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錯誤であろうとも

 疲れた。もう今日は部屋に帰りたいのに。


 俺、今日は本当に頑張ったんですよ。朝からアルシーア嬢の件に関わった裏組織の残党狩りに駆け回り、帰りに馬車の転倒事故に遭遇して救助活動。共に頑張った騎士たちと街の食堂に寄って遅めの昼食をとって帰ったら何故か団長に連行されて鍛錬に付き合わされ、それから夕食を挟んで執務。夜は人生最大の試練を乗り越え、その後にちょっとしたお話。

 今日はもう営業終了しても罰は当たらないと思うんですよ、ねえ


「聞いていますか? 義母上」

「ええ、勿論。愛する息子が頑張った話を聞いて喜んでいるのよ」


 駄目だ、この様子じゃ暫く帰してもらえない。

 それにしても相変わらずのお美しさで。もうそろそろ不惑に手が届こうかというお年なのにこの若さ、アイリスと並んだら姉妹にしか見えないよな。


「何か余計なことを考えていないかしら?」

「っいいえ、全然」


 危ない。年齢の話は禁句だ。


「リアンが疲れているのは分かったわ。でも夜の出来事は自業自得ではないの?」


 笑いながらも目が少し怖いです、義母上。結局はアルシーア嬢とのことも吐かされましたし。

 まあ義母上は王家が相手の意思を無視して誰かを囲い込むのを良しとしないから安心だが。勿論、兄上たちだってそうだけど、少しでもアルシーア嬢の心が傾きかけたら全力で引っ張り込むつもりなのが見てとれるから警戒中だ。ちゃんと彼女と話して、今の気持ちが状況に流された勘違いじゃないか言質を取って、もとい確認した後なら構わないけど。


 それと仰る通り、彼女があんなことをしたのは俺のせいですが何か? それでも疲れるものは疲れるんですよ。


「そもそも部屋の外には騎士が居たのだから、さっさと大声を出して呼べば良かったじゃない。幾ら部屋の造りが確りしているとは言っても本気で呼べば聞こえるわよ。でないと護衛の意味が無いのだから」

「あんな状態の彼女を他の男の目に晒せと?」


 昼は女性騎士がつくことが殆どだが、夜は男性ばかり。あのアルシーア嬢を彼らに見せるなど冗談じゃない。絶対に嫌だ。


「ちゃっかり独占欲を発揮しているクセにな〜にが『彼女を縛りたくない』よ。矛盾しているわ」


 せせら笑うように言い放つ義母上にぐうの音も出ない。


「ああ、決して責めている訳ではないの。私だって、あのクズ、カス、ケダモ……恥知らずと違って見事に己に打ち克った可愛い息子を休ませてあげたい気持ちはあるのよ」


 義母上、全く取り繕えていませんが、もう諦めて話を続けることにしたんですね? ああ、そんなに眉間に力を込めたら目が疲れてしまいますよ。


「でも可愛い娘が三人揃って私に助けを求めたのよ、放っておけないわ。貴方も溺愛する妹たちと敬愛する義姉の心を悩ませるのは本意ではないでしょう?」

「マジっすか?!」


 あ、今日は殆ど騎士たちと過ごした上に街を駆け回っていたから、耳に残って つい。

 嫌だな、義母上、そんなに睨まないで下さいよ。外では言いませんから。


「いや、えっと、妹たちはともかく義姉上まで? 一体何を言っていたのですか?」

「リーアとアイリはそれはもう悲愴な顔をして『このままではアルシーア(義姉)様が可哀想です!』と泣き付いてきたのよ。話を聞いただけのフィーちゃんも心配そうにしていたわ」


 どうも話を聞くと俺たちのことを心配した二人がデルフィニウム義姉上に相談したようだ。


「二人とも私にそういう相談をするのは流石に躊躇ったようね、別に気を遣わなくて良いのに。私自身の実体験はともかく、学生時代から色んな人の相談に乗っていたのよ。客観的に物事を見て助言するのは慣れているの」


 苦笑しながらも懐かしそうに語る姿を見て、それは彼女にとって心休まる一時だったのだろうと思う。クズは義母上たちの二学年上なので学園は入れ替わりで卒業した後。二年目にアスター母上が病に罹るまでは、心煩わされることなく暮らせた最後の楽園だったのかもしれない。

 義母上は学生時代、最高位の令嬢だったのだから、色々な相談を持ち掛けられていたのだろう。


「きっと皆に頼りにされていたのでしょうね」


 その頃の二人を見てみたい。


「いいえ、私のことはどうでも良いの。問題はリアン、貴方よ。でも その様子だと覚悟を決めたのね?」

「念のため彼女の想いが非日常に流された錯誤ではないか確かめ、それから申し込もうかと」


 あれ、どうして溜め息をつくのですか?


