残念な二人
双子の妹視点です
「お姉様、私 気付いてしまったことがあるのですが」
「なぁに?」
深刻な顔で声を潜める可愛い妹。その青紫の髪と瞳が神秘的で美しい。
この色は建国王の色で、数多の王族に受け継がれてきた。お祖父様やカルミア義母様、ミル兄様と甥っ子のユーストマも同じ色。この色を見ると心が落ち着くわ。
あの男はラパーシャス公爵家のブルーシルバーの髪と瞳を自分の母親からそっくり受け継いだのね。顔立ちもそうみたい。それはどうでも良いのだけど、リアン兄様と私まで同じ色なのが納得いかない。どうせならアスター母様のオレンジの髪とライムグリーンの瞳が良いのに。
「お姉様、話を続けて良いですか?」
「えっ? ええ、勿論よ」
ちょっと心ここに在らずだったわね。気を付けないと。
「アルシーア義姉様ってとっても優秀ですわよね?」
「ええ、そうよ。入学以来、お兄様と彼女がずっと首席と次席で争っているのですもの。情けない話だけど、私は万年三位に甘んじているわ」
「お姉様だって凄いと思いますよ。元々あの二人とは受けた教育が違うのですから」
確かにミル兄様が立太子した後も念のため帝王学を続けていたリアン兄様や侯爵家の後継教育を受けたアルシーア様と私は元の土台が違う。それでも学園では皆が同じ内容の勉強をしているのだから言い訳にもならないのよ。
因みにアイリは二人の男子生徒と首席争いをしているらしい。自慢の妹ね。可愛くて美しく頭も良いなんて素晴らしいのに、男性には一切興味が無いなんて勿体ないとは思う。でも今は恋愛以外に惹き付けられているから仕方ないのかしら? 本人曰く学園の卒業後は帝国にある専門機関に留学して災害対策について学びたいようね。何とか叶えてあげたいわ。
「優秀なアルシーア義姉様ですが、色恋に関しては残念ながらポンコ」
「アイリ、それ以上言ってはダメよ!」
私も薄々思っていたことだけど。
月曜の夜にアルシーア様が王宮に来てもう三日になる。リアン兄様と彼女は今週一杯は諸々の手続きで学園を休んでいるけれど、あの二人ならもっと休んでも問題ないでしょうね。
なので王族専用の休憩室は今週は私たち姉妹の貸し切り状態。学園内だから侍女や護衛も室内に控えているとは言え、ここでの話が漏れる心配は無いのは確か。でもそういう問題じゃないの。
一度でも口に出してアルシーア様をポ……コホン、そんな風に呼んでしまうと、今度から彼女を見る時に微妙な顔をしてしまいそうで怖い。
彼女はとっても素敵な令嬢なのは間違いないの。たとえ恋愛が絡むと多少ポン……な傾向があろうと、そんなことで彼女の魅力は失われないわ。寧ろ殿方とのお付き合いに慣れている方が問題なんだから。彼女の異母妹みたいなのより、多少ポンコ……でも何の問題も無いわ。
「だって憎からず思っている殿方と過ごす食事やお茶の時間に……野盗や暴れ猪を討伐した話なんて普通しますか?」
「それは言わないで」
最初の朝食の席での会話がそれだったと聞いた時、リアン兄様が話題を振ったのかと勘違いして怒ろうと思った程。でもよくよく侍女や護衛に話を聞くと、その殺伐とした話題を振るのはアルシーア様で、お兄様は楽しそうに相槌を打つ程度だったのだそう。
寧ろ王都に新しく出来たカフェに行ってみたいなど、マトモな話をするのがお兄様だったとか。
「初めて入手した武器の話とか」
「その鞭が少女を標的にしていた変態の下腹部に当たって、見事に刈り取った話もあるわよ」
流石に気持ち悪くて、証拠品として押収されたその鞭は後で廃棄したみたいね。予備が何本かあって助かりました、ですって。
キラキラした笑顔で当時の大立ち回りについて説明していたアルシーア様の様子を報告された時、思わず頭を抱えてしまったわ。どんなに可愛くてもその話題は食事時に相応しくありませんわよ!
