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剣が峰

「アルシーア・コンフィデント侯爵令嬢、一体どういうつもりか直ちに説明してもらおう」



 こんな風に問い質す日が来るなんて夢にも思わなかった。

 いつか気持ちを伝えてお願いをするにしても決して威圧感を与えないように、必ず彼女に逃げ道を与えて──既に俺の周囲が全力で囲い込もうとしているけど、何とか選択の余地は与えてあげたい──決して命令などではないのだと安心できる状況にしよう。そうでなければ絶対に口にしないと肝に銘じていた。ほんの少しでも俺が彼女に命を下したと見做されるような言動をとりたくない。



 なのに さっきの俺の言葉は紛うことなき命令だ。だって仕方ないだろう。今は他に選択肢なんて無いのだから。


「……殿下は、私がお嫌い……ですか?」

「嫌いなワケないだろう!」


 寧ろ好きが日毎夜毎に募ってヤバいよ、俺の理性が擦りに擦られて擦り切れて見るも無残な状態になってるよ!



 だからこそ今の状況は危険だ。何で俺はソファーに押し倒されているの?

 彼女の部屋に招かれて暫くは普通に話していたのに、いきなり俺の隣に座ったかと思ったら押し倒され……やっぱり意味が分からん。


 伸し掛かる彼女の柔らかい身体が否応なしに俺を追い詰める。また座っている位置が絶妙すぎて迂闊に動けないのに、一言発する度に身体を揺らすから洒落にならない。何なの? 君、実は馬鹿なの? 今の君、導火線に火が点いた爆弾を弄んで笑ってるようなものなんだよ!

 肩に手を置いて何とか遠ざけているのを不満そうに睨まないでくれないか? 俺がこんなに必死になって守っているのは君なんだよ? 俺は今片手で崖にぶら下がりながら必死で君を支えているような状態だって分かってる?

 っ、だから隙を見て俺の唇や耳を指で撫でるなって! 今は忍耐力の限界に挑戦している真っ最中なんだから。もう物凄い勢いで削れて逝ってるけどな。本当に誰か助けてくれ!



「嫌いじゃないなら、良いでしょう?」

「良くない! なあ、もしかして」


 顔色は普段通りだが微かに漂う酒の匂い。やっぱり酔ってるな。


「コンフィデント嬢」

「そんな、他人行儀な、呼び方、イヤです!」


 ますます顔を近付けるなって!

 トロンとした目が、プルプルの唇が……

 下手な武器より遥かに殺傷力が高そうなんだが

 いや、呑気なコト言ってる場合じゃない

 もう本当にヤバいから!!

 名前? 名前なのか? 取り敢えず名を呼べば良いのか?


「じゃあ……アルシーア嬢?」


 遂に呼んでしまった。だってさっきの流れだと許可を得たと判断して良いよね?

 遂に、念願の、名前呼びだ!

 心臓が遺体。じゃなくて痛い。欲を言えばアルシーア嬢が素面の状態が良かった。明日になればまた家名で呼ぶべきだよなあ、残念だ。

 序でに少し彼女の座る位置をずらしておいた。これでまだ暫くは戦える。



「シア、って呼んで下さい」


 更にとんでもないお願いキターッ!

 でもそう呼んでしまうと俺の理性は楽園へと飛び去る予感しか無いのですがそれについてはどうお考えでしょうか?

 だが仕方ない。喪った理性すらも不死鳥の如く蘇らせてみせよう。


「シア嬢?」

「シアです! 嬢なんて付けない、ただのシアですよ」


 それっていずれ家族になるのが決定しているとしか思えない呼び方なんだが良いのか? でも本人がそう呼べって言ってるからね、良いんだよね?

 ありがたくお言葉に甘えさせてもらおうかな。


「シア、どうしてこんなことを? 男を押し倒すのが、いや、そもそも男と二人きりになるのがどんなに危険か分かっているのか? それから、いつになったらスタウト嬢は戻って来る?」


 俺なんかより彼女の方がよっぽど抑止力として信用できる。


「発表します! プラムは、今日、帰って来ません! パチパチパチ〜」

「は? 下がらせたのか?」


 何てことを! 何でそんな取り返しのつかないことをしたんだ!

 何より、何で侍女が居ないって最初に言わなかった? 俺が聞いた時は席を外しているとしか言わなかったから直ぐに戻ると勘違いしたじゃないか!

