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同じようで

 数時間ぶりに外に出た。カフェを後にする時「行ってらっしゃいませ」と声をかけられ、翌朝までは好きに戻って寛げるのを思い出し頷く。

 だが、にこやかに送り出す店員の顔に心なしか労りの色が浮かんでいるような。いや、気にしたら負けだ。


「戻って来ても良いということでしょうか?」

「明日の朝までは好きに出入りできる筈だ」


 俺に訊く彼女の目に少しだけ期待の色が見える。店で一番お勧めのケーキは夕食時に提供されるらしく、それを食べてみたかったようだ。


「じゃあその頃にまた来るか」

「はい!」


 もう可愛すぎる。こんな可愛い子に今すぐ抱けと言われて堪えた俺って改めて凄くないか?

 他人だったら不能かと疑うレベルだぞ。


 何も言わなくても俺たちの会話を聞いて頷いた店員が「お帰りをお待ちしております」と頭を下げる。

 時間を指定しようとしたが、気にせず楽しんで欲しいと言われ、好きな時に戻ることにした。


「この先の公園でバザーをやっている」

「行ってみたいです」

「そのつもりだ」


 シアは興味があるだろうと思った。ただの街角でも目を輝かせているのだから、バザーの賑わいなんて見たら、どうなるのか。



「リアン様、凄い人ですね」

「まあな、バザーの日は大体こんな感じだ」


 楽しそうに周囲を見回し、変わった売り物に目を向ける。

 うずうず、わくわく、そわそわ、キョロキョロ。今のシアは、それで表現できる。武具屋での彼女の再来だ。

 でもこの人混みでは逸れかねない。勝手に走りだしそうなその手首を掴みかけ、慌ててやめる。これでは父娘ではないか。

 そっと指を絡ませ手を握ると、急に大人しくなり俯く姿が可愛い。


「顔が赤いな、少し風が冷たいせいか?」

「白々しいですね」


 耳元で囁くと、少し睨みながらもきっちり言い返してくれる様が、更に喜びを増す。

 やられっぱなしで俯くだけで終わらないのは、こういう触れ合いに慣れたからこそ。これが当たり前になるのが楽しみだ。


 暫くすると手を繋ぐのにも慣れたのか、珍しい物や特に惹かれる何かを見つけた時は、握っている手を軽く揺らして教えてくれる。今の俺たちは客観的に見て、普通の恋人同士に見える筈。

 月曜から怒涛の勢いだったな、それまでの片想い期間からは考えられない。


 楽しそうなシアを見つめながら幸せに浸っていたその時、警笛の音が響き渡る。何があったのか気になり周囲を見渡すと、偶に飲みに行く騎士を発見した。


「どうした?」

「一区画向こうの路地裏で無法者が複数名、市民に絡んでいるとの通報がありまして、こちらからは応援に三名向かわせます。

 ですが足りるかどうか」

「そうか」

「あっ、でも! 何とかなると思うので、お気になさらず楽しんで下さい!」


 そうしたいのは山々だけどな。やっぱり気になるし、すっかりやる気を出している可愛い子が、さっきから目で訴えかけてくるんだ。


「シアは、どうしたい?」

「人狩り行きましょう!」

「一狩り、な」


 でも相手は無法者だから人狩りで合っているのか? それにしても即答だな! 分かっていたけど!

