夜にご奉仕だけで堪えた夫に、少しくらいのご褒美を恵んで欲しいと思うのは仕方ないだろう。

 シアは昨夜のことを思い出したのか、真っ赤な顔で唸っている。可愛いな。

 そして見える範囲には一切の痕跡が無い。良かった。気を付けても、ついうっかり、という可能性はあったから。実際、俺もかなり夢中になってしまったし。


「社交と言えば、シアは狩猟シーズンは、いつも不参加?」

「はい。まだ学生ですし、女性は免除されるので出ていませ、いないの。槍や弓矢は得意ではないので」

「そっか、そうだよな。鞭は迂闊に使わない方が良いし」


 戦えることは出来る限り隠しておきたい。これからは俺が出れば問題ないよな。


「それにしても、十月頭から十一月末までの狩猟シーズン。それが終わると十二月中旬から五月末までの夜会シーズン。

 この国、社交シーズンが長すぎませ、長すぎない?」

「うん。でも長い分、出席を控えてもあまり影響は無いだろう?」

「確かに」


 長い社交シーズン、特に狩猟の方は、間者などを引き寄せるにはちょうど良い罠になる。その期間に、どれ程多くの殺し屋を返り討ちにしたことか。

 予め祖父上に聞いていなければ、最初の参加で死角からの毒矢に殺られていただろう。

 去年までは西の隣国の関係者に執拗に狙われたな。国が滅んだ後も めげずに復讐とは感心する。今年は流石に無かったが。



「可愛い奥様に質問。今日は何をして過ごそうか?」

「ここの庭園も可愛いので、そこでお散歩をしたいで、したいの。素敵な旦那様」

「今日は天気も良さそうだし、風が強くなければ大丈夫かな?

 でも暖かい格好で出ること。それに、身体が冷えたらすぐに戻ろう」

「はい。あ、うん」


 可愛いな。いつもより少し舌足らずな感じが起き抜けらしくて良い。

 早い時間から鍛錬を積んでいるから朝に強いのかと思っていたが、もしかしたら苦手なのかも。これからの日々でそれを確かめることが出来る。

 俺は間違いなく、世界一の幸運に恵まれた男なのだろう。こんなに素晴らしい女性の伴侶になれた。


 この先、多くの問題に直面するだろうが、どんなに時を重ねても、この想いが薄らぐことは無い。

 まだ十六年しか生きていない俺が言っても説得力は無いだろうが、これは一生に一度の恋で、たった一つの愛だと分かる。こんなに狂おしい程の想いを自分が抱けるとは、夢にも思わなかった。



 幼い頃から己が冷淡だという自覚があった。家族が大事だという思いは確かにあるのに、一歩引いた目で彼らを見ている。

 それ以外の存在は言うまでも無い。


 王族としての心得を学び、民を守るのが己の生きる意味なのだと理解はした。それでも、彼らを我が子のように慈しむなど、絶対に無理だと思っていた。

 殆どの民は守るべき存在だが、それに値しない者も多い。それを救おうとするなど、無意味かつ無駄。他者に害を齎す前に始末する方が、よほど建設的だ。


 そんな考えを変える気すら無い俺は王にはなれないし、なりたくもない。

 王冠の重みに見合う人間だとは思えず、優秀だと持て囃されても他人事。俺は器用なだけで、王にはまるで向いていないのに。

 仕事さえ出来れば良いのなら、有能な者をかき集めて国を運営させれば良い。王など必要ないだろう。


 騎士と共に仕事をし、日々を懸命に生きる民と触れ合い、やっと彼らの顔が見えた。善良な民の平穏な日常を守ることが大事なのだと、頭で理解するだけでなく、心からそう思える。

 それまでは己を狙う相手を反射的に屠るだけだったのが、この相手の背後を探れば、国の平和が保たれるのだと手加減を心がけるようになった。腕が上がり、それだけの余裕が生まれたのもあるが。


 民を思う気持ちと共に、家族への愛情も大きくなる。どんなに自分を愛情深く見守ってくれていたのか、分かっているつもりで全く理解していなかったと自覚できた。妹たちの真っ直ぐな心根も、愛しくて仕方ない。

 ローワンへの感謝は言うまでもなかったが、それまで以上に頼るようになった。人に頼ってはいけないと思っていたのに、そうすると喜ばれ、物事も不思議と上手く進む。

 やっと王族としてのスタートを切ったのだと思った。


 それでも、己は義務として誰かと婚姻し、次代に血を繋ぐのだろうと色恋には無関心だった。寧ろ複数回に及ぶ閨教育の見学でも何も感じず、欲そのものが無いのなら、どうやって子を残そうかと頭を悩ませた程。



 そんな日常が、ここまで色を変える、どころか急に色付いたような劇的な変化に戸惑った。けれど拒絶する気にはならず、ただ受け入れ、膨れ上がる想いを持て余すだけの毎日。

 結局、いざ事態が動いても、ただ手を拱いているだけ。シアの捨て身とも言える行動や、周囲のお膳立てが無ければ、ここまで辿り着けなかった。


 でも、これからは違う。

 最愛の女性と共に手を携え、毎日を生きる。

 どんな問題が起きようと、この手を離さなければ進む道を見失うことは無いだろう。


 愛しい存在に身を寄せ、改めて想いを告げる。誰に憚ること無く、伝えられる幸せを噛み締めながら。



「愛しているよ、アルシーア」

「愛しています、オリアンダー様」

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