 そして夜だから護衛騎士は部屋の外に控えている。と言うか、寛いでもらうために、湯浴みが終わると気心のしれたスタウト嬢以外は下がると聞いた。アルシーア嬢が呼ばない限りここには現れない。そして呼び鈴は少し遠い。さっき少し落ち着いたから手を伸ばしてみたけど届かない、微妙な距離なんだよな。困った。


「プラム、今日はお昼からず〜っっっとデートなんですよ。凄いでしょう? 羨ましいでしょう?」

「婚約者は居ない筈だから、そうか、恋人が居たのか」


 明日はとある分隊長が落ち込んでいるかもしれないな、どうやって慰めよう。


「ブブーッ! ちがぁいますぅ〜、月曜の夜に出会った分隊長さんとデートなんですよ」

「いつの間に? 展開早いな!」


 アイツ今朝手合わせした時はそんなの一言も言ってなかったぞ。良かったな、「すっごく好みのタイプなんです!」って言ってたし。性癖に刺さるってのは詳しく聞かなかったが。


「ね?

 月曜日に初めて会って〜

 木曜日におデートをした〜

 ん〜……一週間の歌に合わせるなら

 土曜日はまぐわいばかり〜、かなぁ?」

「破廉恥だぞ!」


 彼女はスタウト子爵家の令嬢だ。どこぞの淫売でもあるまいし、身持ちは確りしているだろう。


「どぉして破廉恥なんですかぁ? 目合いって、目配せの意味で言ったんですよぉ?」

「っ…………」

「なぁにを、想像しちゃったんですかぁ〜? ヤダ殿下、破廉恥なんだから」


 もうキレた。ちょっとくらい反撃しても良いよな?


「何で俺は『殿下』なんだ?」


 彼女の背に手を回して引き寄せる。流石に互いの位置を入れ替えてしまうのは危険極まりないので これが限界だ。 頬を擽る彼女の髪から良い香りが……月曜に馬に乗せた時も思ったけど、絹よりも滑らかだな。

 あ〜何か一周回って冷静になった気がする。

 お、流石に驚いているな。さっきまでと違い、少し目が泳いでいる。俺が抑えていた時はあんなに顔を寄せて来たクセに、今は引き寄せられまいと抵抗しているのがまた可愛らしい。身体がやや固くなっているし、これで少しは危機感を覚えてくれたようだから、あまりいじめないで解放しないと。


「な、何ですか? 殿下は殿下でしょう? ああ殿下、貴方はどうして殿下なの? って言えば良いんですか?」


 ほう、焦っているけど まだ少しは余裕があるんだな。じゃあもう少し攻めてみようか。


「俺にはシアって呼ばせておいて、自分は殿下としか呼ばないのはズルくないか?」

「ええ? だって不敬じゃないですかぁ」


 さっきより目が潤んで涙の膜が張っている。頬もピンクに色付いて……ヤバい、さっさと話をつけよう。


「俺が許可するのに?」


 意識的にいつもより低めの声を出して耳元で囁くように言ってみた。こうすると女性には何らかの効果があるらしい、とある強面騎士の受け売りだが。


「うう…………」


 おお、真っ赤な顔。効果覿面だな! 酒で顔色は変わらないのに照れると こんなになるのが可愛いな。美味しそ……じゃない!


「俺のことはリアンと呼んでくれないか?」

「リアン……殿下?」


 うわ、名前と敬称の間に溜めがあったから呼び捨てっぽくて良い!


「リアン、ただのリアンだ」

「流石にそれは……えっと、リアン、様? ふふっ、ず〜っとこう呼べる関係に…………なりたい……なぁ…………………」


 あ、寝た。人の上で気持ち良さそうに寝るんじゃありません! と言いたい所だが仕方ない。散々人の心を掻き乱して理性に爆薬を仕掛けて寝るなんて恐ろしい人だ。でも仕方ないよな、惚れた弱みだ。俺の理性はよく頑張りました。正直言って今も辛いけど大丈夫。俺には最終兵器、呼び鈴がある!

 

 頑張れ、俺の左手! もう少しで届くから! 

 ヨシ取った! 鳴らした!! 良くやった! 偉いぞ俺!!!



「「お呼びですか?」」


 流石は王宮侍女。こんな状況でも二人とも眉一つ動かさず、声を揃えて静かに問いかける。素晴らしいね、今の俺には天の助けだよ。さっきまで崩壊寸前、いや、寧ろ崩壊しているのを力尽くで塗り固めていた理性が少しずつ修復されるのを感じる。


「彼女を頼む、酒を飲んだらしい。専属侍女は出掛けていると聞いた」


 そっと立ち上がり彼女をベッドに運び横たえる。

 取り敢えず俺が押し倒された方だと証言してくれる目撃者は確保できた。間違いが起きていないのも一目瞭然。今はまだ彼女の逃げ道を塞がないようにしないと。


 だから胸元を凝視するな! ついさっき抱き寄せた時の柔らかさを思い出してしまうだろうが!!


「畏まりました」

「頼んだよ」


 疲れた……侍女は二人居るから大丈夫だろう。無理なら応援を呼ぶ筈だし、俺はさっさと退散するに限る。ここは危険だ。

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