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手心とは

最初と最後(合わせると全体の半分近く)がヒロインの侍女視点です

 敬愛するお嬢様がベッドに潜り込んで震えていらっしゃる。少しばかりお気の毒には思うけれど、このままでは辿りつく未来に幸せは無い。……かもしれない。ここは心を鬼にして奮い立たせて差し上げないと。


「お嬢様、いい加減に覚悟を決めたらどうですか? 敵前逃亡など恥ずべき行為です」

「無理! 大体、敵ではないでしょう?」

「色恋絡みは全てが真剣勝負でございますよ。羞恥心に負けては輝かしい勝利は掴めません」


 そう。この場合の敵とは、あの厭味ったらしい程に整った容貌の殿下ではなく、お嬢様ご自身。己に打ち克たずしては如何なる栄光もあり得ないのだから。


「何あれ? あの人誰なの?」

「氷の王子の二つ名をお持ちの我が国の第二王子殿下、そしてお嬢様がお慕い申し上げている殿方かと」


 敢えて言葉をぼかさずお嬢様の想いを指摘して差し上げると堪りかねたのかお顔を出された。そんなに潤んだ瞳で見つめられたら、あの殿下なら一溜まりもなく襲う……ことは無いだろう。あんな迫り方をされて堪えて下さったのだから。



 今朝早い時間にお嬢様からどのような〝誘惑〟をしたのか具体的にお聞きした時は目眩に襲われた。しかも途中で座る位置を少し上方にずらされたと聞き、その理由に思い当たり血の気が引いた。ご本人はそのせいで引き寄せられた時に顔が近くて困ったと仰ったけれど、私は心から殿下に感謝したものだ。

 あまりにも無防備すぎる! 相手があの殿下でなければ今頃お嬢様はどうなっていたことか。いや、他の人には間違ってもそのような真似をなさる方ではないが。


 昨夜は殿下に対し気軽に「堪えて下さった」などと申し上げたが、その時の自分を殴ってやりたい程度には後悔している。お嬢様は何と残酷な仕打ちをなさるのか。予想の遥か上を飛び回っておられるお嬢様が怖い。



「どうして急に〝ああ〟なったの? 全くの別人じゃない!」

「お嬢様が煽りに煽った成果でございます。良かったですね、これで懸念は消え去ったではありませんか」

「極端すぎるのよ!!」


 それについては同感ではあるけれど、殿下の微妙な態度に思い悩む必要が無くなったことは喜ばしいこと。全てはご自身の行動が招いた結果──殿下にお嬢様の煩悶について訴えた私にも責任の一端はあるかもしれないが──なので、しかと受け止めて戴きたい。





「…………ということがありまして」


 うん、朝の出来事についてはよく分かった。彼女がベッドのヤドカリ状態になっていたのを宥めすかして連れて行ったということか。やっとの事で向かった食堂に俺が居なくて、また逃亡を図った彼女と話し込んでいた所に俺が登場したらしい。だから顔を見た瞬間にアルシーア嬢から苦情が飛んで来たってワケか。照れ隠し? それとも拗ねてる? 本当に可愛いな。

 序でに昨夜の出来事について改めて床に頭を擦り付けんばかりの謝罪を受けたが、即座にやめさせた。昨夜伝えた通り彼女たちを責めるつもりは無いから。スタウト嬢ですら予想だにしなかった迫り方をするアルシーア嬢はある意味凄いとは思うが、それも含めて彼女なので、俺たちが頑張って彼女の危機意識を育てるしか無いだろう。


 で、結局の所それを伝えてくれた理由は何だ? 謝罪だけが目的だとは思えない。察するに俺の激変ぶりに付いていけないアルシーア嬢を慮って手加減してあげれば良いのかな?


「決してお手柔らかにと請願しているのではありません。ただ、今後もお嬢様は何かと逃げようとなさるでしょう。もし殿下がそのことで冷めてしまわれると、お嬢様も私も立ち直れませんので」

「冷める? この俺が? 彼女に? 冗談だろう?」

「スタウト殿、心配ご無用ですよ。殿下は逃げられると燃え上がる性質でして」


 ローワンの言う通りではあるが、ならず者や猛獣が相手の狩りとは心持ちも手段も全く違う。ただ、相手に逃げられたら断然やる気が漲るのは自覚している。

 そもそも逃げられたから何だと言うのか。寧ろ焦る姿が楽しくて、もとい可愛くて仕方ないのだが。


「だからと言って、彼女が逃げなくても気持ちは変わらないから」


 正直言って彼女なら何でも可愛いから。勿論、浮気とか容認できない真似をされたら俺もどうなるか分からないけど、彼女はそんなことを自身にすら許容できる人柄だとは思えない。今までの触れ合いで彼女と俺の価値観はかなり似ていると分かった。お陰でもう不安は無いな。俺としては、だが。


