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一週間での婚姻

「旦那様、奥様、お食事の用意が出来ました」

「ありがとう」


 シアは普通に立ち上がるが、俺は少し引っ掛かった。


「リアンさ、リアン、どうしたんで、どうしたの?」

「いや、この家の当主はシアだよな、って」


 敬称や敬語を何とか外そうと頑張る様の愛らしさに内心悶えながらも、気になることを告げる。先に奥様を呼ぶべきじゃないか?


「それは この家の伝統です、なの。

 必ず外から嫁いだ、又は婿入りしてくれた相手を先に呼ぶのが、しきたり」

「そうなのか?」

「我が家に来てくれた感謝を込めて、そうするんです。そうするの。今までとは違う環境に入ってもらうのだから、出来るだけ寛げるように優先する。

 それが呼ぶ順番にも表れているので、のよ」

「それは、何と言うか、嬉しいかも」


 まだ王宮に滞在しているとは言え、殆ど全てがコンフィデント流になっている ここにいて、新鮮だと思った。と同時に、今更ながらに昨日までとは違う己の立場を痛感させられる。

 不安とは違うけれど、ふと振り返ったら、自分には引き返す道は無いと気付かされたような。それが嬉しいのに、少し寂しい。そんな落ち着かない気分。

 そんな俺を、受け止めてくれているような この家の皆に感謝したくなった。



「夕食は如何でしたか?」

「全てが美味しかったし、最高の状態でサーブされていたよ」


 そう言うと皆がほっとした顔をする。やはり婿入りした相手を気遣ってくれているんだな。


 談話室で寛いている時にその話をしたら、シアは少し考え、意見を述べる。


「しきたり、というのもありますが、王宮育ちのリアン様、リアンに満足してもらえるかどうか不安だったのでしょうね」

「そうなのかな。シアも頑張ってくれてありがとう」


 どうしても敬語に戻ってしまう所も可愛い。きっとこれも今だけなんだろうな。順応性の高いシアのことだ、すぐに慣れるだろうから。



「ところで、今日は月曜日なんだけど」

「ええ。あ、うん、それは、知っている、けど?」

「そろそろかな? 先週の月曜の晩、俺がシアの元へ駆けつけた時間」

「そう言えば」


 あれからたったの一週間なんだよね。先週の俺に「一週間後、お前は彼女の家に婿入りしている」と言っても、絶対に信じなかっただろう。

 それまでは、ほんの少し話しただけ。シアのことを何も知らなかった。


 一応、侯爵家に人を潜入させていたが、どこから見ても清廉潔白。組織との家ぐるみでの取引の痕跡は無し。ごく限られた使用人しか近付けない鍛錬所があったが、深追いは避けるよう指示を出した。必要な情報は入手していたから。それ以外は特に怪しいものは見当たらず、そのまま襲撃の日を待った。

 結局、その場所は、シアとスタウト嬢が使うただの鍛錬所だった。戦えると知られると襲撃を受ける際の敵の数も増える。なので、大っぴらにはしないそうだ。

 シアの母方の女性は、代々そうして身を守ってきたらしい。スタウト嬢がシアに仕えるようになったのも、母方の縁故があってのこと。


 今にして思えば、義母上が生家の流儀を持ち込み、それを娘であるシアが受け継いだのも、この家のあり方のお陰なのだろう。

 結果的にそれが後継者であるシアを守ったのだから、先祖も喜んでいるよな。

 ドープは知らん、そもそもヤツは失格だった訳だし。当主としての仕事どころか、その大前提となる教育の内容も、見事に頭から抜け落ちているアホだった。


 でも、シアは本当は父親をどう思っているのだろうか。今は訊くべきではないだろうが、いつか父について話したいと思う日が来るのか?