「そういう話を聞いたら殿方は我が身に置き換えて何とも言えない気分になると聞いたのですけど」
「お兄様は当然の報いだって笑っていたみたいね」
とってもお兄様らしいけど、そんな話ばかりじゃ肝心の恋が進展しないじゃないの!
でもお兄様はご自分の剣の話をした後、ちゃっかりよく利用する武具屋の近くの宝飾店の話を振って、もし良ければ今度一緒に行かないかと約束を取り付けたのですって。
どうしたのお兄様? アルシーア様が絡むと気持ち悪いポンコツに成り下がるのがリアン兄様だと思っていたのに、まるで別人みたいだわ。やれば出来る方だったのね。
「普通の殿方なら食事中にそんな色気の欠片も無い話をされては、全く脈無しだと諦めてしまいませんか?」
「正直に言って『貴方は眼中にありませんよ』と主張しているようにしか思えないわね」
お兄様だから「楽しそう」「可愛い」と喜んでいるけれど。私だって彼女本人からお兄様への想いをお聞きしていなければ、普通にお断りされていると思ってしまったでしょうね。お兄様があんな人で良かったわ。でないと今頃は落ち込んでいるお兄様の誤解を必死で解いていた筈ですもの。
「お兄様のライバルは数だけなら多いとは思いますが……」
「アルシーア様とマトモに付き合える本当の意味でのライバルは少ないかもしれないわね」
良かったのか悪かったのか微妙な気分だわ。
「でもリアン兄様もいい加減に腹を括って下さらないと」
「ですよね? 何が何でも振り向いてもらう! なんて威勢の良いことを言っていた癖に、せっかく又とない好機が訪れたら『彼女に無理強いしてしまうかもしれないから慎重に』って……巫山戯ているのですか?! ヘタレですわよ!!」
拳を握りしめ力説する姿も可愛いわ。王女としてはどうかと思うけど。その市井の言葉もうっかり外で言わないようにしないと……私もそうね。
「分かっているのですよ、あのクズ……あの男の所業を知って、かなり慎重になってしまっているのは」
「そうね。王族である以上は女の私たちも肝に銘じておかなければいけないことだけど、殿方であるお兄様は余計にそう思うのでしょうね」
肉体的な力は弱くとも、私たちだって人に無理強いできるだけの地位にある。だからこそ気を付けないと。特に私の本性は身勝手な我儘娘だから。
そして王族であると同時に一般的な殿方よりも強いリアン兄様は、余計にそれを恐れていらっしゃる。お気持ちは分からない訳ではないの。
「でも、このままではアルシーア義姉様がお気の毒ですわ。しょっちゅう熱い目で見つめて口説いているとしか思えないような賞賛の言葉を浴びせかけ、二人で出掛ける約束まで取り付ける。それでいて肝心なことは仰らないばかりか、お義姉様から少し近付いてみると距離をとるなんて」
「その部分だけを聞いていると弄んでいるようにしか思えないわね」
彼女はリアン兄様が初恋で恋愛に対する免疫が皆無──私も黒歴史な片想いの経験しか無いけど──なのに、そんな態度をとられ続けては心が保たない。今朝お会いした時も遠くを見ながら溜め息をついていたわ。
もしも あの姿をお兄様が見ていたら大変だったと思う。あんな憂いに満ちた彼女を目の当たりにしたら、確実に理性が粉砕されるもの。
「今日は木曜日。お二人は明後日にお出かけする予定ですが、一体どうなることやら」
お兄様だって流石にデートの最中にまで彼女と近付いたら離れる、なんてことはなさらない筈。え、大丈夫……よね?
「私、このままだと土曜の晩にはアルシーア義姉様が落ち込んでいるのではないかと心配です」
「お願いだから縁起でもないことを言わないで」
本当にそうなったらどうするのよ。いいえ、ミル兄様だって気にされていたし、きっと何とかして下さる……わよね?