「この期に及んでまだ確認が必要なの? 相手が流されて勘違いしているなら一気に押し流してしまいなさいよ」

「そんな乱暴な」


 義母上ともあろうお方が何てことを。相手の自由な意思を尊重するべきでしょうに。

 あの、何で呆れ顔なのです?


「よ〜く聞きなさい。恋なんてね、所詮は頭が一時的にお祭り騒ぎになってマトモな判断力を失っている状態なのよ。勿論、双方の努力で愛に昇華させれば末永く幸せに暮らせるでしょうけど。でも結局はどんな御託を並べようが最初のきっかけなんて発情による理性の乱痴気騒ぎなんだから!

 全ての恋は錯誤から始まると言っても過言ではないの!」


 それは流石に暴論では? と思うものの、義母上の勢いに口を挟めない。


「勘違い? 大いに結構じゃない。始まりがどうであろうと本当に惚れ込ませれば勝ちなの。

 虚で実を引きずり出すくらいの根性見せなさいよ!」


 いや、それで本当に大丈夫なのですか?


「それとも何? 自信が無いの?」


 挑発するように目を眇める様子に思わず「女王様」と言いそうになったが、辛うじて堪えた。危ない危ない。

 やっと得た発言権をこんなことで失いたくないからな。


「片方だけが頑張っても成立しないことでは?」


 特に婚姻後はどうしても予測不能な問題が持ち上がることもあるだろう。それでも努力し続ける価値がある相手だと思えるのだろうか、最初に抱いた想いが幻だったと言うのに。


「きっかけが何であれ無理強いではないのなら、その時点では確かに恋であり愛なの。少なくとも相手の主観ではね。その後の諸々は貴方が頑張れば相手も想いを返してくれるのではないこと? 

 それとも、貴方が心を奪われた相手は伴侶の誠意を無碍に扱うような〝お嬢さん〟なのかしら?」


 鼻で嗤われ思わず眉が寄る。


「そんな訳ないでしょう? 彼女は誠意には誠意で応える人です」


 侍女たちや友人であるデアリング嬢との付き合いからも窺えるその人柄。決して不実な人ではない。


「なら何をグダグダ言ってるの? ああ、そう、貴方自身が発情期が過ぎ去った後も彼女に誠実であり続ける自信が無いのね?

 だったらスッパリ諦めなさい。お互いに割り切った、愛人も自由に持てるような政略結婚の相手を探してあげるから」

「要りません」


 せめてお互いに誠実でいられる相手が良い。最初からそんな虚しい結婚生活は嫌だ。


「だったらいい加減に覚悟を決めなさい、オリアンダー第二王子」


 先程までの勢いが嘘のように静かに、いつもより低めの声で告げられ思わず背筋が伸びた。今ここに居るのは頼れる義母上ではなく、国を背負って立つ統治者だから。



 大々的に発表された訳ではないが、義母上はあのクズと同等の権限を有する。クズの即位後も義母上がヤツに煩わされずに能力を発揮できるよう、祖父上が与えたものだ。議会も昔とは違い祖母の実家の意向が反映されないせいか、拍子抜けする程あっさり通った結果、二人は共同統治者として君臨している。

 実際、ヤツはそこそこ優秀だが、結局は〝そこそこ〟止まり。義母上の方が有能なので反対する者は皆無だったらしい。なので義母上の敬称は本当は『陛下』が正しいのだが、本人は「王妃は『殿下』と呼ぶのが慣行なんだからそれで良いのよ」と笑っている。

 そんなこんなで本当にお忙しい方なのだ。偶にクズが勝手な真似──婚約の申し込みを全て断ったのがその一例だ──をして、俺たちが義母上を手伝いながら後始末をする。ここ数年はそんな繰り返しだったな。


 義母上、過労死しないで下さいね、俺も出来る限り手伝いますから。



「そもそも勘違いだと思うのがおかしいのよ。その根拠は何? リアンに惹かれない女の子なんて……まあ居るでしょうけど、貴方はなかなかお目にかかれない程の良い男なのよ。

 …………親の欲目もあるとは思うけれど」


 不意に〝母〟の顔に戻った義母上。だけど、褒めるのならもう少し自信を持って欲しい。何ですか、その微妙な付け足しは。


「思った訳ではないのですが、その可能性を無視してはいけないかと」

「殆どの事柄には慎重にあたるべきね。でも色恋沙汰はある程度の勢いも必要よ。下手に考えすぎると纏まるものも纏まらないわ」


 あまり慎重に過ぎて最初の勢いが失せると、大きなきっかけが無いと踏み切るのが難しくなるらしい。政略なら問題ないが。


「そうですね、よく考えたらあんな真似をされて襲わずに堪えただけでも感謝して欲しいくらいです。ならもう遠慮はしません」


 決意を胸に告げると義母上は満足そうに頷いた。「あまり急激に攻めすぎて逃げられないようにしなさいよ」と釘を刺しながら。


 義母上、俺が本気で追い詰めて逃げ果せた相手なんて居ないんですよ。

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