 先は長いし、急ぐ必要は無いとは思う。

 阿婆擦れ母娘はともかく、多分ドープは死罪にはならない。しかし、裁きが下ると、父娘が話せる機会は殆ど無くなるだろう。その前に何とかすべきだろうか。


「リアン」

「?! どう、した?」


 俺の頬に手を伸ばして触れる彼女に驚いた。こんなことを素面の彼女がするなんて。


「難しい顔をしていらっ、いるから、どうしたのかなって」

「そんな顔、してた?」

「はい。あ、うん。もしかして、私が騎士のお仕事について気にしていたせいかなと思ったんで、思ったの」


 それとは違うけど、シアに関することではあるな。でも今話すことじゃない。それよりはシアが気にしていることの方が大事だ。


「婿入り後、少なくとも五年以上は騎士の仕事を続ける必要がある。それは どうしようもない。

 王家に残っていたら年老いて現場に立てなくなるまでずっとだから、それより遥かに優しいけど」

「うん。そう言えば、もし婿入りじゃなくて、リアン、が家を興していても五年だったの?」

「いや、その場合は十年。婿入りは相手の家に入るから、他家の人員をあまり長く取り上げておく訳にはいかないんだろうな。

 勿論、本人も婚家も望めばそのまま騎士団に所属することも可能だ」


 本人が幾ら望んでも、婚家の意向が重視されるが。つまり、五年経った後も俺が騎士を続けるか否かはシアの心次第。それまでは職務を全うしよう。


「リアン、は、どうしたいの?」

「以前は続けたいと思っていたよ。

 でも最近は、どこの国も戦を回避するべく立ち回る傾向にある。それに言うまでも無いが、何度も仕掛けてきた西の隣国は二年前に滅ぼし属国にした。

 騎士団の再編成も終われば一仕事終えたとのことで、区切りにはなるかと思う」


 やり甲斐はあるし天職だとは思うけど、無理に続けようとは思わない。今の俺が最優先すべきはシアだから。


「私は貴方が望むなら続けてもらいたい。とは言えません。だって何が起きるか分からないから。

 勿論、普通に生活していてもそうだけど、危険の大きさが桁違いだもの」

「うん、分かっている。俺にとって一番大事なのはシアだから大丈夫」


 抱き締めると強くしがみつく。シアが死別に過敏になってしまうのは仕方ない。物心ついてから近しい者を喪い過ぎている。

 他の誰よりも、何よりもシアを優先させてしまう時点で、俺は国の守護者としては失格だろう。でも、シアの夫でいられるなら、それで良い。



「……そろそろ湯浴みをして寝たいです、寝たいの」

「ああ、そうだな。おやすみ」


 暫くして顔を上げた彼女の台詞に、一瞬だけ血が沸騰しそうになった。いや、落ち着け。彼女はもう眠たいんだ。

 頑張って自分を抑えながら挨拶したのに、不満そうに俺を見る。ああもう、可愛いな。

 で、そろそろ離れてくれませんかねえ、俺の強くもない理性が限界を迎えるので。


「寝室に、行っても良いですか?」

「そりゃあシアの寝室なんだから、ご自由に?」

「違います! 私たちの、二人で使う方」


 上目遣いで何てことを言うんだ、本当にこの子は怖いもの知らずだな。


「それは、マジで勘弁して欲しい」

「一緒に寝てくれない、の?」

「あのさ、健康な若い男なの、俺は。しかも煩悩まみれで、油断すると不埒な真似をしてしまう程に理性だって脆い。

 そんなヤツが、大好きな女の子に何もしないで、一晩抱き枕になれるとでも思っているのか?」


 正直言って無理。若い男でも好きな相手に全く手を出さずに朝まで耐え抜ける猛者だっているだろう。でも、俺は己の理性が如何に脆いか実感した。

 なのにシアは納得してくれない。この子、こんなに分からず屋だっけ?


「一緒に、いて欲しい」

「だから、無理、だって」

「夫婦なんだから何したって良いじゃないですか!!!」


 確かにそうだよな!

 俺、何を躊躇っているんだ? 夫婦なんだし、もう良いよな!

 じゃなくて! 避妊って失敗する時もあるから! 今出来たら、困るのはシアなの!!


「そうなんだけど、気を付けても出来る時は出来るよ、子供」

「構わないもん!」

「『もん』じゃありません!」

「だって、いつ何が起きるか分からないのなら、ちゃんと夫婦になっておきたい。リアン様との子が欲しいです」


 言われてみたら逆の立場だと、何もしない内に最愛の伴侶と死に別れた俺はどうなるかな。いや、結ばれた後だろうが、シアが居なくなったら発狂する自信しか無いから参考にもならないか。

 正直な所、こんなに震えているシアを抱くのは気が引ける。だからと言って、ここまで言わせて何もしないで寝て良いのか?



 考え込んでいる間に、気付けば夫婦の寝室に向かっていた。


「旦那様」

「スタウト嬢。いや、プラム、何か?」


 廊下で呼び止められて安堵する。未だに心を決めかねているから。


「奥様を、どうぞよろしくお願い致します」

「それで良いのか?」

「正式に婚姻なされた訳ですし、何も問題無いかと」


 そうなんだが、婚姻直後の夜会シーズンで身体が辛いのは可哀想だろう。せめて先月までの狩猟シーズンなら、当主であろうと女性は欠席できたのに。


「まさか夜会シーズンの終わりまで一歩も歩けない程の無茶を強いるおつもりですか?」

「それは無い」


 あと半年近くも歩けないって、どんな鬼畜だよ?


「お二人が末永くお幸せに暮らせますよう、何卒よろしくお願い申し上げます」

「そのつもりだ。あと、やはり今夜は抱かない」


 悲しい思いを抱えたままで初めてを迎えさせたくない。

 それに、冷静に考えると慣らし期間って必要だよな。いきなりは辛い、と言うか危険だ。


「心配しなくても、シアには満足してもらうから」


 その言葉に固まったプラムを後目にドアを開けた。

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