「それを伺って安堵致しました。では私は失礼させて戴きます」

「わざわざ来てくれてありがとう」


 彼女を何かと気遣うが、決して甘やかさない。良い侍女だ。彼女に侍ってまだ二年だと聞くが、恐らくアルシーア嬢にとっては単なる使用人ではなく、家族であり友人でもあるのだろう。

 つくづく彼女は父親以外には恵まれたな。


「殿下、スタウト殿はああ言っておりましたが、やはり多少の手心は加えた方がよろしいかと」

「勿論、そのつもりだよ」


 困っている様子は可愛いが、あまりやり過ぎてストレスを与えてはいけない。そもそも恋愛初心者の俺に出来ることなんて高が知れているから。




「シア、昼はどうする?」


 午前の巡回が終わってすぐに出会えるなんて俺は運が良いな。ちょうど帰ってきた所に鉢合わせしたから、まるで出迎えてもらったようで心が浮き立つ。


「お、待ちして、おります」

「じゃあまた後で」


 目を逸らしたいのを必死で堪えているせいか薄っすら涙ぐんでいるのが可愛い、顔も赤いし。最近、通常の顔色を見ていない気がするけど大丈夫かな? そんな彼女につい触れたくなった。これなら問題ない範囲だろう、昨日やられたことをほんの少しやり返すだけだし。


「っ何を!」

「ん? 柔らかそうだなって」


 少し頬を撫でただけでこの反応、昨夜は散々人の耳や唇を弄り倒したクセに。流石にあれと同じことはしないから、この程度は受け入れて欲しい。まあ無理なら無理でそれもまた可愛いけど。


「絶対に反撃してやる……!」


 小さな呟きを拾って口角が上がる。一体どんな反撃をしてくれるのかな? 次こそは無事に解放できるか分からないけど、それでも良いならどうぞ。




「シア、明日のデートだけど、どこか行きたい所はある?」

「で、デート、ですね。えっと、では殿下御用達の武具屋に行きたいな、と」


 昼食の席で訊いてみたら予想通りの答。やっぱりそうだよな、気持ちは分かる。でもデートという言葉を否定されなかっただけでも良かったと思う。


「うん、そこが終わったら道を挟んだ斜向かいにある宝飾店に行こうな。その後はカフェにでも」


 せっかくのデートに色気の欠片も無い所ばかり行ってられない。こっちも多少は譲歩しているんだから、そっちも受け入れてくれよ。


「ところで、また『殿下』と呼んだな。もういっそ、そう呼ぶ度に罰を与えようか?」

「罰……?」


 別に苦痛を与えたりしないから、そんなに怯えないで欲しいんだが。


「そう、罰。例えば……そうだな、シアが耐えられないくらい恥ずかしい思いをさせる、とか」

「むっ、無理です!」


 うん、知ってる。その反応も楽しいな。でも正直言って具体例は何も思いつかないんだけど。すみませんね、口だけ達者な野郎で。


「なら呼んでみて? ほら。でないと俺が何するか分からないぞ?」

「卑怯です!……うー…………リ、アン、様」


 欲を言えば一気に言って欲しかったけど、これはこれで初々しくて良いな。


「うん。呼んでくれてありがとう、シア。本当に可愛いな」


 ああ、もう真っ赤になって俯く姿が可愛すぎてヤバい! 今この場に絵師が居ないことが悔やまれる。





 …………一体私たちは何を見せられているのだろうか。


 今は太陽が燦々と輝くお昼時、場所は健全極まりない食堂。なのにこの空間はどこか異様な空気で満たされている。

 まるで頭が浮かれ騒いでいる恋人たちの、著しく知能が退化した会話を、たまたま通りかかった夜道で聞かされた気分だ。通り魔に遭遇するより疲労が蓄積されるのだが。

 あんな発言をされている殿下は恐ろしいことに学園でお嬢様と首席争いをされている。恋とはどんな賢者も始末に負えない愚者へと成り下がらせるものなのか。


 それにしても殿下はお嬢様と同じ十六歳の筈。成人しているとは言え、まだ少年と言っても差し支えない年頃なのに、醸し出す雰囲気がおかしい。図体だけご立派にお育ちになられた、色恋に不慣れなヘタレ王子殿下ではなかったのか? まるでとんでもない色事師のようにも見えるのはどうしたことか。

 私の隣で控えている侍女殿は婚姻歴があると伺っているが、その彼女ですら先程から顔を赤らめている。こんなのを朝から至近距離で浴びせられているお嬢様が些か心配になってきた。これでも逃げるなというのは流石に酷なのでは?


 一人で頭を悩ませていると、殿下の後ろに控えるローワン殿と目が合う。

 昼食前にお会いした際、殿下は手心を加えて下さるおつもりだから、お嬢様は大丈夫だと仰っていましたよね? 〝これ〟がその結果ですか? 殿下の侍従として責任を持って手心の概念を教えて差し上げて下さい。


 私の思いが通じたのか、彼はそっと目を逸らした。

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