 いい感じだったのにとは思うが、彼女がすっかり元気になっているし、まあ良いか。


 だがヤツらを見つけ次第、こんな日に世間を騒がせたことを、いや、寧ろ生まれてきたこと自体を後悔させてやる。





「リアン様、凄かったです! 傷一つ付けずに変態クソ野郎を無力化しましたね」

「あ、ああ、ありがとう」


 興奮冷めやらぬ様子ではしゃぐ彼女の、やや品を欠いた言葉に少し腰が引けてしまう。人のことは言えないけどな。

 序でに言うとヤツらが心底ビビって後悔した原因は、男にとっては恐ろし過ぎるシアの発言なのも突っ込みたい所だ。

 まあ女性たちを襲おうとしていたのだから、多少は怖い目に遭わせるべきだろう。結果的にヤツらの股間は無事だった訳だし問題ない。

 数年前、シアが商会の近くで変態の下腹部を刈り取った時に、現場に駆けつけたという騎士が「またお前か」という顔をしていたのは、少し笑ったが。


「私はただ見ていただけですが、未遂で済んだのが何よりです」

「通報が早かったお陰だな」


 君は言葉でヤツらに地獄を見せていたよ、と言いたいのを堪え返事をする。


 それはさておき、善良な市民の協力なしに事件解決は難しい。なので日頃から巡回の度に人々に声をかけ、困り事は無いか訊いている。

 それが功を奏してか、街の皆が俺たちに気軽に声をかけてくれて、良い関係を築けているのが嬉しい。

 偶に騎士を便利屋と勘違いしているのではと思うこともあるが、萎縮されるより良いだろう。今回もすぐさま事件発生を知らせてくれたようだ。



 騎士たちに後始末を託し、今度は時計塔に向かった。けっこう歩き回っているが、鍛えているシアは苦にならないらしい。


「昨日に引き続き、今朝も鍛錬を休んだので、寧ろ体力が有り余っています」

「俺も昨日は休んでいるから、少し物足りない気はするな」


 隣に並び、話しながら塔の階段を上りきった。もし疲れていたら俺が抱き上げて……と考えていたのだが、流石はシアだと思う。

 俺たちの会話もすっかり通常通りで残念なような安心したような、複雑な気分だ。


「こんな景色、初めて見ました」

「王都が一望できる。

 何かあると、必ずここに来るんだ」


 夕日に照らされる空に、眼下に広がる王都の建物。この中に、守るべき民の日常がある。

 そういった全てが美しくて大切だと思う。



 初めて赴いた戦場。人の命を奪うのは初めてではないのに、それまでとは決定的に違う性質の殺戮に気が滅入った。一人一人の命が、あまりにも軽すぎる。

 己の感覚が麻痺しつつあることに愕然とし、何のために剣を振るうのか見失いかけた。その時、引き戻してくれたのは、家族の面影と、心に浮かぶこの風景。

 そして今戦っている仲間も、自分が守るべき民だ。そう思うと力が湧き、新たな作戦が苦も無く浮かぶ。

 予定より遥かに早く戦を終わらせ戻った時に、皆に「次も是非、共に戦って欲しい」と言われ誇らしく思ったものだ。

 と同時に、その言葉に盛大に顔を引き攣らせる義母上たちのことは見ないふりをした。



「だからこの景色は、俺を守ってくれたんだ」

「そんなことが……この眺めが、さっきより、ずっと美しく感じます」


 その言葉に胸が苦しくなる。

 嬉しくて死にそうなんて、本当にあるんだな。


「今から空の色が変わる」

「夕日が沈むんですね」


 今日の夕日は特に赤くて、まるでシアの髪のようだ。夕日の周囲に空の青紫がほんの少し混ざったように見える様が、更にそう見せる。

 そう思っていたせいか、つい彼女のルビーのような髪に手が伸びる。最初は普通に撫でていたが、すぐに髪に手を差し入れ、顔を近付けていた。


「健全なデートにするのでは?」

「触れるだけの口付けは健全だと思わないか?」


 少し困ったような顔をしながらも、許しを与えるように目を伏せた彼女に触れる。唇から伝わる熱にまた暴走しそうになったが、何とか堪えて軽く啄むだけに留めた。

 離れた瞬間、やや物足りなさげな顔をされて堪らなくなる。もう一度だけ触れたところで、俺の理性の限界を悟り、そっと解放した。


 ほんの少し触れていただけでも、すっかり暗くなった。夕日が沈み始めると暗くなるのはすぐだが、今日は特に早く感じる。

 そして、暗い中でも危なげなく階段を降りる彼女に見惚れる。助けなど必要としないその足運びに、月曜の夜を思い出した。

 やっぱり彼女は可愛くて美しいだけではなく、凛として格好いい。様々な魅力に溢れているのが、シアの素晴らしい所だな。




「お帰りなさいませ」 

「ああ」


 カフェに戻ると当たり前のように出迎えられる。夕食も済ませ、食後のデザートを堪能し茶を楽しんいる間に、少しうとうとし始めた彼女を起こす。


「本当は寝かせてあげたいけど、あらぬ誤解を受けても困るから」

「あらぬ、誤解……そうですね! 早く出ましょう」


 最初はぼんやりしていたのが、誤解の具体的な内容に気がついたのか、急いで立ち上がる。

 冷静に考えると、昼と夜に数時間ずつ滞在しておいて今更な気もするが、泊まるよりはマシだろう。ベッドは未使用だし、大丈夫。多分、だけど。




 カフェは城に近い場所だったのが幸いして、すぐに戻れた。

 今は彼女の部屋の前で別れの挨拶をしているのだが、朝からずっと一緒だったせいか離れがたい。


「今日は動き回ったし、今は意識しなくとも身体は疲れているだろう。

 ゆっくり休んでくれ」

「はい、おやすみなさい」


 名残惜しいが何とか言いきると、彼女も返事をしてくれる。

 だが、俺の袖口を摘むのはわざとなんですか?

 こんな可愛いことをされて振り切るのは至難の業なのだが。


「これ、気付いてる?」

「え? あっ、すみません!」


 少しからかいたくて俺の手首を持ち上げて見せると、目を見開いて顔を赤くする。

 慌てて離した手を握って額に唇を落とした。


「おやすみ」

「っおやすみなさい!」


 激しい音を立てて閉まるドアを前に笑いが抑えられない。

 あんなに取り乱した彼女を見て、部屋の中で待機している侍女たちはどう思うのだろうか。

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